■ 学会参加報告 中央水研ニュースNo.37(2005. 平成17年7月発行)掲載
「第7回インドーパシフィック魚類学会」に参加して 片野 修(内水面研究部上席研究官) 井口 恵一朗(内水面研究部生態系保全室)


台湾の魚類学事情



台湾の魚類学事情
 今回の魚類会議に中央水産研究所からは私たち2名が参加したのですが、実は私たちが台湾を訪れるのは今回が初めてではありませんでした。片野は、台湾南部の高雄にある中山大学の研究者グループと交流があり、1999年の3月に台湾で魚類学会が設立されたときに開催されたシンポジウムに招待され、台北市と高雄市を訪れたことがあります。井口は、最近では2004年8月に科学研究費補助金による海外調査を台湾で実施したおり、台中の国立科学博物館のカウンターパートをはじめ、台湾各地の研究者にサポートを得ました。

そういうわけで、私たちにとって今回の台湾訪問は、少しリラックスした気持ちで最近の研究成果を報告したり、台湾の友人と親交を深めるという意味をもっていました。ただし、日本人の研究者だけで100人以上も集まっており、ついつい仲間内とばかり話をするということにもなりがちでした。
 台湾の魚類学を概観すると、分類学や分子系統学、ウナギなどの水産資源学が中心のようであり、日本でもかなりのウエイトを占める生態学や行動学はあまり活発ではないようです。学会でも東アジアから東南アジアにかけての魚類の分類や分布についての講演が多かったように思います。しかし、若い研究者の活発なことは特筆に値し、今回のインドーパシフィック魚類会議の開催も大きな契機となって、台湾の魚類学もますます進展すると思います。井口とも交流があり、今回の学会の開催委員長をつとめたK-T Shao博士は、台湾の魚類学界において強いリーダーシップを発揮しています。
   
台北の街と人々
 
台北の街と人々
 5月の台湾は日中30度を超える猛暑で湿気もあり、街を歩いていると汗がしたたり落ちてきます。しかし、街中には飲食店をはじめとして、様々な店が立ち並び、看板の漢字をみれば何を売っているのかは容易にわかり、興味をそそられることが多くありました。物価も食事に関しては日本の半分以下であり、ついついいろんなものを買ってしまいがちでした。とくに私(片野)が気に入ったのは、ランチレストランでした。40種類くらいのおかずが皿に盛られており、好きなものを好きなだけとって、目方によって料金を払い、そのお店の奥の方で食べるというものでした。たくさん盛っても、ライスとスープ付きで日本円で400円くらいでした。また、甘く煮た豆類に練乳や果物を加えてかき氷と合わせた多彩な冷菓や新鮮な果物をミキサーにかけタピオカなどを加えた冷たい飲み物が、道ばたの行く先々で売られており、すばやく潤いを得ることができます。もちろん、日が傾けば、名品「台湾ビール」が、私(井口)にさらに深い癒しを与えてくれます。コンビニの一角には必ずといっていいほど二日酔い対策コーナーが設けられ、シジミエキス含有飲料が幅を利かせていました。このあたりにも食文化の違いを感じさせられます。

 台湾の人々は一様に親日的であり、中国語がわからない私たちが適当に店に入っても、好意的に応対してくれました。片野が一人で街を歩いていたら、観光地近くで現地の人に呼び止められ、写真をとってくれと頼まれました。やがて私が日本人だとわかると、その老人は流暢な日本語で親しげに話しかけてきました。かつては、日本人は台湾人に比べて、着ているもの、持っているものの嗜好が違うのですぐわかるといわれたこともありました。しかし、今では違いがなくなりつつあるようです。とくに若者たちはスタイルもよく、とても洗練されているように感じました。
 昼間が暑いせいか、夜店の活気のあることには前回と同様、驚かせられました。台北市だけで10をこえる夜市街があり、果物、魚、お菓子、肉、雑貨などあらゆるものを売っています。そこの目玉の一つがテナガエビ釣りで、私たちの知っている日本の学生は一晩中この遊びに興じ、3kgのテナガエビをつり上げたという話でした。このテナガエビのほか、テラピア、コイなど養殖した魚介類が食卓にあがることも多いと感じました。台湾の研究者の中には、養殖魚を積極的に選んで食べるという方もいました。天然魚を乱獲から守るためという理由を聞かされ、少し驚かされました。
   
