水産研究所における水産利用加工研究のあゆみ |
本稿は,「水産試験研究一世紀のあゆみ」(水産研究一世紀事業記念出版編集委員会編,平成12年4月発行)に掲載されたものです。 |
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1.はじめに |
水産試験場(研究所)の利用加工研究の歴史を辿ってみると、戦中から戦後の食糧難の時代から、現在の飽食の時代に至るまで、社会情勢、国民生活の変化等に対応し、多様で困難な問題に取り組み、国民及び水産業界及び関連業界のために、いかに大きな貢献をしてきたかが明らかになってくる。
水産利用加工分野の組織の変遷を見ると、戦前の水産試験場の時代には1部であったが、戦後1949年にGHQの勧告に基づく国の試験研究体制の改変に伴い8海区制がしかれ、淡水区水産研究所を除く各海区水産研究所に利用部が設置された。しかし、1962~1966年にかけて各水研の利用部は行政改革の一環として当時の東海区水産研究所に再び集中化され、利用部、保蔵部及び生物化学部の3部体制になった。その後、平成元年の組織改正により、研究所名は中央水産研究所に、また、利用加工分野は利用化学部と加工流通部の2部体制になり、現在に至っている。
これらの経緯を辿りながら、利用加工研究の成果の概要を、「水産試験場時代」、「8海区水産研究所時代」、「東海区水産研究所~中央水産研究所時代」、の3区分にまとめた。区分を跨いで行われた研究はどちらかに振り分けた。紙面の都合上、先輩諸氏の膨大な成果のごく一部しか紹介できなかったことをご了解いただきたい。
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2.水産試験場時代-戦前(1929年)~戦後(1949年)の研究 |
海外からの軍需資材、食糧の輸入が止まり、国家的要請により戦時食糧、軍需物資に関する研究に重点がおかれた。また、終戦直後は食糧の絶対量の不足を反映し、水産物の食料化が強く要望された。当時の場長は、社会情勢の影響もあってか、基礎研究よりも事業化の見込みのある試験研究を重視していた。
当時の漁業生産量の推移を見ると、1930年代はイワシの豊漁期であって、1933年の148万トンをピ-クに約100万トン漁獲され、その利用試験が行われた。イワシを煮熟、脱脂した圧搾イワシを「鬨イワシ」、粉末化したものを「ふりかけ」及び「調味粉」と命名し、民間会社に製法を伝授し大量生産され、椰子油を用いて圧搾節を簡易に製造する方法を考案して「東亜節」と命名し、南方第一線の軍食に採用された。カツオ肉についても、植物性材料及び酵母を添加し、保存可能な乾物性の軍用副食物の製造試験を行った。また、南洋輸出向け塩乾イワシの長期保蔵のため、アスファルトで被膜した耐湿性の紙袋に詰め、炭酸ガスを満たして密封する、いわゆるガス置換包装法がすでに検討されている。さらに、国民の動物タンパク質の補給のため、魚粉の食用化が企画され、魚粉特有の不快臭味を除去する方法として麹やアンモニアによる脱脂脱臭法等が研究された。
一方では、カマボコ用の鮮肉性魚粉の製造、魚肉タンパク質のミオシンから人造繊維の製造、鮫皮から採取したコラ-ゲン繊維による、織布の製造等のすぐれた基礎研究も行われている。
水産脂質の利用に関しては、従来の硬化油製造の他に潤滑油の製造が特に要望され、魚油、肝油等を重合した粘ちょう油、スクワレンを還元して耐寒性の優れた潤滑油、サメ肝油から漁船機関用潤滑油等を製造する研究が推進された。魚油熱分解試験では、魚油を予め加水分解して重要軍需物資のグリセリンを抽出し、残りの脂肪酸を熱分解原料とし、これより重油、軽油、揮発油等の燃料油並びに溶剤のベンゼンを生産した。
カキについては、冷凍試験、輸出用生カキ輸送試験、さらには栄養価試験等が行われ、賦活糖分(グリコ-ゲン)その他の有効成分として強心剤「チトフラビン」成分を抽出し、臨床試験を行っている。
廃棄水産物利用加工試験では、水産動植物中のビタミンA,B1,B2,C、ニコチン酸等の含量についての調査が行われている。また、南方地方の水産物についてもビタミン含量が広範に調査された。ホルモンに関しては、インシュリンやマグロ脳下垂体ホルモンが取り上げられ、特にインシュリンはカツオの代用としてアブラザメの膵臓からも製造されるようになった。
健全性に関する研究としては、1942年浜名湖のアサリにより110数名が死亡した食中毒事件が起こり、その原因を明らかにするための基礎研究として、貝の人工的毒化や、無機塩によるアサリ毒の変性などについて検討されている。その他、魚介毒やフグ卵巣糠漬けの減毒効果について取り組んでいる。
その他、カニ缶詰のブル-ミ-トの防止試験やボツリヌス菌に関する研究、水産皮革に関する研究、また、水産物の輸出振興策の一つであったニジマス養殖を支える養魚飼料開発研究が開始されている。
戦後も各試験が引き続き行われたが、動物タンパク質の不足を補うため、アンモニア法で脱臭した魚粉にデンプン、甘藷、穀物を混入し、主食代用品を製造する試験や、魚肉あるいは魚粉を原料とし、発酵法により味噌様の加工食品の製造等に関する試験が行われた。
また、漁獲物の保蔵について、化学薬剤として酸性下での塩素及びカプリン酸やp-オキシ安息香酸との併用効果、亜硝酸・乳酸菌・酸性氷等の有効性について検討している。さらに、魚油の食用化、分子蒸留によるビタミンAの濃縮、等の試験が始まっている。
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3.8海区水産研究所時代(1949~1962年、1966年) |
1949年に8海区水産研究所体制になり、そのうちの7海区水産研究所に利用部が設けられた。東海区水産研究所の利用部は、従前の右田、東、山田及び源生の4研究室から蛋白、油脂ビタミン、保蔵、冷凍物理の4科に改称された。1952年に水産庁調査研究部長が主催し、各海区水産研究所利用部長および担当官による利用担当官会議が開催され、最重要研究に関する研究班の構成について討議され、①鮮度保持研究班、②蛋白研究班、③油脂ビタミン班、④原料班、の4班が発足し、それぞれ共通の課題について取り組まれた。
