はじめに
今秋(平成10年8月31日~9月17日)、私はトルコ共和国トラブゾン市での水産学および生態学国際学
会とドイツ国マクデブルク市での第52回ドイツ脂質科学会に参加する機会を得ました。その約3週間にわた
る経過について、ご紹介します。
トルコと水産業
トルコは、アジアの最西端にあるのですが、私たちには距離的に遠い欧州の方が、政治・経済・文化などあ
らゆる面でより近く感じられ、トルコの地理・文化や歴史にあまり馴染みがありません。私も2年前ジェソ(
愛称Ceso、Cesarettin Alasalvar博士、平成9年度STAフェロー、トルコ出身で在連合王国8年)が研究室
に来ると決まってからあわてて地図など引っぱり出したようなものでした。彼からの聞きかじりに過ぎません
が、トルコの水産について簡単にご紹介します。トルコの一次産業の中心はもちろん農業や畜産業ですが、3
方を海(黒海、エーゲ海(マルマラ海)、地中海)に囲まれ、しかも、その中で黒海は資源量が豊富なため、
水産業も盛んです。漁獲高は日本などとは比べようもありませんが、アンチョビーやホワイティング(タラの
類)を中心に自国で消費しています。肉食中心の欧米人の中ではありますが、沿岸地域に住んでいる人は、水
産物を結構摂取しているようです。ジェソの話によると、たとえばイギリス人の中にはフィッシュチップスを
好む人が多いらしいですし、当人も、宗教上の理由から豚肉は食べないものの、魚介類は差別なしに好きです
。実際トラブゾンでは魚屋さん(写真1)が沢山ありましたし、通りには魚料理の専門店も見られました。以
上の背景から、トルコでは、日本ほどではないものの水産研究が各地の大学(Istanbul大学、Ege大学、Karadeniz工科
大学など)を中心に盛んに行われています。
ジェソと水産学シンポジウム(トルコ)について
今回のトルコの国際学会参加のきっかけは、1996年のオーランドでの第212回アメリカ化学会年会に
さかのぼります。1996年の3月、カナダのShahidi教授(ニューファンドランド記念大学)から突然ファ
ックスが入り、8月のオーランドの学会に来ないかという打診がありました。一度も面識のない大先生からの
ファックスでいささか驚きましたが、招待という言葉の魔力に誘われ、自らの英語力もかえりみずシンポジウ
ムに参加しました。そこでのつたない講演が、ジェソと知り合うきっかけでした。私の講演は核磁気共鳴スペ
クトル(NMR)で水産脂質の劣化を評価するもので、それまでに出した6編の報告をまとめたものでしたが、
それに興味を持ってくれたのが、連合王国から参加していたジェソでした。期間中のある夜、宴会にも招待さ
れたのですが、アルコールの力は大きいもので、その場でジェソと共同研究の話まで出まして、帰国後お互い
に連絡を取り合うことを約束しました。そして当研究所に久々にSTAフェローとしてやってきたのが、若干
お調子者のジェソでした。彼は、去年1年間(平成9年5月~平成10年5月)、脂質化学研究室(現、機能
特性研究室)で私の仕事を手伝ってくれました。文句は多かったですが、仕事もそこそこにこなしましたので
(口頭で3件、現在投稿中1編、投稿予定3編)、まあ優等生ではないかと思います。そのジェソは、来日前
は連合王国のLincoln大学の食品化学部で博士研究員をしておりましたが、出身はトルコです。その彼から、
出身大学のKaradeniz工科大学(Karaは黒の意味、denizは海の意味)で初めての国際学会があるから、是非来て
くれと去年の暮れに誘われました。ジェソの話から、私もかねてよりトルコについて興味を持っていたもので
したから、いい機会と思い参加しました。
第1回国際水産学および生態学シンポジウム
今回のトルコの水産学および生態学シンポジウムは第1回となっておりますが、ジェソの話によりますと既
に同じ国際学会はトルコで数回開かれているとのことでした。裏にトルコの大学事情があるようで、このシン
ポジウムは、毎年交代で開催されるらしいのですが、各大学が、それぞれ回数を独自に数えるため、すべて第
1回となっているとのことでした。学会では、漁業資源から生態系、海洋生物の生理、水産利用、環境化学な
どの幅広いテーマが討議されました。150強の発表件数と300名余りの参加者数ですから、学会の規模と
しては中規模ですが、参加国は欧米諸国(合衆国、連合王国、ドイツ、ノルウェーなど)や、黒海周辺の国々
(たとえばウクライナ、ブルガリア、ロシア、アゼルバイジャン)をはじめ総計20ヶ国以上が参加しており
ました。極東から来た日本人ということで珍しがられましたが、学会スタッフの皆さんはおしなべて親切でし
