海藻が分解するといきなり6ミクロン粒子になる
未利用海藻資源を何かに有効利用できないかとい
うことを"バイオマス変換計画"及び"糖質工学"
の研究プロジェクトに参画して、これまで11年間
に亘り考えてきた。応用微生物研究室には、海藻を
有用な物質に変換する為の道具として利用できる可
能性がある、大型海藻類を分解する能力を有する細
菌が全国の海水中より多数分離され、保存されてあ
る。その中でも最も分解力が強いのが、神奈川県下
より分離されPseudoa1teromonas at1anticaと同
定されたAR06株である。AR06株はアルギン酸、フ
コイダン、寒天等の海藻組織を構成する多糖を分解
する能力を多種類合わせ持っており、褐藻類、緑藻
類、紅藻類のすべての属にまたがる広い範囲の海藻
の仲問を分解する能力を有している猛者である。筆
者は、この細菌により海藻の葉体が分解されていく
過程を顕微鏡下で詳しく観察した際、海藻組織が細
胞単位で壊れていく傾向にあることを見出し、分解
産物として単細胞状の海藻粒子即ち、単細胞性デト
リタス(Single cell detritus:以下SCD)が産
生されることを初めて報告した。(デトリタスは糞
や遺骸など生物に由来する破片のこと)その後、海
藻が分解してSCDを形成する現象は、ペプトン
(微生物の増殖に役立つ)が添加され微生物が増殖
した自然海水中に海藻を放置して分解させた場合に
も観察された。このように、AR06株のような分解力
の強力な菌株を特に使用しなくても、自然海水中に
元々いる微生物群の働きによりSCDの形成がおこ
ることが確認され、SCDの形成が自然界における海
藻の崩壊過程で広くおこっている可能性が示唆され
ている。おもしろいのは、海藻の種類・大きさにか
かわらず、それが分解するといきなり直径約6ミク
ロンのSCD粒子になるという構図である。
SCDは魚介類の初期餌料(離乳食)として好適な
性状を有している
SCDの性状について、興味深い点が3つある。
1つはSCDのサイズが約6ミクロンであり、現在
魚介類の初期餌料として利用されている植物プラン
クトンとほぼ同じサイズであるということ。2つめ
は、SCDが海藻組織を構成する硬い細胞壁構造を失
い、プロトプラスト状或いはスフェロプラスト状で
あり、消化されやすい状態にあるということ。3つ
めはSCDの表面に細菌細胞が濃密に付着している点
である。細菌は一般にタンパク質含量が高いため、
細菌の付着はタンパク含量が低い海藻を高タンパク
な素材に変身させる効果がある。このようにSCD
は魚介類の初期餌料、ヒトの場合でいうところの離
乳食として好適な性状を有している。海藻を乾燥粉
末にしたものを基質として用いれば、AR06株を使
用することにより、12時間程度の培養により大量
のSCDを生産することもできる。このようにして
マコンブ及び横浜産アオサから調製したSCDがア
ルテミアの幼生に対して、一定の餌料価値を有する
ことが証明された。植物プランクトン餌料は培養に
多大な労力を要するため、海藻から短時問のうちに
簡単に調製されるSCDを代替餌料として利用でき
れば経済的価値も大きい。海洋細菌の海藻分解能力
を利用して海藻からSCDを製造する技術について
は、国内及び米国特許を取得した。
微生物食物連鎖(Microbial loop)のしくみを増幅して発現できないか
海藻SCDを初期餌料として利用しようとする試
みには、海藻を餌料として利用しようということの
他に、これに付着した細菌を餌料として利用しよう
という別の側面がある。細菌はタンパク含量が乾重
量換算で約70%もあり、餌料としてのポテンシャ
ノレは高い。ちなみに魚介類の餌飼料としてはタンパ
ク含量が35-50%程度必要とされているが、海
藻には通常10-20%前後のタンパク含量しか含
まれていない。分解者としての細菌が餌料としても
役立ち、生産カに寄与するしくみは自然界において
既に知られており、微生物食物連鎖(Microbial
loop)と呼ばれる。しかし細菌は、サイズが約1-
2ミクロンと小さいため、高次生産者に効率よく補
食されないという欠点を有する。また、魚介類の生
産カに結びつくには何段階もの食物連鎖の梯子を上
らなければならず、その間にエネルギーの大幅な減
耗は避けられない。これらの二とからMicrobial
loopの生態効率は、細菌が単独で補食される場合
は、かなり悪いことが考えられる。しかし、細菌が
SCDの表面に付着して直径6ミクロンの粒子とし
て存在する海藻SCDの場合には、これら2つの問
題が同時に改善され、細菌の餌料効率が大きくアヅ
プする可能性がある。また、海藻SCD餌料におい
ては、細菌が生きたまま利用されている点もユニー
クである。今後SCDの表面に、何か特別な機能を
有する細菌を付着させる工夫をすることにより、有
用機能を付与した初期餌料の開発が期待されてい
る。
デトリタス食物連鎖の原理を魚介類の栽培技術に導入する
現在の魚介類の栽培技術は、喰う喰われるの言葉
で表現される生食連鎖(grazig food chain)の原
理に基づいて構築されており、魚の種苗生産は、餌
料の餌料である植物プランクトンを培養することか
ら始まる。一方、自然界には、これとは異なるデト
リタス食物連鎖(detritus food chain)のしくみ
が存在する。デトリタス食物連鎖とは、例えば海藻
バイオマスのうち直接摂食されなかった部分が、微
生物の働き等により分解されて、その分解産物が再
利用されて生産力に結ぴついていくしくみである。
このいわば"食べ残し"或いは"食べこぼし"の食
物連鎖とでもいうべきしくみを導入することによ
り、現在の魚介類栽培技術をより持続可能
(sustainab1e)なものにすることができるのではな
いかと筆者は考えている。このような考えに基づ
き、海藻SCDの利用は、単に植物プランクトン餌
料の代替品として、既存の栽培漁業の枠内での利用
を考えるのではなく、より粗放的なスタイルでの利
用を考えていく方がおもしろいのではないかと考え
ている。
環境問題を視野にいれた利用を考える
近年、アオサ類の大量繁殖が全国各地で報告さ
れ、杜会問題となっている。アオサは一部アオノリ
(フリカケ)として利用されている例を除けば、こ
れといった有効な用途がなくゴミとして扱われてい
るのが現状である。今回開発した技術を応用して、
アオサを現場でSCDに変換することにより、例え
ばデトリタスフィーダーであるアサリの生産力に結
びっけていくことができないだろうか。アオサをア
サリに化けさせるという試みは、単に経済的価値を
有するものに変換するという意義にとどまらず、
(アサリを収穫する二とにより)その海域から栄養
塩を回収するという環境浄化の意味合いも持ってい
る。筆者は今回開発した海藻SCD餌料の技術を基
に、このようないわば"海の堆肥技術"とでも呼ぶ
べき技術を創生できないかと模索しているところで
ある。
(利用化学部応用微生物研究室)
- 参考
- 図1 マコンブの葉体が海洋細菌により分解されていく過程(スケールバーは20μm)
- 細菌が海藻表面で付着・増殖して分解が始まったところ
- 海藻がばらばらに分解され、単細胞性デトリタスになったところ
- 単細胞デトリタスの表面には細菌が濃密に付着している点に注目
- 図2 マコンブSCD(矢印)を補食して成長したアルテミア
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