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1)脂質・ビタミン |
戦後、食用油脂の不足から魚介類油の食用化について栄養価を検討している。従来、不飽和酸は二重結合数の増加に伴い栄養価は低下し、高度不飽和酸は毒性さえも呈するとされていた。しかし、精製した高度不飽和酸はオレイン酸と同等の栄養価を示し、酸化させたものは激しい毒性を示し、その本体は過酸化物であることを明らかにしている。また、水素添加や重合したものは、かなり栄養価が高いことを確認している。さらに、深海サメ肝油からスクワレンの分離定量法の確立やスクワレンからスクワランへの変換に関する研究や種々の魚介類や加工品の脂肪酸組成に関する広範な調査が行われている。
ビタミンについては、ビタミンA素材として、東北ではサメ類に加えて新たにアブラガレイが、北海道ではタラやアブラザメの内臓類(肝臓、幽門垂、腸など)について原料としての特性と油の採取条件が検討された。さらに、ビタミン油からビタミン濃縮物を経済的に製造するための分子蒸留、ケン化法等の精製法が検討された。ビタミンA以外にも、魚介類中のビタミンD、ビタミンB群やパントテン酸、ニコチン酸、葉酸等の含量が調査されている。戦前からのこれら一連の広範な調査は、我が国ビタミン工業の発展に大きく貢献した。
一方、各水産研究所で水産加工品の油焼けの原因とその防止に関する研究に取り組み、油焼けは不飽和脂肪酸の過酸化物ないしその酸化、分解あるいは重合物に揮発性のみならず塩基性窒素が作用するときに起こり、着色に過酸化物およびアルデヒドが関与するアミン・アルデヒド反応と推定している。また、油焼けの抑制には、各種化合物のうち、BHA,BHT製剤等の有効性が明らかにされている。
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2)タンパク質 |
1950年代に入り、世界に先駆けて魚肉タンパク質の基礎的な研究がはじまり、まず、水産動物筋肉タンパク質の塩類に対する溶出性について、魚類と軟体動物等では著しく異なることを明らかにした。さらに、ミオシン区タンパク質の抽出性、粘度、流動複屈折性、ATP-感度などの指標によって、致死条件や魚の死後経過に伴うミオシン区タンパク質の変性、魚種による相違、乾燥や凍結によるタンパク質変性、などの基礎的研究を推進した。
また、イカの漁獲量は戦後急激に増加し、1950年代にはスルメイカは約40から60万トンも漁獲された。このスルメイカを有効に利用するため、1952年東海区水産研究所が中心となり、東北区水産研究所、北海道大学、お茶の水女子大学が参加したイカ肉研究班が組織され、イカの組織学的性質やタンパク質の生化学的特性を明らかにするとともに、イカ利用・加工に及ぼす肉組織の影響等に関する総合的な研究を行った。このイカ肉タンパク質の研究は高く評価され、農林水産技術会議より特別研究費とともに施設費がつき、当時としては大学の農学部にもないタンパク質の研究体制が整備された。
一方、魚肉タンパク質の応用研究として、ねり製品に関する研究が原料魚の鮮度低下とかまぼこ形成能との関係や足の強さの測定法の研究からはじまった。魚肉すり身の坐りの機構は、食塩が肉タンパク質の水和を増進させ、また、肉タンパク質の変性を起こしてゲルの骨格構造の形成を促進することが魚肉のゲル形成にあずかるためとしている。その後、この坐り現象を利用した弾力増強法として、①加熱する前に塩ずり肉を放置する坐り法、②低温、高温の二段に加熱する二段加熱法が考案され、現在でも現場で利用されている。さらに、水産ねり製品の弾力補強については、弾力補強剤としての澱粉の補強効果とその機構について明らかにするとともに、原料魚肉の水晒しの効果、酸化剤臭素酸カリウムやpH調製剤のラクトン類の添加効果も明らかにした。また、水産ねり製品に対する多リン酸塩類の添加効果として、弾力増強効果とその機構や”たれ”の原因とその防止方法を明らかにしている。
タラ類は凍結によるスポンジ化が避けられなかったため、凍結が不適当な魚種とされていたが、タラ肉のスポンジ化は体液中に比較的多量の窒素ガスなどを含んでいるため、細胞外凍結を起こしやすく、解凍後も氷結晶のあとが残るためであることを明らかにし、防止法としては、鮮度の良いものを急速凍結し、グレ-ズ処理後-30℃以下に貯蔵することを提案した。
1960年代、スケトウダラは、新鮮なときは極めて弾力のある水産ねり製品につくられるが、冷凍したり、鮮度が低下するとほとんどかまぼこ形成能を消失することが知られていた。北海道水産試験場では、糖類等の添加による冷凍変性防止効果の研究を行い、冷凍すり身の開発につなげた。北海道区水産研究所、東海区水産研究所は、鮮度低下あるいは冷凍貯蔵中のタンパク質の変性とかまぼこ形成能との関係を明らかにし、鮮度、凍結速度、貯蔵温度を適切に管理すればねり製品原料となることを実証した。また、冷凍変性が速い理由として、凍結貯蔵中にトリメチルアミンオキサイドから酵素反応によってホルムアルデヒドが生成されるためであることを見いだした。
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3)鮮度・品質保持
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(1)水産ねり製品の保蔵 |
水産ねり製品は腐敗しやすく、当時は代表的な中毒原因食品として疑われてきた。1952年、鮮度保持研究班では、各地の代表的な水産ねり製品について各種防腐剤及び包装材・包装方法の有効性、腐敗細菌の来源(冷凍すり身、デンプン等)、及び加熱温度調査等を行った。製品中心部の加熱温度と残存細菌との関係から、一般の水産ねり製品では75℃以上、魚肉ソ-セ-ジでは85℃以上の加熱製品で耐熱性の有芽胞菌以外はほとんど殺菌できることを明らかにした。また、水産ねり製品の腐敗の代表的なネトの生成機構、内部腐敗、魚肉ソ-セ-ジに起こる部分的な軟化現象、変敗細菌等に関して詳細な研究が行われた。これらの成果は、水産ねり製品製造におけるHACCP方式の管理基準設定のための貴重な基礎資料として現在も利用されている。
