(5)嗜好性

食品の摂取は、生体機能の維持成分を含む栄養補給を一義とするが、メニューが豊富である場合、 どの食べ物を選択するかは、臭い、味1)、物性(テクスチャー)2)、色3)などの外観やその場の 雰囲気などの外的環境や満足度など感覚的な要因に大きく影響される。こうした食品に対する好ましい 感覚を嗜好4,5)あるいは好みと言う6)。 食品を口にするかしないかは、上に述べた感覚だけでなく、 個人の置かれた環境や経験、時代や社会の経済力や文化、塩分や糖質に対するその時の個々人の体調、 生理状態、年齢7)なども影響する。
 臭いに対する嗜好8,9)は、 本能的な部分もあるが、過去の経験が大きな比重を占める。焼き魚臭 10)はその典型で、焼き魚を口に して美味しかったと感じた人は、焼き魚の臭いにより食欲をそそられるが、 経験のない子供や不味いと感じた人はその臭を単なる焦げ臭として忌み嫌う。 加熱臭11)も同じである。しかし、 焼きスルメの臭い12)は、嗅いだ 経験のない人でも忌避する人は少ないようである。新島や大島で産する くさやは、食べたことのない人は口に入れることすらできない特異的な 臭い13,14)をわざわざ付着させると いう点で、いわゆる嗜好品に近い。燻製に付着した煙の臭い 8,15)や、生でも特有な臭いを放つホヤ16)、アユ17)などは、愛好家には好ましい特性である。ナマコの内蔵の塩蔵品、 このわた、同じくその卵巣の乾製品、くちこ、は海浜様の香気から好まれる。北陸の名産品であるイカの 塩辛黒作りも特有の臭いを有する18,19)
 味に関する嗜好は、ウニの苦み20)などを除き、ほとんどの場合、臭いや物性などとの複合作用に より形成される。ハタハタすし、アユすし、フナすしなどの生すしは発酵製品であり特有のうま味に 加え強い臭気を伴い、好き嫌いは食習慣や慣れに強く影響される。フグやイワシ、サバの糠漬けも 発酵食品の範疇に入る21)。うるか22)やこのわたなどの塩辛類18,19)は、酵母ではなく水産物の 自家酵素により熟成させるため、個性的な味と各種酸化分解物から成る臭いを持つ。しょっつる、 いしるなどの魚醤油23,24)も同様である。
 物性や外観から好まれる水産物もある。かまぼこはそのテクスチャーが命である25)。コラーゲンで できているフカヒレ、クラゲやきんこ26)の特有の食感は中華料理の高級食材として珍重される。藻類の 主成分であるアルギン酸や寒天などは、アイスクリームやヨーカンの増粘剤、結着剤として、また なめらかさの付与27)に必須である。ボラの卵巣の 塩乾品、からすみ、やサケのひず28)もその物性が 好まれている。イセエビやタイの赤い色調と外観は、慶事に欠かせない 29)。かに風味かまぼこ30)は、 消費者ニーズに合致した好ましい特性、味と香気を付与したイミテーション食品の開発成功例である。
 現代の食生活においては、嗜好の果たす役割が重要となり、これに関する研究も増えつつある31)。 水産物について、その嗜好性の評価尺度が明確に示されたものは少ないが、一部、嗜好性に基づき養殖魚の 品質を評価する試み32,33)や、水産物の嗜好性の発現機構と評価に関する研究34)などが行われている。
(中 村 弘 二)
文献1)福家真也:エキスの嗜好性, 日水誌, 66, 131~132(2000)
2)畑江敬子:嗜好性と物性, 日水誌, 66, 135~136(2000)
3)中村弘二: 水産物の嗜好特性,色,竹内昌昭ほか編,水産食品の事典,pp.126-132,朝倉書店,東京(2000) 
4)畑江敬子:食物の嗜好特性の評価方法の検討と調理加工による嗜好特性の 制御, 家政学誌, 51, 771~778(2000)
5)大島敏明:脂質の嗜好性, 日水誌, 66, 133~134(2000)
6)高野友美:調理科学辞典, 医歯薬出版, 244~245(1975)
7)畑江敬子:高齢者が感じる食品のおいしさ, 健康で豊かな高齢者の食生活を探る, 農林水産省食品総合研究所, 科学技術庁, 48~51(1999)
8)太田静行:魚臭・蓄肉臭, 恒星社厚生閣, 1~274(1981)
