(2)冷凍すり身およびねり製品

 魚肉練り製品は我国の代表的な水産加工品である.その原料の冷凍すり身も 日本が独占的に生産していたが,1980年代に国際化傾向となり,1990年代では 米国等の生産が多くなっている.この間,すり身原料もスケトウダラ一辺倒から 多様化へ変化を始めている.
ア.冷凍すり身加工および貯蔵原理
 魚肉の水晒し工程では,水溶性画分が除かれて残された筋原繊維 タンパク質は不安定となり凍結耐性も低下するが,最終工程で糖類が混合されることで 筋原繊維タンパク質の安定性は著しく向上し凍結耐性が付与される1). その効果は,糖類1分子当たりのOH基数の多いものほど強く,また溶媒に対する 糖濃度と相関することから,周囲にある水分子の構造安定化が結果としてタンパク質の 安定化に寄与しているものと推測されている2)
イ.ゲル化の分子機構
 スケトウダラすり身の塩摺り肉を低温加熱すると,ミオシン重鎖は 共有結合的な化学反応により巨大な分子サイズの多量体に成長し,強い坐りゲルと なる3).坐りゲルで起こる多量化反応では内在するトランス グルタミナーゼの関与が報告されている4).同坐りゲルを引続き高温で加熱すると 更に強いゲルが得られるが,この時のゲル化反応はSDSや尿素のような溶媒で切断 される疎水性相互作用など非共有結合性の化学反応がタンパク質分子間に生じて ゲル強度の向上に働いたものと推測されている5).上記は, ミオシンが魚肉ゲルの基本構造である証拠だが,加えてアクトミオシン,アクチン, トロポニン等やこれらタンパク質の多量化または開裂したものまでが一緒に緩やかな 凝集体となり,ゲル全体を構成していることが明らかにされた6)
ウ.ゲルの劣化現象
 塩摺り肉を60℃付近の温度で加熱したとき一旦形成されたゲルが急速に 劣化する現象を”火戻り”と呼ぶ.この劣化現象は魚種によって異なる.ミオシンを 分解する至適温度の高いセリン系プロテアーゼが火戻りの原因と報告されている7). その他にアクトミオシンの構造変化説も提案されている.また,スケトウダラでは 低温度で坐りゲルの進行とともにミオシン重鎖の分解も同時に起こっており8), この反応はE64のようなプロテーゼ阻害剤で抑制されることが報告されている9). 一般に,水晒しすると魚肉は火戻りが起こりやすくなる10)
エ.ゲル化の魚種特性
 近年,沿岸回帰率が向上したシロサケ魚肉ではトランスグルタミナーゼの 作用を阻害するアンセリンの多量含有11)および低温度でミオシン 重鎖を分解する内因性プロテナーゼの存在等12)が解明され, この知見を基礎に各種の練り製品化改良技術研究が試みられている13). スルメイカ等のツツイカ目肉ではメタロプロテアーゼ,セリン系プロテアーゼの活性が高く, これらを制御する練り製品化研究が報告されている14-16). トカゲエソ肉では鮮度低下に伴うフォルムアルデヒドがゲル化に及ぼす影響が報告 されている17).シイラ肉の50℃付近での高いゲル形成能力を 活かした魚肉ソウメンの開発18),害魚の駆除を目的とした オオクチバスの練り製品化の研究もある19).最近,中国淡水魚肉の ゲル化特性の研究が報告された20)
オ.各種配合剤の効果
 すり身及び練り製品の品質を改善するための糖類2), 重合リン酸塩類21),澱粉22),血漿プラズマおよび 微生物起源トランスグルタミナーゼ23,24),カルシュウム 25)などの効果が報告されている.