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(2)鮮魚類の化学的防腐 |
冷蔵庫の普及していない当時としては、化学薬剤によって水産物の鮮度保持を図ることは、水産物の有効利用のための緊急かつ重要な課題であった。生鮮魚や底曳網漁獲物の船内における鮮度保持のために、薬品氷処理及び薬品(フラン誘導体、抗生物質クロルテトラサイクリン:CTC、デヒドロ酢酸誘導体等)溶液の浸漬・撒布による防腐効果が検討された。これら薬剤の鮮度保持効果は従来の氷蔵処理に比べてコストに対する効果が少ない理由等によって実用化されず、CTCについては、抗生物質に対する耐性菌の発現が懸念され、鮮度保持剤として厚生省の許可が得られなかった。
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(3)漁獲早期の処理条件 |
延縄漁によるマグロ、カジキの漁獲早期及び保蔵による肉質成分変化について、船上での死殺方法、冷却方法、氷蔵、冷凍などの貯蔵条件による体色、肉色等品質保持のための条件を明らかにした。また、死殺方法及びその後の取り扱いが鮮度保持、特に死後硬直に及ぼす影響について明らかにした。
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(4)鮮度判定法 |
化学的な方法として、魚肉の腐敗の初期のタンパク質変性を指標とした昇汞によるタンパク質沈でん法、青紫色色素レサズリンが微生物によって還元された時の変色を指標とするレサズリンテスト、酢酸の微量検出法であるランタン青生成による呈色反応を利用した簡易鮮度判定法を提唱している。また、水蒸気蒸留による揮発酸の留出比を指標とした鮮度判定法の可能性が検討された。
一方、物理的な方法として、硬直時の洗いの現象を応用し、灌流による筋収縮率を測定することにより、魚の鮮度、特に死後硬直完了までの間のいわゆる魚の生きの良さについての鮮度判定法を提唱した。
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(5)魚肉中のホルムアルデヒド |
1961年、食品、添加物等の規格基準で禁止されているホルムアルデヒドがタラ粕漬けに検出されて食品衛生上大きな問題になったが、タラやスケトウダラの筋肉その他の組織自身にはホルムアルデヒドが存在し、組織中のトリメチルアミンオキサイドから酵素反応によって生成されることを明らかにした。
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4)微生物 |
従来、水産物に対する細菌の作用は中温細菌に関するものが主体であったが、1930年代に低温流通が始まると、低温貯蔵中の水産物に悪変が多く認められるようになり、好冷菌、耐冷菌について薬剤抵抗性や分布と発育様式を明らかにしている。また、タラバガニ缶詰は、比較的低温で殺菌処理されるため、食中毒の汚染源と考えられる工程や原料について、好気性菌、嫌気性菌、有胞子嫌気性菌等の分布の面から調査している。
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5)放射能汚染 |
1954年、ビキニ環礁での核爆発実験の影響調査のため、調査船俊鶻丸による水産庁を主体とする合同調査が実施され、いわゆる”ビキニマグロ”について放射能による汚染核種やその強度が明らかにされた。この調査が機縁となって、国立機関原子力研究がプロジェクトとして開始され、東海区水産研究所にも、1958年大型照射線源の60Co照射装置(1500キュリ-)が完成し、本格的にγ線照射に関する研究が始まった。
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6)その他 |
寒天は戦前には世界生産量の約9割を生産した重要輸出水産物であり、寒天原藻の特性等について研究されてきたが、戦後は世界各国が寒天の生産に乗り出したため、寒天の品位に関する基礎的な研究に取り組み、新しい寒天ゲルの性状分析法を提案するとともに、任意の性状の寒天ゲルを製造する方法を明らかにした。
水産皮革の理化学的研究においては、製革原料としての魚皮の耐熱性やコラ-ゲンの特性等を明らかにしている。
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4.東海区水産研究所(1962年、1966~1989年)~中央水産研究所(1989~1999年) |
行政監察の勧告による水研組織の見直しの一環として、1962年に北水研以外の5水研の利用部、1966年に北水研利用部がそれぞれ東海区水産研究所に再び集中化され、利用部、保蔵部及び生物化学部の3部体制になったが、それまでの海区水研利用部全体の研究者数は85人から54人に減少した。その後、平成元年の機構改革により、研究所名は中央水産研究所に、また、利用加工分野は利用化学部と加工流通部の2部体制になり、現在の20人にまで減少した。このような研究勢力の著しい減少は、幅広い研究分野を抱える利用加工研究の推進に大きなネックとなっている。
この間、以前は海区ごとに利用部を中心に担当者会議を開いていたが、集中化が終了したことに伴い、1967年より都道府県試験研究機関を中心に産・学・官の利用加工研究者の集まりである水産物利用加工試験研究全国連絡会議が始まった。2年目から新製品班、養魚飼料班、鮮度保持班、ねり製品班、冷凍班、海藻班の6班会議も始まった。この会議は1989年まで23回開かれたが、その後、1990年より水産業試験研究の効率的推進を図るため、水産利用加工研究推進全国会議となり、産・学・官の利用加工研究の推進と交流の拠点として貢献してきている。
