中央水研ニュースNo.6(平成5年3月発行)掲載


OECD加盟国における1TQ(譲渡可能個別割当制)について
中西 孝

 最近こんな文章にであった。「地代1)を支払わ なくてすむなら、共有財産の資源は無駄遣いされ るだろう、例えば空気や海の魚のように」(サム エルソン等の経済学(第14版)P264)。空気と同 じに海洋の水産物が取り扱われていることに興味 を覚えた。海洋の水産資源の所有権は誰にあるの かということについては、昔から今まで明確なよ うでいてハッキリとはされていないが、高い関心 が持たれている。200海里制度の実施にともなっ てその域内の海洋水産資源の使用の権利と管理の 責任はその沿岸国に帰属するとの認識が強くなっ てきたが、その所有権はどのように取り扱われて いるのだろうか。ITQ(譲渡可能個別割当制) とはまさにこの所有権を誰に帰属させ、どう管理 するのかの点から出てきた考え方ではと思う。
 ITQに関しては多くの報告・解説があるので ここではあまり詳しく記さないが、元東京水産大 学教授の長谷川彰先生による日本語訳がぴったり のように思う。この言葉を最初から少し詳しくみ ていくと「譲渡可能」とは、売り買いが出来ると いうこと、弁当や雑誌のように白由に売り買い出来 るかどうかは別だが、お金を出せば買えるし、 売ることも出来る。「個別」とは、実際に漁業を 行なう単位ごとに、つまり漁家や会社・組合ごと にということである。「割当制」とは、漁獲量枠 の割当のことで、どういう種類の魚を何トン漁獲 してよいのかである。例えば、Aさんの家では今 年マダイ10トンの漁獲枠が割当られているが、そ れを自分で獲っても、あるいは誰か他の人にこの 漁獲枠を売ってもよいのである。ただ最近のITQは 総許容漁獲量に対する比率で割当てられるこ とがあり、資源量の変動に即応出来るようになっ ている。
 OECD(経済協力開発機構)加盟国内におけ るITQ制度の実施状況は表1に示したが、現在 のところはそれほど多くの国や魚種で行われてい るわけではない。ITQ制以外で行なわれている 漁業・資源管理は漁獲努力量を規制する参入制限 等が主であり、我が国の制度は漁業権や漁業の許 可・免許等によって間接的に漁獲量を制限しよう としている。OECD水産委員会では1992年9月 18日にIQワークショツプ(名称は個別割当制で あるが実際は譲渡制も加味されたITQが主であっ た)が開催され、活発な論議が行なわれた。 何故このITQがとりあげられたかは、最初に 書いた所有権と関係している。つまり共有財産と しての海の魚を、個人または法人に所有させ、海 の魚にも私的な財産価値を持たせようとしている。 そこで譲渡可能又は賃貸し出来ることが必要になっ てくる。財産化すれば市場経済にまかせてしまう ことも可能であるから、漁業管理も自由市場経済 にまかせることになる。
 一方このITQは譲渡もリースも場合によって は相続も可能であっても、ITQ保有者は所有権 を保持するのではなくこれを排他的に利用する権 利を持つとの考え方もある。これは海の魚の所有 権の帰属をめぐる論議を行なって収拾がつかなく なるよりは、海の魚は共百財産であるとの見解で あっても排他的利用権が確立されていれば実際の 、漁業管理を行うのに矛盾はないとの考え方かも知 れない。
 ITQについてOECD水産委員会が関心を持っ ているのは、もう一つの側面からも考える必要が ある。OECD水産委員会では1987年3月から水 産業に対する経済的助成に関する論議が行なわれ ており、1991年3月からはこれに関する専門家委 員会が設けられ、年2回のぺ一スで1993年2月ま で5回開催された。この専門家委員会では貿易、 収入、資源の配分に対する経済的助成の透明性を 高めることを目的として論議が行なわれている。 ここで問題とされたことの一つは、200海里経 済水域円への国外漁業者の参入制限も国内漁業者 に対しては経済的助成になるとの論である。参入 、制限に関する透明性を向上させるにはこの制限を 計量する必要があり、ここでITQが計量化の道 具として浮上している。つまりITQ制度とは国 内・国外を問わずにこのオークションや入札に自 由参加させて価格の高い人が購入出釆る制度だが、 この時の入札価格はそれぞれの漁業者の対象漁業 に対する評価を価格で表したものであり、また経 済的助成を含んでこの価格が設定されているとす れば、基準となる価格と比較することにより経済 的助成を計量化出来るとの考え方である。
 例えばある漁業で国内船が1,000ドル、国外船 が2,500ドルの入札価格を設定して国際的な入札 に参加したとする。また漁業の費用(機会費用も 含む)は両者で同一であるとする。そこで両者の 入札価格の差から、国外船に対して経済的助成が 1,500ドルで行なわれていると評価する考え方で ある。ここでは1,500ドルが経済的助成として実 際に支払われているかどうかでなく、費用が同じ なのに国外船が1,500ドルも余分に支払可能なの は、経済的助成があるはずとの仮定である。つま り統計資料だけでは機会費用等の計量が出釆ず、 経済的助成の計量化に困難が伴うため、このよう な仮定に基づいて経済的助成を計量化しようとし ている。もし、この漁業への国外船の参入が制限 されるとすれば、沿岸国政府から国内漁業者へ 1,500ドル相当の経済的助成があるとの考え方に なる。また国外船が沿岸国に入漁料1,500ドルを 払って漁獲を行なう場合は、この1,500ドルは沿 岸国の国内船に対する経済的助成として加算され る(立場が異なれば、この入漁料1,500ドルを支 払可能であるのは、国外船が1,500ドルの経済的 助成を受けているカ)らであり、国外船の経済的助 成は1,500ドルと計量出来ることになる)
 このように色々な観点での議論が必要となるが、 ここではこの計量の是非を論ずるのでなく、ITQ 制度の導入によりオークションや入札によって、 海の魚に対しても経済的価値が定量的に計量出来 る可能性に着目したい。またこのITQの価格は 一般的に地代を反映していると考えられるから、  ITQ制度により、より多くの地代を支払える漁 業者を入札やオークションで選定することができ、 また冒頭の部分で述べた地代が市場原理のもとで 支払われることにより、資源の無駄遣いがなくな る可能性もある。ITQが漁獲行為を市場原理の 中に取りこむすぐれた手法と言われる点である。 ITQ自体の是非については他で述べているの で省くが、漁業管理の手法としてこのようなもの もあることに興味を持ってもらえれば幸いで ある。
注1); 地代について詳しく記す余裕はないので省略するが、 一般的には土地利用者が土地所有者に支払う利用料であり、 ここでは供給が固定された生産要素において支払われる 利用料をさすと考えられる。地代に関しては多くの研究が あり、漁業に関しても清光照夫・岩崎寿男(1982) 「水産経済」をはじめ多くの解説・研究書があるの で地代についての詳細はそれらを参照下さい。
参考:表1 OECD各国におけるITQの実施状況
(経営経済部漁業管理研究室長)

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