■ 留学報告 中央水研ニュースNo.37(2005. 平成17年7月発行)掲載
ノルウェーへの留学を終えて(1) 豊川 雅哉(海洋生産部低次生産研究室)


フィヨルドでもクラゲの大発生



写真2
ネットいっぱいに大量に採れたクロカムリクラゲ
 
写真3
触手は下向きでなく、上向きが定位置
 
フィヨルドでもクラゲの大発生
 まずは研究の話から。ノルウェーにはフィヨルドという、氷河に削られてできた狭い湾が多数発達していることはご承知でしょう。そのフィヨルドの中でも、ルーレフィヨルドというベルゲン近郊のフィヨルドでは、クロカムリクラゲというクラゲが大発生しています。昔は網で小魚をとる漁業が行われていたそうですが、ここ何十年かはクラゲが網に大量に入るので、漁業ができなくなったそうです(写真2)。クロカムリクラゲは、世界中の深海に普通に見られるクラゲで、大きなものでは、高さ、幅ともに20cm以上になります。ルーレフィヨルドではクロカムリクラゲが、夜間に表層で大量に見られることがわかっています。日中も水深200m付近と比較的浅い水深に分布しています。ソグネフィヨルドなど、他のフィヨルドにもクロカムリクラゲは棲息していますが、表層近くにあがってくることはなく、夜間も数百m以深にとどまっています。また、クロカムリクラゲは通常、1回の採集で数個体程度採集されれば多い方ですが、ルーレフィヨルドでは大きな網がいっぱいになるくらい、高密度で棲息しています。

 普通は深いところに住んでいるクロカムリクラゲが、どうしてルーレフィヨルドでは表層近くに多数生息しているのでしょうか。私たちはフィヨルドの光環境に違いがあるのではないか、という点に着目し、神奈川大学の鈴木祥弘先生の研究室と共同で、光環境の観測を行いました。クロカムリクラゲは赤黒い色をしていますが(
写真3)、これはプロトポルフィリンという色素が主成分です。プロトポルフィリンなどのポルフィリン系の色素は、人間でも光過敏症の原因となるほど、光を受けて強い触媒反応を示します。クロカムリクラゲも、この色素のせいで光に対して非常に敏感なのではないかと考えられます。観測からはルーレフィヨルドの水が、他のフィヨルドの水よりも光を通しにくいことがわかってきました。

 また、深海生物では食性がわかっていないものがほとんどです。クロカムリクラゲでも、ネットで採集しても一緒に採集する生物が胃の中に入ってしまうので、食性がはっきりわかっていませんでした。そこで、クロカムリクラゲの食性を炭素・窒素の安定同位体比を用いて推定するという課題にも取り組みました。ルーレフィヨルドの動物プランクトンとクロカムリクラゲをほぼ毎月採集して、安定同位体比を測定しました。
 
大学の観測船
 
大学の観測船
 滞在中、フィヨルドでの調査のため、ベルゲン大学の調査船、Haakon Mosbyの航海に3回乗船しました。船の運用のされ方は、日本とは法律の違いもあり、大きく異なるのが興味深かったです。調査船は、大小あわせて8隻ありますが、ベルゲン大学と海洋研究所の共同利用で、船員とCTD観測等を行うエンジニアは海洋研究所の職員です。船の稼働率は高く、年間航海日数は300日程度に達します。調査航海の間は中1日、時には全く間をおかないこともあります。これが可能なのは船員が乗り替わるからで、月に1回程度、航海の間に1日あけて船員が交替します。しかし、時には故障で何日も出港できないこともあり、日程が詰まっているがために予定されていた調査航海がキャンセルされてしまう、ということもありました。また、観測機器の準備を停泊中に十分に行うことができず、出港してからエンジニアがはりついてメンテナンスや作動試験をやり、時には足りない部品を航海途中に臨時寄港して取り寄せるなどということもあり、密なスケジュールは必ずしもいいことばかり、というわけでもないようです。

 Haakon Mosbyは701総トンで、中央水研の蒼鷹丸(892総トン)よりも一回り小さな船です。研究室はそれほど広くありませんが、CTDのオペレーションや魚群探知機、無線、船内LAN等はエンジニアの領分である観測室にまとめられ、研究室と同じくらいの広さがあり、これを合わせると蒼鷹丸よりも広いぐらいでした。面白いのは、様々な機器はラックマウントされており、ラックの裏側が廊下に面していて、裏から配線作業ができることでした。研究室は顕微鏡が3台ほど余裕を持って置けるドライラボと、中央に魚の計測や解体処理が行えるステンレスのテーブルを備えたウェットラボに分かれます。中央のテーブルには魚体等のゴミを捨てる穴が切ってあり、開閉可能な窓を通して直接船外に排出できるよう工夫されていました。観測作業は後部甲板で行い、あまり広くない甲板に3つのクレーンが集中して配置されており、クレーンを組み合わせて複雑な作業ができるようになっていました。CTDやプランクトンネットを使うためのAフレームも右舷にあります。ウィンチワイヤーは赤錆だらけの乱巻き状態で、きれいに整備されている水研の船と好対照でした。船員は中年以上の人が多く、ずっと大学の船に勤めるわけではなく、日本の工場で働いていたとか、北海油田で働いていたとかいう人を中途採用しているようでした。船員の数は少なく、甲板員は3人、機関は機関長1人だけ、操船は船長と1等航海士だけでした。このように少人数なのは、12時間勤務の2交代制だからで、3人の甲板員はそれぞれ6-18時、0-12時、12-0時で働いていました。従って夜間はウィンチを動かしてくれるのは一人だけでした。後部甲板への出口付近に船員の詰め所が設けてあり、テーブルを囲んで椅子が備え付けてあって、テレビを見たりタバコを吸ったりして長い勤務時間中も休憩をとれるようになっていました。船員が少ない分、研究者や取材班は10人以上乗船できました。昼間だけテレビクルーが3名乗船して来たり、カメラマン2名が全日程乗船した航海もあり、予算獲得のためにマスコミへのアピールを重視していることが伺われました。
 司厨は女性が2人だったのも驚きでした。食事の習慣は全く日本の船と異なり、朝、昼はほとんど同じ、ビュッフェ形式(スモーガスボードといいます)で、パン、チーズ、魚介や肉のスモークや酢漬けなど冷菜を大皿から取って来て食べます。昼はキッシュなどの暖かいオーブン料理も何皿か出ます。夜は肉料理とじゃがいもが主食で、スープ、サラダとアイスクリームが出ます。10時と15時にはコーヒータイムがあり、コーヒーと焼き菓子が出ます。夜中は夕食の残りや、パン、冷蔵庫に入れてある朝食の残りなどを勝手に食べてました。日曜日の夕食は、赤いテーブルセンターをかけて、キャンドルを置くなど、ディナーの雰囲気を出していました

 後もう一点、日本の船と異なると思ったのは、安全対策が少なくとも見かけ上充実していることでした。初めて乗船する前には健康診断を受けることが義務づけられています。乗船後最初に全員、乗船者名簿に緊急時の連絡先等を入力します。最近は蒼鷹丸でも徹底されるようになりましたが、乗船後すぐに一等航海士による安全指導と船内のガイドツアーが行われます。日本の船では各船室に置かれている防水スーツは、非常時に持って出なくてもいいよう、甲板の格納庫に全員分が収納されています。廊下の非常用動線は、身をかがめて移動中に見やすいよう、低い位置に書いてあります。また、階段から遠いところでも上の階に避難できるよう、はしごとハッチが用意されています。
 

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