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1)水産物の原料特性
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(1)タンパク質 |
タンパク質化学に必要な機器が整備され、冷凍貯蔵や凍結乾燥によるタンパク質の変性機構やと鮮度とタンパク質の変性との関係等の基礎研究に多くの成果をあげた。これらの成果は原料及び利用加工工程をタンパク質化学的に見直す契機となった。
1969-1973年、プロ研「タンパク質の高度利用技術および資源の開発」により、魚肉を酵素でペプタイドレベルまで消化し、吸収の良い栄養素材として各種食品に混合できる”液化タンパク質”の研究開発に取り組んだ。また、加工適性のある魚肉タンパク質濃縮物(FPC:Fish Protein Concentrate)として、水に戻せば畜肉代用品となる新しいタイプのFPC(Meat-textured FPC:マリンビ-フ)を開発した。後者は1980年に工場生産技術が成功し、1983年にペル-にマリンビ-フ試験工場を供与した。
1977年、南極オキアミが資源量数億トンの未利用資源として注目され、水産庁事業「オキアミ食用化技術開発研究」で産・官・学が協同して取り組んだ。南氷洋の船上で漁獲直後のオキアミから分離したタンパク質の性質はエビのそれとほとんど変わらないが、変性速度が著しく速く、その原因としてはプロテア-ゼの関与が明らかになるとともに、船上でのオキアミの処理方法に有用な知見を与えている。
マグロ類等の赤身魚については、肉色が白茶け透明感がなく、肉質は水っぽく粘ちょう性を失い繊維性(パサパサした感じ)のある異常肉が発現することがあり、ヤケ肉と称している。この現象は赤身魚に一般的に起こり、その原因は筋肉が高温及び、あるいは低pHの条件におかれた場合にタンパク質が変性するためであり、防止のためには漁獲後の魚体温を急速に低下させることが重要であることを明らかにしている。
筋形質タンパク質について、薄層等電点電気泳動法により種特異性による魚介類の種判別を試み、いくつかの種について種内変異のあること、多くの種で種間の判別が可能であることを明らかにした。
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(2)脂質・栄養・機能性成分等 |
1970年代に、魚油に含まれる高度不飽和脂肪酸の一つであるエイコサペンタエン酸(EPA)を多量に摂取できる魚介類を常食としていると心筋梗塞や脳梗塞になりにくいという疫学調査が報告されて以来、機能性脂質としての水産物中の高度不飽和脂肪酸が注目されるようになった。魚介類成分の機能性成分に関しては、イカ肝油にシロネズミのコレステロ-ル低下作用が認められ、さらに肝油中の高度不飽和脂肪酸、特にEPAの効果の大きいことを明らかにした。魚肉ソ-セ-ジ配合の飼料は畜肉ソ-セ-ジのそれよりも血中コレステロ-ル低下作用の大きいことが明らかにされている。さらに、魚肉や脱脂魚肉についてもラット血中コレステロ-ルの低下作用を明らかにする一方、魚肉タンパク質には血漿総コレステロ-ル、中性脂質及びリン脂質レベルを低減させる効果もあり、栄養・健康上、魚食の有用性を証明するものとなった。オキアミについても、そのタンパク質は栄養的に優れており、血中の脂質及びコレステロ-ル低下作用が認められている。
一方、海産魚はDHAを体内で合成できないにも関わらず、高度回遊性のマグロやカツオではどの組織にも大量に含有されており、特にマグロ頭部の眼窩脂肪中には高濃度に蓄積していることを明らかにした。これら大型回遊魚の高度不飽和脂肪酸の蓄積はプランクトンから始まる食物連鎖によるものと推察している。これらの成果により、健康食品の基材であるDHAの抽出原料として、マグロやカツオの頭部や内臓が利用されている。
最近では、EPAやDHAと同様のn-3系高度不飽和脂肪酸として、クモヒトデ中のテトラコサヘキサエン酸(24:6n-3)、アサリ中のイコサテトラエン酸(20:4n-3)、ワカメ中のオクタデカテトラエン酸(18:4n-3)、アオサ中のヘキサデカテトラエン酸(16:4n-3)について新たな生理機能を検討し、これらにはEPA、DHAと同程度に抗アレルギ-性や抗腫瘍性のあることを明らかにしている。また、ワカメには血中の中性脂肪を低下させる効果があり、魚油を同時投与するとさらにその効果は著しいことを明らかにした。このように、水産物が健康に優れた食品であることの科学的根拠を蓄積している。
その他、オットセイ骨格筋から得られるペプチッドに末梢血管拡張作用を有することが明らかにされている。また、未利用資源から血小板凝集抑制物質や紫外線吸収物質、深海性魚類から香粧品成分(セラミド)の探索とその利用に向けて取り組んでいる。
水産庁「魚介類有効栄養成分利用技術開発事業」(1984)では、水産関係の大学及び都道府県試験研究機関が参画し、イワシ、アジ、サバ、サケ等の魚種のEPA,DHA、ビタミンA,D、タウリン、アミノ酸含量等について、生息海域や季節による変化を組織別に調査し、水産物の栄養価を考える上で貴重な成果となっている。また、この研究の一環としてハタハタやギンダラの脂質は酸化しにくく、マイワシ脂質にハタハタ脂質を添加すると、酸化が著しく抑制されることを明らかにした。その後、さらに医学及び農学分野の研究者の参加を得て、「水産物健康性機能マニュアル化基礎調査事業(1989-1993)」、「水産物機能栄養マニュアル化基礎調査事業(1994-1998)」へと引き継がれ、水産物健康性機能成分の研究に総合的に取り組み、EPA、DHA以外にもキチン・キトサン、ヒスチジン、プロタミン、コンドロイチン硫酸、魚骨カルシウムなど多種多様な成分の健康性機能を明らかにするとともに、これら成分の機能が損なわれるのを防ぐための加工・流通技術や高濃度に含むための食品素材化技術を開発している。
