東はサケ、西はブリ

 わが国でブリが文献に現れるのは、足利時代の明応年間(1490年頃)に世に出た「倭名抄」にハマチに関する記述があるそうですから、もっと早く親しまれていたものでしょう。 「和漢三才図絵」(1712年頃)にはブリの和名はハリマチ、略してハマチとなっています。
 ブリは古くから出世魚として祝い事に珍重されており、西日本の正月には塩ブリは欠かせないものとして、東日本の塩サケと好印象をなしていました。  古くから山陰や北陸沿岸で漁獲されたブリは塩ブリとして山国の飛騨、松本へと運ばれていました。
 総務庁がまとめた1世帯当たりの年間購入量を見ると、流通が発達した今日でもなお東はさけ、西はブリというパターンが読み取れます。

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