■ 研究紹介 中央水研ニュースNo.38(2005. 平成17年10月発行)掲載
麻痺性貝毒によるトゲクリガニの毒化 及川寛・里見正隆・矢野豊(利用加工部食品安全研究室) 食物連鎖による毒化生物の広がり


1.麻痺性貝毒とは

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1.麻痺性貝毒とは

図1

図2
麻痺性貝毒(PSP)の原因成分はサキシトキシン(図1)とその同族体であり、神経細胞や筋細胞で刺激の伝達を司るNa+イオンチャンネルに特異的に結合し、その働きを阻害することで作用する。そのため、人間が摂取すると麻痺、けいれんなどの症状が現れ、最悪の場合、呼吸麻痺により死亡することもある重篤な食中毒となる。PSP成分を生産する 渦鞭毛藻プランクトンとしては、国内で4種(図2)が確認されており、これらが発生した海域では、プランクトンを餌としている二枚貝類が毒化し、食品衛生上の大きな問題となるとともに、漁業生産にも大きな被害をもたらしてきた。貝類の麻痺性貝毒量は、マウスへの腹腔内投与による方法(公定法)1)で測定され、可食部1gあたり4.0 MU(マウスユニット) を越える毒量が食品衛生法違反となり、生産現場でこれを超える毒量が検出された場合には出荷自主規制を含めた対応が行われる。したがって、近年は市場に流通した二枚貝類で麻痺性貝毒による食中毒は発生していない。2)
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2.トゲクリガニ
から麻痺性貝毒
表1
図3
図4
図5
2.トゲクリガニから麻痺性貝毒
福島県いわき市の小名浜港では、しばしば麻痺性貝毒の原因プランクトンであるAlexandrium tamarenseが出現し、二枚貝類がPSP成分を蓄積して毒化する。小名浜港で毒化が起こるのは、ほとんどの場合2月から4月にかけてであるが、筆者らは1999年の4月に潜水により各種魚介類を採取し、マウスアッセイ法によりその毒量を調べた。3)  結果を表1に示したが、プランクトンフィーダーである二枚貝類のほかに、肉食性の高いトゲクリガニ(図3)の肝膵臓部から二枚貝規制値の20倍にあたる80.0 MU/gの毒量を検出した。トゲクリガニは東京湾以北に分布するケガニの近縁種で、大きいものでは600 gを越え、食用対象種でもある。毒性が確認された肝膵臓部(図4)はいわゆる「かにみそ」として珍重される部位であるが、国内で一般に食用とされるカニ類からこのように高い毒性が検出されたのは初めてのことである。なお、毒性が認められた試料については、PSP成分確認のため、ポストカラム蛍光化検出による高速液体クロマトグラフィーによる分析を行い、7種のPSP成分を検出した(図5)。
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3.二枚貝とトゲクリガニ毒化の関係
図6
3.二枚貝とトゲクリガニ毒化の関係
潜水での試料採取では調査できる頻度および試料数ともに限られることから、2001年からは特別採補の許可を得て、かご網により継続的に多数の試料を採取し、二枚貝であるムラサキイガイ(Mytilus galloprovincialis)の毒化状況と比較した。2001年の調査結果を図6に示したが、マウスアッセイで分析した38試料のトゲクリガニ肝膵臓のうち、7割以上にあたる28試料が毒化しており、最大毒量値もムラサキイガイ可食部の21.5 MU/gに匹敵する18.2 MU/gであった。ただし、最大毒量値を示した試料を採取した同じ日に、同じ場所で採補した試料にも無毒のものがあり、毒量の個体差が大きいのが特徴であった。なお、付属肢の筋肉の毒性もマウスアッセイ法により調べたが、いずれも毒性は不検出であった。2002年以降もかご網による調査を続け、蓄積毒量に個体差が大きいことに変わりはないが、二枚貝の毒量が高い年はトゲクリガニでも毒化個体の割合が高く、最大蓄積毒量もムラサキイガイと同レベルに高くなることが判った。このことは、肉食性の高いトゲクリガニが、毒化した二枚貝などの餌料生物から食物連鎖を介して毒成分を蓄積したことを示唆する結果であり、小名浜港では二枚貝類と同様にトゲクリガニの毒化にも注意が必要であることを意味する。これらの結果をもとに2004年4月厚生労働省は、二枚貝等の捕食生物についても肝膵臓または可食部で4.0 MU/gを越える場合に食品衛生法に違反するものとして扱うことを決め、関係機関に通知した。 4)
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4.おわりに
4.おわりに
小名浜港の調査(1999~2004年)において二枚貝類が最も高毒化したのは2003年の春季であったが、このとき採取したトゲクリガニの約9割に毒性が認められ、肝膵臓1gあたりの最大毒量値は85.3 MU/gを記録した。また、1個体に蓄積された総毒量においても1000 MUを越えるものが散見された。PSP成分による人間の最小致死量が3000 MUといわれることから、5)  トゲクリガニは人間の健康被害が想定されるレベルまで毒化する可能性があると言える。幸い、小名浜港では、トゲクリガニが漁業対象となっていないが、遊漁者による採補は十分に考えられる。また、2004年4月に厚生労働省により基準値が設定されてからは、トゲクリガニが漁業対象となっている宮城県でも調査が行われており、2004および2005年に毒化が確認され、採補および出荷が自粛された。このことは、トゲクリガニの毒化が小名浜港に特殊な事例ではないことを示している。麻痺性貝毒による食中毒は、事故が起こった場合に重篤な症状をもたらすうえ、その治療法も対症療法に限られる。また事故が起こった場合の産業的な影響も多大であり、事前に危険を回避することが最も重要である。そのためには、トゲクリガニなどの二枚貝捕食者についても毒化をモニタリングしていく必要があるが、これらの生物は二枚貝と異なり移動性が高く、海域によって毒化の実態が大きく異なることが考えられる。今後は対象となる海域での毒化実態に沿った効率的なモニタリング方法を考えていくことが重要である。
最後に、本稿内容の一部は、農林水産省による公募型研究、先端技術を活用した農林水産研究高度化事業「現場即応型貝毒検出技術と安全な貝毒モニタリング体制の開発」のなかで行われたものであり、関係各位に深謝する。
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5.文献
5.文献
1) 安元健 (1991), 食品衛生検査指針 理化学編,(厚生省生活衛生局監修),麻痺性貝毒,社団法人日本食品衛生協会,東京
2) 野口玉雄 (1994),日本水産学会誌,60,677-678
3) Oikawa, H. et al (2002),Toxicon,40,1593-159
4) 厚生労働省(2004),麻痺性貝毒による二枚貝等の捕食生物の毒化について(医薬食品局食品安全部監視安全課長通知),食安監発第0413003号
5) 橋本周久 (1988), 食衛誌, 29, 280-282
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