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(3)重金属 |
1955年頃の水俣病に関しては、西海区水研が原因究明のため水産物中の水銀含量調査を行った。これを契機に重金属の魚介類への蓄積が問題となり、1970年、マグロ缶詰の肉中のメチル水銀量を0.5ppm以下に規制するというFDA案が出された。そのため、水産動物中の体組織の水銀分布や蓄積原因が検討され、魚体中の水銀の7割以上が肉部、特に筋原繊維タンパク質に最も多いこと、また、総水銀量の約3/4が毒性の強いメチル水銀であり、蓄積原因は、食物連鎖によることを認めた。最近では、魚肉中のセレンについて、筋肉中の分布や存在状態を明らかにし、さらに体内での機能性について研究を進めている。
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(4)その他 |
魚の体色はその商品価値の重要な要素の一つである。カロチノイド色素は魚の赤や黄の色調を示すが、キハダマグロ等の黄色色素としてのツナキサンチンの発見、マダイ等の赤い体色の劣化に過酸化酵素が作用していることなど、重要な研究が行われた。他の色素としてはサケ・マスの銀毛に関するプリン塩基類の代謝、黒い色素であるメラニンの筋肉における存在の確認及びその定量の試みがなされた。
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2)水産物の品質保持 |
(1)生鮮魚介類の鮮度保持 |
1963年、科学技術庁事業による食糧処理加工(食糧の低温処理)共同研究において、流通過程における漁獲物の低温処理に関して、漁船内鮮度保持の実態調査等が主要漁港を中心に実施され、これを基礎資料として1965年にいわゆる”コ-ルドチェ-ン勧告”が公示された。また、食生活が豊かになるとともに、より鮮度の良い魚が求められるようになり、鮮度の指標としては初期腐敗以前の生きの良さを表す生鮮度の指標が求められるようになった。
1964年、斉藤ら(北大)によって鮮度指標としてATPの分解速度を利用したK値が提案されていた。そこで、ATP関連化合物の簡易迅速分析法を開発し、多種類の魚介類についてその実証につとめた。K値20%を生食用の限度と定め、K値の上昇の速い群、遅い群、中間に分類するとともに、魚種によってハイポキサンチン、イノシンあるいは両者の3つの蓄積型に分けられることを明らかにし、K値の鮮度判定法としての妥当性を明らかにした。これらの成果に基づき、K値は水産庁の水産物鮮度管理流通パイロット事業における鮮度の尺度として採用されている。さらに、魚類以外にスルメイカやクルマエビについて貯蔵中のATPの分解速度が明らかにされている。一方、生鮮魚類の物理的な鮮度の指標として、魚体の尾部の垂れの長さから魚体硬直を数値的に表示する「硬直指数」を提案し、鮮度判定の一つの指標として一般的に使用されている。
生鮮魚介類の鮮度保持法としては、氷蔵法よりも長期の貯蔵法として-3℃(パ-シャルフリ-ジング)での鮮魚の貯蔵法を検討し、コイの活魚輸送の代替法として、あるいはニジマス、テラピアなどの淡水魚やイワシ、サバ等の海産魚でも有効であることを認めた。さらに、ウナギの白焼きや生ウニなどについても脱酸素剤との併用によって長期の貯蔵が有効であることを明らかにした。
一方、最近、食品の品質評価に非破壊分析法が導入されるようになり、近赤外分光法を用いて、凍結状態でメバチマグロやミナミマグロの脂質含量を迅速に測定する方法が検討されている。
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(2)凍結による品質保持 |
1960年代、漁船の大型化、航海の長期化と冷凍工学分野の急速な進歩によってマグロ、カツオ漁船に各種凍結法が導入され、それに伴い氷蔵の際には考えられなかった肉色及び肉質上の問題が派生し、その解決に大きな貢献をした。
まず、マグロ漁船に凍結法が導入されたが、貯蔵中の肉色素ミオグロビンのメト化による褐変化が品質上の大きな問題になり、貯蔵温度、酸素分圧、包装などの影響について検討された。肉色を保持するには、凍結貯蔵温度が最も重要であり、実用的な防止法としては-35℃以下の貯蔵が必要であることを明らかにし、冷凍マグロ関連業界及びその市場拡大に大きく貢献した。また、南方カツオ漁船には食塩ブライン凍結法が導入され、初期には缶詰や節類の原料用に使用されていたが、生食用にするためには品質上の問題として変色等の問題があった。過剰なカツオの投入によるブライン温度の上昇による魚体内への食塩の侵入がその原因であることを明らかにし、ブライン槽に一定量以上のカツオを加えないで急速凍結させるB1凍結法が普及した。
一方、生食できる保水性の良いカツオ肉をつくるには、鮮度が良く、肉pHの高いときに急速凍結し、その後の肉色などの品質保持を考慮した貯蔵、解凍条件を明らかにした。なお、後述するカツオ缶詰のオレンジミ-トの様な問題が生じる可能性があるため、使用目的に応じた鮮度および凍結・解凍時の温度管理の重要性を明らかにしている。
タイなど体表の赤い魚は凍結貯蔵中に次第に退色して商品価値を失う。この赤色の主成分カロチノイドについて、光線や酵素による退色機構を解明するとともに、防止法を提案した。
カツオ、タラ、サケなどの凍結貯蔵中の筋肉脂質の加水分解を調べ、魚種によってパタ-ンが異なり、りん脂質を主体とする少脂魚ではフォスフォリパ-ゼのみが関与し、それ以外の魚種ではリパ-ゼが同時に関与すること、これらの酵素は-30℃でもなお活性のあることを明らかにした。
その他、甲殻類については解凍時の黒変が大きな問題であり、生ズワイガニ、エビ類及びオキアミについて、黒変の原因とその防止方法を明らかにした。
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(3)微生物利用 |
