(6)水産物脂質の劣化評価 1~10) | |||||||||||||||||||||||||||||||
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魚油にはイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)等の 有用な生理機能を有するn-3高度不飽和脂肪酸が多量に含まれるが,空気により 酸化され易く,酸化変敗による安全性や品質の低下が問題となるため,水産物の 品質を評価するうえで,脂質酸化度はとくに重要である. 脂質の酸化劣化(酸化度)の評価法は,化学的評価法,物理的評価法,官能評価法, 生物・酵素等によるアッセイ法に大別される.植物油・獣脂に関しては,厚生省により 過酸化物価(PV),または酸価(AV)による基準が定められている11)が,高度 不飽和脂肪酸を多量に含み複雑な混合物である水産脂質は,単独での的確な手法がなく, 便宜的に植物油や獣脂に適用される手法を準用している. 脂質酸化は,脂質中に発生したラジカルが引き金となって連鎖反応が進行し, 重合を経て最終的に劣化脂質となる.その際,酸化を受けた脂質は,環化反応物や 分解反応物,重合反応物等の多種多様な複雑な生成物へと変化する.脂質の酸化度は 一般に,これらの生成物中の特定の化合物の消長を評価するものであり,いずれの 評価法も脂質劣化の全体を把握したものではない. また,脂質の酸化機構やその生成物は,扱う条件により異なる.室温付近で 進行する自動酸化では,初期にヒドロペルオキシド類が生成し,比較的長時間に わたり蓄積を続ける.一方,高温加熱による酸化は,室温での反応が高温で加速された ものではなく,ヒドロペルオキシドは早い時期に分解し,カルボニル化合物等の分解 生成物や熱重合物等の二次反応物の生成が活発におこる.また加工食品では,一度 熱酸化した脂質が保存中に自動酸化するような複雑な反応も起こる.そのため, 場合に応じた評価手法の選択が必要である. 水産脂質は通常,室温以下で 扱われるため,その劣化測定法も主に自動酸化に適用される手法である. 化学的評価法として,過酸化物価(PV)法,酸価(AV)法,チオバルビツール 酸価(TBA値)法,カルボニル価(CV)法が代表として上げられる.PV法は 最もよく用いられる手法で,活性酸素吸収期に酸化で生じた過酸化物(ヒドロペルオキシド)に ヨウ化カリウム溶液を加え,酸化されて生成したヨウ素をチオ硫酸ナトリウムで滴定する. 既に日本油化学会公定法1-6)となっているが, 感度が低く試料採取量は通常数グラムを要する. さらに高い感度を要求する生体試料等の測定や過酸化物の分解が開始する長期貯蔵における 評価には適さないが,一般の食品には最もよく用いられる.AV法は加水分解や二次分解に よって生じた遊離脂肪酸をアルカリ滴定によって求める方法で,これも日本油化学会の公定法と して規定されている.数グラム以上と多量な試料を必要とし,感度が低いのが難点であり, また一般に加工品では加水分解酵素が失活しているために劣化を忠実に反映しない場合もある. TBA法では,酸性下,チオバルビツール酸と加温して生ずる付加物の可視部吸収を定量する. 感度は非常に高く,生体脂質の酸化等,微量な酸化の評価に適するが,きょう雑物の影響や, 油脂の種類による変動から,食品には余り適さない.CV法は,二次分解で生じたカルボニル 化合物をヒドラゾンとして,紫外可視吸収により定量する.熱酸化の場合,過酸化物は直ちに カルボニル化合物に変化するので有効であるが,操作が繁雑で時間がかかる.このほか共役 ジエン法,ヨウ素価(IV)法,酸化酸量測定等があるが,最近はほとんど用いられない. 一般的に化学的測定法は試薬の調製や定量操作がはん雑であるため,簡便な評価のための 試験紙も開発されている. 物理的評価法である重量法は,脂質酸化を重量変化から評価する方法で,簡便なため しばしば用いられる.比較的少量の試料で可能であるが,分解が始まった時点で減少に 転じるなど測定に限界があり,実験誤差も大きい. 最近は,分析機器を利用した新手法も開発されている.PV上昇以前の初期酸化や シェルフライフの評価法として電子スピン共鳴(ESR)法3)やケミルミネッセンス (CL)発光法12)が検討されたが,きょう雑物の多い食品では定量性に難点があり, 実用化には至っていない.一方,核磁気共鳴スペクトル(NMR)法13)では一様に 減少するビニル水素やジビニルメチレン水素の変化を定量するため,PVで評価できない ような酸化度の進行した乾製品14)や魚粉 15)の評価への応用が示唆されているが, 比較的感度が低いことや特数の確定が難しい等の問題点もある. 以上のように,含まれる油脂が多様で劣化機構も複雑な水産脂質では,いずれの手法も 単独では劣化を的確に評価できないが,手法を組み合わせ相補的に測定することによって, より正確な評価が可能となると考えられる. (中央水産研究所 齋 藤 洋 昭)
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