学会の進行
 
写真2
(学会スタッフ)
シャオさんを囲む若いスッタフたち。流暢な英語を操る人もいれば、今ひとつの人もいたが、だれもがみんな笑顔で迎えてくれました。
 
写真3
(台湾大学キャンパス)
校門から講堂に向かってまっすぐに延びるメインストリート。
休日になると、おもいおもいにくつろぐ市民で賑わう。
 
写真4
(メイン会議場)
メイン会場で講演に聴き入る人たち。公用語は英語でしたが、日本の若い人たちも発表を楽しんでいるようでした。
学会の進行
 台湾大学前のホテルで開催された学会では、台湾大学の学生や中央研究院動物研究所の若い研究者がスタッフとして運営に参加していました。そろいの赤いTシャツを着たかれらの献身的な活躍がなければ、学会運営は成功したかっただろうと思います(写真2)。台湾大学は、広いキャンパスが一般の人々に開放されており、散策に訪れる人が後を絶ちません(写真3)。日陰を提供してくれる木々の間を野生のリスが走り回っています。動物研究所は、他の多くの研究施設と敷地を共有しており、台湾アカデミズムの中枢といった印象を与えます。中には、しっかりとした構えのゲストハウスがあり、各国から集まった研究者が宿泊に利用しています。
 会期を通して、午前中にキーノートスピーチがあり、注目を浴びるような講演者による興味深い発表がおこなわれました(写真4)。この中には、東南アジアの淡水魚の系統分類で著名なM. Kottelat博士による「東南アジアの淡水魚の多様性」や珊瑚礁の魚類群集研究で有名なP. Sale博士による「珊瑚礁の魚類個体群の連結性の計測」などとても興味深いものがありました。午後には、口頭発表は5会場に分かれて、それぞれシンポジウム形式で進行しましたが、総合討論やシンポジウムの主旨についての説明はなく、形式的な進行であったのは少々残念でした。片野は口頭発表を選択し、4日目の「淡水魚の系統学と生態」というセッションの中で「日本の河川における魚類間の正の間接効果」という題で発表しました。ウグイやカマツカなどのコイ科雑食性魚類と共存すると、アユ単独の場合に比べてアユの成長が高まるという内容でした。英語での発表は可もなく不可もない程度でしたが、13分くらいで終わり、質問もなく、座長も何もきいてくれなかったので少々あっけなかったように思いました。
 このほか、内水面研究部に関連したシンポジウムとしては、「淡水魚の保全」、「水産生物学および生態学」、「魚類の生理生態」などがあり、興味深い講演が多くありました。全体的に、パワーポイントによる発表に統一され、進行も順調であったと思います。後援者の中には、涙を流して希少魚の保全を訴える研究者もおり、とくに欧米人の発表における感情移入、プレゼンテーションの巧みさには学ぶ点が多くありました。ただし、アメリカやオーストラリアの研究者の中にはあまりに早口で説明する人が多く、多くの人に理解されるという点でどうかと思うこともありました。
 口頭発表のほかに、口頭発表会場周辺で多くのポスター発表が行われました。会期を前半と後半に分けた入れ替え制で、まるまる2日間の展示が許されました。分野を共有する人とは、じっくりと話をすることができ、議論を深めるために有意義な機会を得ることができます。井口は、アユの個体群構造について、さまざまな遺伝ツールを使って描写した内容を紹介しました。現在の台湾ではすでに在来のアユは絶滅してしまいましたが、養殖魚としての人気は高く、市場の魚屋さんで普通に見ることができます。そのせいか、台湾の人にも関心を持って聞いてもらえたようでした。

 講演全体を通しては、やはり環境破壊やスマトラ地震等によってインドーパシフィック地域の魚類が危機に瀕していることが多く取り上げられ、切実に感じさせられました。また分子遺伝についての報告が増えていることも、日本だけの傾向ではないと思いました。一方で淡水域の魚類生態については相変わらず進展がとぼしく、その点では寂しく感じました。生態研究なくして、保全はできないはずなのですが。
   
台湾の川を見て
 
写真5
(台湾の魚道)
台湾の川は堰堤、コンクリート護岸、魚道が多い点で日本と似ている。
 
写真6
(魚観察台湾)
エクスカーションでの潜水観察。あまりよい環境とはいえないが、「観魚」を観光の目玉にしている点がおもしろいところであった。オイカワに似た魚が体をひるがえして藻を食んでいるところが陸上からも観察でき、観魚道が整備されていた。水中にもぐるとアユもいた。
 
台湾の川を見て
 学会の3日目にはエクスカーションがあり、片野は渓流へのバス旅行を選びました。台北から南に1時間30分ほどいったところに、淡水魚が多くみられる川があるということでした。「観魚渓」などといわれるところで、淡水魚を陸上から、また水中から(シュノーケルやスーツを用意してくれた)観察するもので楽しかったのですが、気になることもありました。川はコンクリート護岸で囲まれ、堰堤だらけでした(写真5、6)。川の中には絶滅したはずのアユが泳ぎ、シクリッドさえいたという人がいました。そういえば、講演では外来種問題などもほとんど見当たりませんでした。台湾ではアユを含む相当数の淡水魚が既に絶滅しています。日本も自慢できるような状況にはありませんが、環境問題は学会会場だけのテーマではないはずです。
おわりに
 
おわりに
 台湾での学会参加は以上述べたように刺激的なものでした。内水面研究部において、アユなどの水産資源を増やすとともに、河川や湖沼の生態系を保全していくことは重要な課題になっています。今回の学会でえた知見を今後の研究にどう生かしていくか考えをめぐらせているところです。なお、次回4年後には、マレーシアのサバ(ボルネオ島)で第8回インドーパシフィック魚類会議は開催されることがきまっています。まだ先のことですが、楽しみにしている人が多いようです。
 
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