1970年後半から1980年前半にかけて、伝統的な水産発酵食品くさや及びしょっつるの微生物学的研究が行われ、くさやの貯蔵性は、くさや汁中の微生物が産生する抗生物質によって腐敗細菌の生育が抑制され、そのため普通の塩乾魚より保存性を高めていることによると推定している。また、30%近い高濃度の食塩を含有するしょっつるが腐敗するが、その原因を解明するとともに、防止法を提案している。
1975~1979年、水産加工廃水(魚粉製造時の煮汁)を利用し、食品醸造用のカビを用いて飼料用の微生物タンパク質(SCP)を生産したが、栄養価は十分でもフィッシュミ-ルに比べてかなりコストが高く、製法のスケ-ルアップや工程の合理化が問題として残された。
1980年代後半から海洋細菌の利用についての研究をはじめ、化学繊維に代わる生分解性釣糸の開発に関して、絹糸が海水中の微生物によって容易に分解することを認めている。また、海水中から強力な海藻分解能を有する海洋細菌を見いだし、海藻を単細胞の大きさのレベルに分解したSCD(シングルセルデトリタス)の製造技術を開発し、現在魚介類の初期餌料、二枚貝餌料としての利用が検討されている。
また、深海環境は、1000気圧を越える高水圧と4℃以下という低水温に特徴づけられる極限環境である。そこで、有用機能性物質の探索のため、深度約6000mで採取した深海魚の腸内から深海微生物の分離に成功し、この分離菌が好圧性を有するとともに、細菌にはきわめて珍しく高度不飽和脂肪酸(DHA、EPA)を合成していることを見いだしている。
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(4)食品照射 |
1967年以来10年間食品照射特定総合研究(科学技術庁)の一環としてねり製品について照射殺菌効果を検討し、低線量の照射(3kGy)では品質に全く悪影響はなく、10℃保管を併用することにより、貯蔵性が約2倍となることを明らかにした。また、ヒスタミン生成菌に対しても3KGyの照射で有効であることを認めている。その他、品質改良の例としてマグロ肉色の復色効果、寒天原藻からの寒天成分の抽出率の向上などが認められているが、鮮魚には照射臭の発生、変色、自己消化の抑制が困難である点から不適当であった。
また、1993年より照射食品の検知技術に関する研究に取り組み、水産物の照射によって生成されるオルト-チロシン、メタ-チロシンや炭化水素含量を指標とした検知の可能性を明らかにしている。1998年、病原性大腸菌O-157による食中毒が我が国でも大きな問題になったが、大腸菌は低線量で死滅することから、米国では一部の牛肉およびその製品にγ線照射の使用が許可されている。今後ともγ線照射は有効な物理的殺菌法の一つとして取り組むべきであろうが、庁舎の横浜への移転に際し、照射装置の導入が不可能になり、研究に困難をきたしている。
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(5)健全性 |
1974年、合成殺菌料2-(2-フリル)-3-(5-ニトロ-2-フリル)アクリル酸アミド(AF-2)の禁止により、常温流通可能な水産練り製品の製造には120℃,4分、またはそれと同等以上の加熱処理を行うか、pH6.0以下か水分活性0.94以下に調製することが義務づけられた。そこで、ボツリヌス菌をとりあげ、同芽胞菌を接種した水産練り製品を試作した結果、毒化防止には上記条件を確保すれば十分安全であり、また、一般に水産練り製品ではボツリヌス菌の毒素産生にさきだって腐敗が認められることを明らかにしている。
水産加工品中のジメチルニトロソアミンの生成が問題になり、タラコにおけるニトロソアミンの生成防止にはアスコルビン酸の使用が有効であることを明らかにした。また、ニトロソアミンは燃焼ガス中の酸化窒素(NOx)によっても生成することが知られており、魚粉からも揮発性ニトロソアミン類を検出している。直火型魚粉はスチ-ム加熱による間接型に比べてニトロソアミンの生成が著しく多いことを明らかにし、魚粉製造工程の改善に貢献した。
一部、魚卵の毒性も問題となり、タナカゲンゲの卵巣の成分にはマウスに対して致死作用や成長阻害を示すものがあり、この毒性はある種の脂肪酸と考えられている。また、フグ卵巣ぬか漬けの製造方法の改善を目的として、炭酸水素ナトリウムを添加して塩漬けを行うと減毒が促進されることを明らかにした。
一方、漁獲後のキハダマグロやメルル-サの筋肉が、腐敗とは無関係に進行的に軟化し、ついには流動状を呈するまで崩壊液化することがあり、このような魚肉をジェリ-ミ-トと呼び、寄生胞子虫の強力なプロテア-ゼ作用によることを明らかにしている。これら胞子虫に起因するジェリ-化以外に、産卵後のシロザケにみられる通称ホッチャレは、回遊中の強いプロテア-ゼによる組織崩壊であり、関与するプロテア-ゼはカテプシンLであることを明らかにした。
なお、産卵回帰サケ(ブナザケ)をすり身原料として利用するため、ブナザケ中のプロテア-ゼによる魚肉ゲルの劣化を抑制するプロテア-ゼインヒビタ-を添加する方法を開発した。
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3)水産物の利用拡大 |
(1)水産物の加工技術と品質改善 |
①水産乾製品の品質と貯蔵性 |
魚類乾製品には明確な品質評価基準がなく、製品の色、つやなどの外観が重視され、従来脂質の酸化が問題の中心で、成分には目を向けられなかった。そこで、化学的な品質評価基準を検討するため、マイワシの乾製品について、製造及び貯蔵中の成分変化(ATP分解物、TMAO分解物、ヒスタミン等)、品質に及ぼす原料鮮度の影響や冷凍貯蔵温度の影響が明らかにされた。また、製品の食感にはタンパクの変性が関与しており、原料魚の冷凍温度の管理の重要性が明らかにされた。