た。トルコ人の親日感情は歴史的なものがあるらしく、日露戦争まで遡ると聞きました。
私の口頭発表の課題は今年度の重点基礎の課題である「深海性魚類からの香粧品の構造と機能の解明に関す
る研究」に関連する海産魚類からの有用脂質成分の探索や分析に関する2課題でした。いずれも一部は来日し
たジェソに手伝って貰った仕事です。2件目は学会最後の発表でしたので、発表後は、時間を気にせず質問を
受けることができました。数名の先生から質問されましたが、特に地元のIstanbul大学のGuven教授や連合王
国Lincoln大学のGrigor博士には興味を持って頂き、脂質分析に関して共同研究を持ちかけられ、今後検討す
ることとしました。会議も最終日となって、偶然に現地に滞在している日本人と接する機会を持ちました。ト
ラブゾンの水産研究所(Trabzon Central Fisheries Research Institute)でカレイ類の種苗生産を指導して
いる原士郎博士(JICA)で、博士にはその後、魚市場や研究所をご案内頂くなど、大変お世話になりました。
慣れない土地で久しぶりに日本人に会ってうれしかっただけでなく、故国を離れて、遠い異国の地で日本の技
術を現地の人にこつこつと伝えている邦人がいることや日本の水産技術の高いことにも感動しました。
ドイツの脂質科学会について
ドイツの脂質科学会(Deutsche Gesellschaft fur Fettwissenschatf、DGF)は伝統も古く、脂質の生化
学や科学・工学分野では高い水準にあることが知られています。現在、脂質関係の世界的な学会としてはアメ
リカ油化学会、日本油化学会、ドイツ脂質科学会がそれぞれの地域で最高水準にあり、世界をリードしている
と言えます。しかもこれらの学会は密接な関係を持ち、たとえば日米においては学会が7年に1度共同開催さ
れています。また、DGFにおいても、日本との交流が深く、たとえば1984年には金田尚志先生(東北大
学名誉教授、東海区水産研究所出身)が記念講演を行っています。今回参加した第52回DGF国際会議は、
旧東ドイツの地方中核都市マクデブルクで開催されました。
国際学会でしたが、半分くらいの人がドイツ語で講演していました。英語の講演でさえフォローがままなら
ないのに、ドイツ語では全く駄目でしたが、要旨集はほとんどが英語でしたので助かりました。私の発表はポ
スター発表で、3日間拘束でしたので、沢山の人と接触できましたが、その中で収穫だったのは科名などの学
名は良く通じるということがありました。参加者のほとんどは化学者でしたが、欧州の研究者は生物名も良く
理解しており、学名はローマ字読みで充分理解して貰えました。本学会も件数は130件ほどで参加者数は3
50名程度と中程度の規模でしたが、参加国はドイツを中心に欧米の25ヶ国以上が参加していました。脂質
関連の学会であるため、脂質の栄養や生理が中心でしたが、欧米での水産脂質に関する関心は高く、ドコサヘ
キサエン酸(DHA)などのn-3高度不飽和脂肪酸に関する発表が多数ありました。欧州においても、脂質と
健康の関わりや、肥満や疾患の改善には、医学や化学、工学などの多方面の研究者が携わり、特に水産脂質の
効果に関しては注目度が高いものと思われました。
2つの学会の間にはKaradeniz工科大学海洋学部やTrabzon中央水産研究所、さらに国連食糧農業機構(FAO-
ローマ)を訪問することができ、トルコや欧州の水産事情や利用加工研究について勉強するとともに、現地の
研究者と今後の共同研究について論議や情報交換する機会も持つことができました。本出張により、沢山の研
究者や専門家と交流でき、専門外も含めて様々な知見を得ることができました。中でも、学会誌を通してのみ
知っている海外の著名な研究者と直接接触する機会を得たことから、かねてからの疑問点も幾つか明らかにで
きました。これらの有意義な経験、特に海外の研究者と交流し最新の情報を得るという貴重な機会を与えて頂
いた、水産庁を始め関係各機関の皆様に深く感謝致します。
(利用化学部 機能特性研究室長)

写真1.トルコの街角ではリヤカーで魚を売っている姿がそこここで見られます。
昔の日本でも見られた様な風景です。 |

写真2.ドイツから参加していた生態学の専門家であるLelek教授、
MEPS(海洋生態学進歩集)やMarine Biology(海洋生物誌)
の編集者であるKinne教授のお弟子さんだそうです。 |
Yoshioki Oozeki
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