9)飯田 遙: 水産物の嗜好特性,匂い,竹内昌昭ほか編,水産食品の事典,pp.133-138,朝倉書店,東京(2000) 
10)中村弘二ほか:赤身魚の焼臭とくに揮発性脂肪酸および揮発性カルボニルについて, 日水誌, 46, 215~219(1980)
11)小谷幸敏ほか:赤身魚肉の臭気改善等による高品質化技術の開発, 平成9年度水産利用加工研究推進全国会議資料, 21(1997)
12)奥積昌世ほか:イカの栄養・機能成分, 成山堂書店, 86~105 (2000)
13)藤井建夫:くさやに関する研究Ⅰ, 日水誌, 43, 517~(1977)
14)笠原賀代子ほか:くさや臭気成分, 日水誌, 44, 385~387(1978)
15)笠原賀代子ほか:薫製イカ・タコ香気成分, 日水誌, 94, 913~918(1983)
16)Yoshio Suzuki: Biochemical Studies of the Ascidian, Cynthia Roretzi v. Drasche. I. On the Nitrogenous Extracts. Tohoku J. Agr. Res., 6, 85~89(1955)
17)平野敏行ほか:アユの香気とその成分, 日水誌, 6 0, 287~294(1985)
18)高井典子ほか:いか塩辛熟成過程中の化学的特性に及ぼす肝臓 表皮および墨の影響, 日水誌, 59, 1609~1616(1993)
19)高井典子ほか:いか塩辛熟成過程中の化学的特性に及ぼす肝臓, 表皮および墨の影響, 日水誌, 59, 1617~1624(1993)
20)Yuko Murata et.al.: Isolation and structure of pulcherrimine, a novel bitter-tasting amino acid, from the sea urchin (Hemicentrotus pulcherrimus)ovaries. J. Agric. Food Chem. 48, 5557-5560(2000)
21)伊藤光史ほか:マサバとマサバへしこの一般成分ならびにエキス成分の比較, 65, 878~885(1999)
22)岩本宗昭ほか:「うるか」の品質改良試験, 平成2年度水産利用加工研究推進全国会議資料, 27(1990)
23)任恵峰ほか:遊離アミノ酸組成から見た中国・韓国産醤油および魚醤油の特徴, 日水誌59, 1929~1935(1993)
24)高橋光一ほか:秋田県産自家醸しょっつるの成分比較,平成8年度水産利用加工研究推進全国会議資料, 40-43(1996)
25)進藤穣ほか:水産ねり製品のテクスチャーにおける機器測定値と官能評価との関連, 59, 129~135(19939)
26)船岡輝幸ほか:キンコの加工に関する研究, 平成3年度水産利用加工研究推進全国会議資料, 11(1991)
27)山田信夫:海藻利用の科学, 成山堂書店, 86~136(2000)
28)畑江敬子ほか:サケ軟骨のテクスチャーに及ぼす食酢浸漬の影響, 食工誌, 37, 505~510(1990)
29)竹内昌昭ほか編:食品の辞典, 朝倉書店, 1126-132(2000)
30)岡崎恵美子:各種食品に見る食感開発の実際-魚肉加工品-, 新食感事典, ㈱サイエンスフォーラム, 25-260(1999)
31)鳥居邦夫:味覚と嗜好性, 栄養学雑誌, 58 49-58(2000)
32)養殖水産物の品質評価要因の解明とその制御技術の開発, 平成2-6年度水産庁補助事業特定研究開発促進事業報告書, 1-319(1995)
33)岡崎恵美子:特性評価技術と育種基盤技術の開発、養殖魚の肉質評価, 平成 11年度先端技術開発研究 水産生物育種の効率化基礎技術の開発(水産生物育種)プロジェクト研究推進会議資料, 農林水産技術会議事務局, 111-112(2000)
34)水産物の嗜好性の発現機構とその評価に関する研究, 平成6-10年度水産物機能栄養マニュアル化基礎調査事業総括報告書, 水産庁資源生産推進部研究指導課, 123-204(2000)

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