一方、消費者の健康志向のため、高水分、低糖、低塩分の製品が求められるようになり、乾製品の品質と水分活性との関係が検討された。アジ開き干しの場合には水分活性を0.96以下にしないとシェルフライフの延長が認められないこと、また、貯蔵性を高めるためにはCO2置換剤やCO2ガス包装の導入がN2ガス包装、脱酸素剤封入包装、含気包装に比べて有効であることを明らかにした。
脂質の酸化に関して、塩基性の食品添加物、セサモ-ル、タンパク質の加水分解によるペプタイドや生鮮香味、香辛野菜類の抗酸化性を明らかにしている。さらに、リン脂質の抗酸化機能の解明や新たな抗酸化物質の探索に取り組んでいる。魚粉中に存在する抗酸化性成分の一つはホスファチジルコリンと結論している。
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②水産缶詰の品質改善 |
カツオ缶詰ではオレンジミ-トと呼ばれる褐変現象が多発した。この原因は肉中にグルコ-ス-6-リン酸やフルクト-ス-6-リン酸などが蓄積し、高温加熱によって褐変化するためであるが、直接的な原因は一本釣りで漁獲後ブライン凍結した鮮度の極めて良い凍結カツオを原料とした際、凍結貯蔵中の温度管理が不十分な場合や解凍中の緩慢な温度上昇による助酵素NADやATPの減少により、解糖系酵素フォスフォキナーゼの作用が低下するためであることを明らかにした。オレンジミ-トの発生防止には、凍結前に予冷して解糖系を進行させるか、漁獲された原料魚を速やかに凍結するとともに、常に低温に保ち、流水中で速やかに解凍することを推奨した。
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(2)加工品の品質評価 |
①びん・缶詰の化学的品質評価法 |
ATP関連化合物の分解比による品質評価法を検討し、IMP比あるいはヒポキサンチン比が有効であること、また、TMAOは、加熱によってTMAとDMAの両者が2:1の割合で生成することから、生鮮原料の加熱後のTMAとDMAの生成比を測定することにより缶詰の品質および使用原料の鮮度の推定が可能であることを確かめた。
1971年、米国向け輸出マグロ水煮缶詰にデコンポジション(官能検査により腐敗臭のあるもの)という問題が発生し、多くの缶詰が輸出禁止になった。マグロ水煮缶詰の品質評価に対し、上記化学的検査法が客観的評価法として十分納得できるものと米国専門家からも理解され、その評価結果から問題は解決に導かれた。また、缶詰中のエタノ-ル含量から原料の鮮度を推定できること、原料鮮度の劣化が進んだ時点で急増することから、decomposed缶の検出法として有用であることを明らかにした。
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②魚粉の化学的・物理的評価法 |
1978年、飼料業界でニワトリのヒナに黒吐病が発症し、その原因が沿岸魚粉の過度の加熱により生成したヒスタミン・ヒスチジンとリジンの縮合物ジゼロシンであることが判明し、魚粉の品質評価に取り組んだ。イワシミ-ルではヒスチジン-N比が原料鮮度の違いと良く対応することを明らかにした。一方、揮発性有機酸の定量は魚粉の種類に限らず品質評価法として有効であった。
脂質の酸化測定法として、核磁気共鳴装置NMRを使用した脂質酸化評価法を提案し、魚粉のように酸化程度の高い試料については有効であることを明らかにした。
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③冷凍すり身の品質評価 |
冷凍すり身の品質は、国際的にも直接かまぼこを試作し、その弾力性の強さから評価しているが、坐りゲルの形成の寄与が考えられた。そこで、筋原繊維タンパク質のCa-ATPase全活性を指標として最大破断強度との間の相関を調べ、品質評価法としての有効性を明らかにした。また、坐り加熱ゲルの最大破断強度と生成したMHC(ミオシン重鎖)多量体との間にも相関を認めている。
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④臭い、味による評価 |
水産物の特有なにおいの一つに磯の香りがあり、その主成分といわれるDMS(ジメチルサルファイド)について、その前駆体であるDMPT(ジメチル-β-プロピオテチン)の分布、DMPTの蓄積とDMSの生成機構を明らかにした。また、水産食品の匂いとDMSとの関係を調べ、DMS含量が多い場合、オキアミ臭やカニの異臭の原因となることを明らかにした。
一方、一般に生きている魚は無臭に近いが、乾製品の特有のにおいは脂質の酸化によって生じるカルボニル類であることを明らかにした。その他、水産物の生息環境や餌成分に由来する異臭についても成分を明らかにし、その原因を解明してきた。
産業レベルでも、1970年後半、水産加工場の悪臭が公害として問題になり、悪臭防除のため、魚の煮熟および乾燥臭気を炭酸ガス処理や塩素処理と水洗との組み合わせによる脱臭技術を開発した。
味については、ウニの冷凍貯蔵中に生成されるえぐ味について、その原因成分と生成機構について明らかにしている。最近、ある特定海域のウニは苦味があるため食品として利用されないが、この苦味は雌だけに出現し、その成分は新規のアミノ酸関連化合物であることを解明した。現在、この成分の新しい機能性の探索を始め、新たな用途開発に取り組んでいる。
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(3)多獲性赤身魚・未利用魚の高度利用 |
200海里漁業専管水域の設定(1977年)が国際的に定着することに伴い、スケトウダラ漁業の著しい制限が予想される一方、この時期からマイワシ、サバを中心とする赤身魚の漁獲量が著しく増え始め、これらの食用向け利用率の増大が強く要望されていた。
1977年より、水産庁の「多獲性赤身魚の高度利用技術開発研究委託事業」が、また、1978年より「オキアミ及び未利用魚食用化技術開発」が行政の要請として登場し、国と都道府県の研究機関、大学、民間業界団体等が一体となって発足した。赤身魚の利用としては、マイワシのねり製品化および冷凍すり身化が検討され、品質に及ぼす処理温度の影響、漁獲直後における原料の低温管理およびpH調整の影響等が明らかにされ、マイワシでも高品質のねり製品が製造できる取り扱い条件を明らかにしている。
