中央水研ニュースNo.27(2001...平成13年11月発行)掲載

【研究情報】
おいしいはずのウニがなぜ苦い?
-バフンウニの苦みに関する研究-
村田 裕子

美味な越前ウニ
 夏から秋にかけて,福井駅あるいは東尋坊など越前地方の土産物屋では越前雲丹が売られてい る。福井県の伝統食品でウニの生殖巣を塩漬けにしたものである。筆者も昨年,東尋坊の土産物 屋で購入してみた。小さな箱に入ったものが三千円と高価な土産物であるが,ソフトキャラメル に近いテクスチャーと濃厚な風味は生ウニの味とは異なる独特のおいしさであった。だが,最近 資源の減少で土産物屋の雲丹の原料は県外産で,県産品は御得意様向けで価格もかなり高価(1 万円以上する)であるとのこと。
 越前ウニの原料はバフンウニである。バフンウニは小型のウニであるが可食部の色も鮮やかな オレンジ色で,味も濃厚であり,越前ウニの最優良原料であると言われている。7月下旬から8月 中旬までが漁期で,今年はウニ漁を見学する事ができた。この地方のウニ漁はバフンウニが対象 でわずかにアカウニなどが採られる。実際に両者の味を比べてみるとバフンウニは濃厚な旨味と 甘味でアカウニの味がとても淡白に感じてしまうほどである。1938年に福井県水産試験場の川名 武氏が水産研究誌にバフンウニの増殖に関する研究(1)を初めて報告してから,現在に至るま で県の試験場,栽培漁業センターではバフンウニの増殖に関する試験研究が盛んに行われ,多く の報告書が出されている。バフンウニは,日本沿岸に広く分布しており,福井県以南の日本海沿 岸および九州地方で漁獲されている。多くは塩辛や練りウニなどの加工品の原料とされている。

ウニが苦い?
 北海道や東北地方もウニがおいしいことはご存じの通り。こちらはキタムラサキウニとエゾバ フンウニがメインである。一方,こちらのバフンウニは苦味が強くて食べられないのである。こ のことは,その地域の漁業者の間では経験的に知られており,漁獲対象としていない。最近は北 海道沿岸にもバフンウニの生息が見られるようになり,まずくて食えないウニということでイヌ ガゼと呼ばれているほどである。これらバフンウニはしばしば海藻を食い尽くし,その結果,磯 やけを引き起こし,また,放流されたキタムラサキウニの種苗と餌が競合し,その生育を妨げる ことも危惧されている。キタムラサキウニを原料とした貝焼きで有名な福島県いわき地方でもバ フンウニの生息が問題となった。福島県水産試験場では以前,苦味を有するバフンウニの利用を 試みたが,有効な方法は見いだせなかった。そこで,この苦味の原因物質を調べてほしいと水産 試験場から相談を受け,研究を始めた。早速,可食部の小片を口にするととても苦く,その苦味 はしばらく持続するほどであった。

苦味があるのは雌の個体だけ
 平成8年3月に福島県いわき市小名浜で調査を行った。それまでの実験から苦味を有するのは卵 の滲出が見られるほど成熟した雌個体ばかりであったからである。約100個体採取し,苦味の有 無を調べたところ,苦味を有する個体はすべて雌個体であった。この時期は成熟期で,生殖巣か ら卵あるいは精子の滲出が見られる,つまり性判別が容易な状態であった。翌年の3月に同様な 調査を行ったところ,やはり,成熟期で同様な結果が得られた。これらの結果から,苦味は成熟 した雌特有なものであることが考えられた(2)。

苦味の単離に悪戦苦闘
 食用ウニでも苦味がないわけでない。ウニの美味な味は,甘味やうまみと苦味が合わさって, あの独特な味わいとなることを,1960年代に味の素(株)の小俣靖氏が明らかにしている(3) 。小俣氏はこの苦味は主にアミノ酸の一種であるバリンによるものであり,またウニの生殖巣に 含まれるロイシン,イソロイシンなどのアミノ酸も苦味に関与していると報告している。そこで ,バフンウニの苦味はこれらの苦味アミノ酸の関与が考えられたので苦味のない精巣と苦味のあ る卵巣の遊離アミノ酸組成を比較した。両者のアミノ酸組成には有意な差が見られず,他の物質の関与が考えられた(2)。
 これだけ強い苦味なら…と単離も容易にできるように思われるが,これがちょっとした落とし 穴だった。苦味物質のほとんどは閾値(苦味が感じられる最低濃度)が低いこと,他の成分の相 互作用等で苦味がより強く感じられることで,微量であることが多いからである。また,検出に は自分の舌で苦味の有無を判定する以外の方法がないのも単離を困難にしていた。さらには精製 を進めていく過程で苦味が消えてしまうことがしばしばあり,4年ほど精製方法の試行錯誤を繰 り返した。