(福 田   裕)
文献1)福田裕:低温処理中のタンパク質の変性(冷凍による変性),水産加工とタンパク質の変性制御,新井健一編,恒星社厚生閣,9-18(1991)
2)大泉徹:タンパク質の変性の制御(添加物による制御),水産加工とタンパク質の変性制御(新井健一編),恒星社厚生閣,47-55(1991)
3)沼倉忠弘ほか:坐りによる肉糊のゲル形成とミオシンの交差結合反応,日水誌,51,1559-1565(1985)
4)関伸夫ほか:スケトウダラ筋肉およびすり身中のトランスグルタミナーゼ活性とミオシンBとの反応,日水誌,56,125-132(1990)
5)舩津保浩ほか:スケトウダラ肉糊のゲル形成能とミオシン重鎖の多量化に及ぼすソルビトールの影響,日水誌,59,1599-1607(1993)
6)舩津保浩,加藤登,新井健一:坐りに伴うスケトウダラ肉糊の塩溶性タンパク質の凝集体形成,日水誌,62,112-122(1996)
7)M. Kinoshita et. al. : Modori-inducing Proteinase at 50℃ in Threadfin Bream Muscle, Nippon Suisan Gakkaishi, 58,715-720(1992)
8)H. Takeda et. al. : Enzyme-catalyzed Cross-Linking and Degradation of Myosin Heavy Chain in Walleye Pollack Sulimi Paste during Setting, Fisheries Science, 62, 462-467(1996)
9)H. Saeki et. al. : Gel Forming Characteristics of Frozen Surimi from Chum Salmon in The Presence of Protease Inhibitors, J. Food Sci., 60, 917-921(1995)
10)野村明ほか:水溶性タンパク質画分中のミオシン重鎖分解抑制因子の存在,日水誌,64, 878-884(1998)
11)J. Wan et. al. : Inhibitory Factors of Transglutaminase in Salted Salmon Meat Paste, Fisheries Science, 61, 968-972(1995)
12)M. Yamashita et. al. : Hydrolytic action of Salmon Cathepsine D and L to Muscle Structural Proteins in Respect of Muscle Softning, Nippon Suisan Gakkaisi, 57, 1917-1922(1991)
13)飯田訓之ほか:ブナサケ,ブナマスの酵素抑制技術および脱色技術の開発,新たな水産加工原料を求めて(水産庁水産加工課),34-36(1998)
14)福田裕ほか:イカ肉のゲル形成能に及ぼすプロテアーゼインヒビターの影響,水産利用加工研究推進全国会議資料(水産庁中央水産研究所),212-215(1996)
15)海老名秀:スルメイカ破砕肉を利用した新しい加工素材の開発,新たな水産加工原料を求めて(水産庁水産加工課),51-55(1998)
16)黒川孝雄ほか:スリメイカ等の冷凍すり身化技術開発,新たな水産加工原料を求めて(水産庁水産加工課),58-59(1998)
17)平岡芳信ほか:水産練り製品新原料開発研究,新たな水産加工原料を求めて(水産庁水産加工課),56-57(1998)
18)米村輝一郎ほか:シイラすり身化試験,水産利用加工研究推進全国会議資料(水産庁中央水産研究所),168-171(1996)
19)鈴木隆夫ほか:オオクチバスの練り製品特性について,水産利用加工研究推進全国会議資料(水産庁中央水産研究所),189-192(1993)
20)Y. Fukuda et. al. : Development of Frozen Surimi from Freshwater Fish Meat Produced in China, JIRCAS Working Report, in press(2001)
21)松川雅仁ほか:スケトウダラ坐りー加熱ゲルのゲル物性に及ぼすピロリン酸塩の効果,日水誌,62, 94-103(1996)
22)山下民治ほか:スケトウダラ肉糊の坐りに及ぼすでん粉添加の影響,日水誌,65, 872-877(1999)
23)阿部洋一ほか:TGase製剤または牛血漿粉末を添加して調製したかまぼこゲルの特徴,日水誌,62,446-452(1996)
24)安永廣作ほか:加熱に伴うスケトウダラ肉糊中のミオシン重鎖の交差結合と牛血漿粉末の影響,日水誌,63,739-747(1997).
25)佐伯宏樹ほか:カツオ,コイおよびスケトウダラの肉糊のゲル化とミオシン重鎖の多量化反応に及ぼすCaCl2の影響,日水誌,58, 2137-2146(1992)

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