南極オキアミについては、生鮮時のオキアミ筋肉タンパク質の特性を明らかにするとともに、その特性を活用し、カニ肉様の組織化に成功した。また、未利用魚として、比較的資源量の多いサメ類、ソコダラ、ゲンゲ、ウマズラハギなどについても、原料特性及びその有効利用が検討された。
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(4)水産加工廃棄物等の利用 |
1978年より「水産加工廃棄物等利用技術開発」研究がはじまり、回収スカムの栄養価の改善に取り組み、食用が可能な凝集剤として既知の天然凝集剤カラギ-ナン以外にコンブ水可溶物の有効性を明らかにした。さらに、凝集剤及び処理法を異にする晒し排水由来のスカムの栄養価及び安全性をシロネズミ及びコイについて検討した。凝集剤キトサンの安全性についても、ラットによる試験がなされている。
一方、冷凍すり身製造工程で廃棄される魚肉筋形質タンパク質を有効利用するため、まず回収方法としては、pHシフト法の有効性を明らかにし、この回収タンパク質の畜肉様魚肉蛋白濃縮物(通称マリンビ-フ)製品への応用を検討している。この水溶性タンパク質は高圧処理(1500気圧以上)により組織物を生成させることができ、新しい利用の可能性を見いだした。さらに、水溶性タンパク質の乳化特性も明らかにされ、魚肉に高濃度の魚油を含有させた新しい素材が開発されている。
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(5)海藻の利用 |
全国連絡会議の海藻班を中心に、海藻の利用について原藻の特性、加工方法、栄養成分の品質成分などの研究が組織的に行われた。また海藻食品の品質に関する基礎研究として色素の分離・同定、及びその生理の研究が行われ、関連業界の問題解決に多くの貢献をした。1981年、大型別枠研究「生物資源の効率的利用技術」(バイオマス変換計画)がはじまり、大型海藻の利用として、コンブなどの褐藻類を家畜の粗飼料として活用すると同時に、その飼料化の過程で有用成分を抽出し、残さを飼料化したり、海藻を収穫後炭酸ガスで密閉して貯蔵するサイレ-ジ法を検討している。また、藻体中の多量の難消化性多糖類を低分子化し、家畜飼料として、あるいは糖化の後エネルギ-へ転換利用を図る目的で、海産小動物(巻き貝、二枚貝、ウニなど)の内臓酵素の分解能力を探索し、小型巻貝が分解活性が強いことを明らかにしている。その他、多糖類分解酵素として南極オキアミのラミナリナ-ゼやジャンボタニシのキシラナ-ゼについても検討している。
一方、バイオマス変換計画の中では、具体的な利用にいたらなかったが、その後、アオサなど利用度の低い海藻のSCD化が可能となり、大量に必要とされる植物プランクトンに代わる生物飼料としての利用に期待がもたれている。
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(6)養魚飼料 |
1960年代に、マス配合飼料にタンパク質源として魚粉(北洋ミ-ル)が使用されるようになる一方、食用原料や工業原料としての魚油についても飼料原料として注目された。その後配合飼料はコイ、ウナギ、アユへと普及していった。餌料研究は魚類養殖が産業として成長し、量から質へと転換するにつれ、養魚飼料としての新たな機能を満足する水産物を原料とした餌料原料開発研究に進展した。
水産廃棄物から動物飼料用のソリュブルが製造されるようになり、その栄養価が検討され、フィッシュソリュブルの未知の成長抑制因子としてはヒスタミンやチラミンのアミン類が推察された。一方、未知の成長促進因子による効果は、白ネズミの雌に対しスケトウダラソリュブルに大きいことを明らかにしている。
1970年代には、ドジョウ、クルマエビ、アワビ等に対象魚が拡大するとともに、魚油に特有なn-3系高度不飽和脂肪酸が魚類栄養に果たす重要性が認識され、養魚飼料向けの魚油の消費が増大するとともに、ビタミンE等の飼料中抗酸化成分の重要性が明らかになった。一方、魚粉に替わる飼料蛋白源として石油酵母や水産廃棄物から生産した微生物の利用研究も行われ、栄養価及び安全性に問題はなかったが、政治的判断で実用化に至らなかった。
1980年代には、マイワシ資源の増大と共に、養魚飼料原料としての魚粉が北洋魚粉からマイワシ魚粉へと変化し、その高品質魚粉の製造条件が明らかにされた。また、養殖魚の品質向上のため、水産物より得たカロテノイド色素の利用、臭気成分の飼料添加試験、飼料リン量の鯉脂質代謝への影響など、従来の化学分析だけではなく、生化学的解析を取り込んだ研究に発展していった。
1990年代の民間における飼料開発の発達及び養殖研究所における飼料研究と共に、配合飼料開発を直接の目的とする研究はなくなり、魚類におけるアミノ酸、特に含硫アミノ酸代謝など、飼料開発に寄与する生化学的研究が行われている。
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5.終わりに |
本稿をまとめるにあたり、できるだけ原著論文にあたると共に、「月島」誌(月島会)、「さかな」誌、日本海区水産試験研究連絡ニュ-ス、水産物の利用研究に関するレビュ-(水産庁研究部研究課、昭和60年7月)、その他関連資料を参考にさせていただいた。なお、利用加工分野では、時代時代の重要な課題に対して、水産庁あるいは農林水産技術会議等の事業及び研究予算によって産・官・学が共同で取り組み、日本の水産業の発展に大きく貢献してきたことを強調しておきたい。
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(元 利用化学部長 山澤 正勝) |
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