ネズミが教えてくれた苦味の質
 試行錯誤で悩んでいる最中であったが,朝日大学歯学部に国内留学する機会が得られた。そこ では,二ノ宮裕三助教授(現九州大学大学院歯学研究院教授)からマウスを用いた味覚生理学的 実験手法,とくに行動実験についてご指導いただいた。この時,まだ苦味物質の単離ができなか ったのであるが,国内留学の最後の1週間にある程度精製した苦味画分についてマウスを用いて 行動実験を行ってみた。これは条件付け味覚嫌悪学習実験といわれ,マウスにある味物質を一定 量飲ませた後に内臓不快感を起こさせる薬品を投与し,その物質の味をいやな味として記憶させ る,その後,その物質と味の質が近いものほど同様な忌避行動を起こし,その程度(なめる回数 など)から味の類似性を推測する方法である。その結果,硫酸マグネシウムとフェニルチオ尿素 のみに苦味画分に対する場合と同様な忌避行動が見られ,味覚の類似性が示唆された。ウニ本来 の苦味に関与しているバリン,ロイシン,イソロイシンと典型的な苦味物質である塩酸キニーネ ,ビールの苦味の素であるイソフムロンに対しては忌避行動は見られず,味覚類似性が異なるこ とが示唆された(4)。
 ウニの苦味が硫酸マグネシウムとフェニルチオ尿素の苦味に似ているとは?いったいなんだろ うと疑った。しかし,この結果は重要なヒントを示唆するものであった。

苦味成分は新規の苦味アミノ酸だった
 苦味物質の単離と構造決定は当研究室に科学技術特別研究員として在籍していた潮 紀子さん (現静岡県水産試験場)との共同研究によって進められた。苦味物質は新規の含硫アミノ酸であ ることが判明した。そこで,バフンウニの学名であるHemicentrotus pulcherrimusにちなんで pulcherrimine(プルケリミン,以下Pulと略記)と命名した(5)。
 先の行動実験で,苦味は硫酸マグネシウムやフェニルチオ尿素と味覚類似性が高いことが示唆 されていた。これらの物質はPulと同様に含硫苦味化合物であり,味覚類似性の一つとしてマウ スの行動に現れていたのである。

Pul 定量方法の開発
 バフンウニ生殖巣中のPul含量を定量するため,その分析方法を開発した。これはアミノ酸のラ ベル化剤として用いられているDabs-Clという試薬を用いるものである。本方法によって得られた 生殖巣中のPul含量と苦味の強さに有意な相関関係が得られ,苦味の有無のみならず苦味の強さも 分析値から推定可能となった(6)。
 バフンウニが漁獲対象とされないのは常に苦味を有する成熟個体が多く存在するため。
ここで,ウニは成熟期が身が入っていて食べ頃であると考えがちであるが,これは間違い!ウ ニには生殖周期があり,1年で1サイクルである。産卵期には放卵,放精が行われ,生殖巣は細く 萎縮した状態となる(放出期),その後生殖巣は栄養細胞で満たされ大きくなり(回復期),こ の時期が食用として最適である。この時期は肉眼での性判別がほとんど不可能である。その後, 生殖細胞が発達し,成長期,成熟前期を経て成熟期となり卵や精子の滲出が見られるようになる。 成熟期は卵や精子で満たされ,栄養細胞はほとんどない状態で苦味以外にも味が悪く,身も崩 れやすいことでも商品価値がないのである。
 それでは,いわき地方のバフンウニにも食べ頃の時期があるのでは?ということで1998年11月 から1999年11月の期間,3ヶ月おきに,バフンウニ100個体の大きさ,生殖巣指数,成熟の度合い ,性別,苦味の有無,Pul含量を調べた。生殖巣指数から産卵期は2月から5月の間であることが 推測できた。しかし,生殖巣指数の個体間のばらつきが大きく,また,卵,精子の滲出が見られ るような成熟個体がどの季節にも多く見られ,生殖周期が個体間でばらつきが見られるようであ る。そして,この成熟雌個体のうち11月と2月は95%以上,5月と8月では60%以上が苦味個体で ありPulは0.5 mg/100g以上含まれていることがわかった(7)。
 福井県などバフンウニ漁業が行われている地方では,バフンウニは一定の群としてまとまりの ある生殖周期が見られる,すなわち,漁期にはほとんどの個体が食用に適する回復期である。と ころが,いわき地方のバフンウニでは常に成熟個体が存在し,群としてまとまりのある固有の生 殖周期が見られない。同様の現象が,あのイヌガゼ(津軽海峡西部沿岸に生息するバフンウニ) でも見られることを東北大学大学院農学研究科の吾妻行雄助教授が報告している(8)。バフン ウニが漁獲されなかったのは,おそらくPulを含む成熟個体が常に存在していることが原因であ ったと考えられる。

今後の研究
 バフンウニの苦味成分Pulの発見により,バフンウニなど苦味を有するウニの有効利用にも可 能性が出てきた。ウニの成熟は水温の影響を受け(9),また,ウニの生殖巣の成分は餌によっ て変化するといわれている(10)。環境要因をコントロールすることによって,苦味のない美味 なウニの生産が可能であると考えられる。Pulの由来(生合成か,餌由来か)の解明が次の課題 である。
 一方,ウニの呈味成分が解明されたのは約35年前であり,ウニらしい味の合成エキスは作成可 能となった。しかし,あのおいしい生ウニの味は未だに人工的に調製できないのである。近年の 分析技術の進歩と味覚生理学の発展により,ウニ生殖巣中のより多くの成分の呈味効果が発見さ れるものと思われる。
 今後はバフンウニの有効利用を目的とした研究を進めるとともに,ウニの呈味成分の味覚機能 に関する研究も行い,応用的,現場対応型の研究と基礎的な研究の両面から進めていきたいと考 えている。すでに本年度から経常研究課題として「バフンウニ由来の新規含硫アミノ酸の味覚特 性に関する研究」を行っている。バフンウニの生殖周期とPulの生成との関係,他種のウニにお ける分布,Pulと他成分との味覚類似性や呈味の相互作用等を調べることが主な内容である。
 研究内容も様々な分野にまたがるため,都道府県の試験研究機関,大学,民間研究機関との連 携も行い,効率的な研究が進められれば幸いであると思っている。
 最後に,越前ウニの漁および加工現場を案内していただきました福井県水産試験場杉本剛士主 任研究員に厚く御礼申し上げます。

(利用化学部素材化学研究室主任研究官)

引用文献
(1) 川名 武:バフンウニの増殖に就て, 水産研究誌, 33,104-116(1938).
(2) 村田裕子・山本達也・金庭正樹・桑原隆治・横山雅仁:バフンウニ生殖腺の苦味の発現頻度, 日本水産学会誌, 64,477-478(1998).
(3) 小俣 靖:ウニのエキス成分に関する研究―Ⅳ.エキス構成成分の呈味性, 日水誌,30,749- 756(1964).
(4) 村田裕子・佐田(潮)紀子・二ノ宮裕三・金庭正樹・桑原隆治・横山雅仁:バフンウニ卵巣 中に含まれる苦味物質について, 日本味と匂学会誌,6,661-664 (1999).
(5) Y.Murata and N.U.Sata:Isolation and Structure of Pulcherrimine,a Novel Bitter-Tasting Amino Acid,from the Sea Urchin(Hemicentrotus pulcherrimus)Ovaries, J.Agric.Food Chem., 48,5557-5560(2000).
(6) Y.Murata,N.U.Sata,M.Yokoyama,R.Kuwahara, M.Kaneniwa,I.Oohara:Determination of a Novel Bitter Amino Acid,Pulcherrimine in the Gonad of the Green Sea Urchin Hemicentrotus pulcherrimus,Fisheries Sci., 67,341-345(2001).
(7) Y.Murata,M.Yokoyama,T. Unuma,N.U.Sata, R.Kuwahara and M.Kaneniwa:Seasonal Changes of Bitterness and Pulcherrimine Content in Gonads of Green Sea Urchin Hemicentrotus pulcherrimus at Iwaki in Fukushima Prefecture, Fisheries Sci.(in press).
(8) 吾妻行雄:北海道南部沿岸に生息するバフンウニ, Hemicentrotus pulcherrimus生殖巣の季節 的変化,水産増殖,40,475-478(1992).
(9) 伊藤史郎・柴山雅洋・小早川淳・谷 雄策:水温制御によるバフンウニHemicentrotus pulcherrimus の成熟,産卵促進, 日水誌,55,757-763(1989).
(10) 名畑進一・干川裕・酒井勇一・船岡輝幸・大堀忠志・今村琢磨:キタムラサキウニに対する数 種海藻の餌料価値, 北水試研報,54,33-40(1999).

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