中央水研ニュースNo.27(2001...平成13年11月発行)掲載

【研究情報】
東京湾口部金沢湾におけるアサリ再生産の好適条件
佐々木 克之

 図1は1960年以降1995年までのアサリ生産量の経年変化を示している。最高時は16万トン であったが,95年には約5万トンまで落ちている。生産金額も1985年には300億円となったが ,近年は150億円にまで落ちている(1)。 生産量の減少に比べて生産金額の下がり方が小さ いのは平均単価が上昇したからである(kgあたりの平均単価は,1980年には200円程度であ ったが,近年は300円を越えている)。アサリは日本人の食卓を豊かにするだけでなく,生 息している干潟の浄化機能に大きな役割を果たしている(2)。 従って,漁業者の生活,日本人の豊かな食卓に加えて干潟の浄化機能の点からもアサリ生産量の 増加は水産研究のめざすべき課題である。
 図1のアサリ生産量は海区毎に示している。 太平洋中区は東京湾から伊勢湾,東シナ海区は主として有明海である。これ以外には豊前海を 主とする瀬戸内海区があり,その生産額は図1の全国から 太平洋中区+東シナ海区を除いた部分であるが,1990年以降はほとんど生産がない。 太平洋中区は1970年代までは8万トンの生産量であったが,その後減少して1975年 以降4万トンを維持している。東シナ海区は1975年から1983年までは6万トン以上の生産量で あったが,その後急速に減少して95年には1万トン前後となっている。太平洋中区の1970年 以降の生産量減少は埋立によるものである(1,3)が, 近年さらに少しずつであるが減少しつつある。東シナ海区と瀬戸内海区のアサリ生産量減少の 要因は調査研究がなされているが未だ不明である(4,5)。 とくに有明海のノリ不作との関連で熊本県を中心とするアサリ生産減少要因の解明が 水産庁や大学などで精力的になされているので,その成果に注目したい。
 金沢湾は中央水研のすぐ近くにある小湾で,図2に 示すように自然干潟である野島海岸と人工干潟である海の公園があり,この奥に小河川が 流れ込んでいる閉鎖的な平潟湾がある。野島海岸と海の公園の干潟ではアサリが漁獲されている。 漁業権がないこともあり,春の潮干狩りシーズンには大勢の人がとくに海の公園に来て 潮干狩りを楽しみ,その結果ほとんどアサリはいなくなる。しかし,アサリを放流することなしに 翌年にはアサリ資源は回復している。瀬戸内海水研の浜口(私信)によれば,日本のアサリ漁場で 放流をまったくしていないのは東京湾の三番瀬くらいということなので,金沢湾はアサリの 再生産力が良好な水域であるということができる。「なぜ金沢湾のアサリ再生産は良好なのか?」に 着目して物質循環研と低次生産研および生物機能部の沼口主任研究官(現在海区水産業研究部)が 1999年度の重点基礎研究「浅海・干潟域の低次生産構造の変動がアサリの生産におよぼす影響の解明 」を実施した。また,私は水産庁の行った「漁場環境修復推進調査」に1997年から2000年ま で参画して,神奈川県水産総合研究所の方々と金沢湾の調査を実施した。この小論ではこれ らの結果の中から金沢湾アサリ再生産が良好な条件について整理して報告し,他のアサリ漁 場の調査研究に寄与したい。用いた結果のうち,光合成や植物プランクトンは田中勝久主任 研究官,アサリ浮遊幼生・稚貝は中田薫主任研究官とLubna Zaman,アサリ資源量の季節変 化は神奈川県水産総合研究所の田島良博技師(現神奈川県環境農政部主任技師)が担当した。 この報告は2001年8月に当水研で開催された水産海洋学会で報告されたものを中心にまと めたものである。

金沢湾アサリ資源量の季節変化
 図3に1996年10月から2000年6月までの海の公園と野島海岸の アサリ個体数(上),湿重量(中)および平均体重(下)の季節変化を示した。個体数は4月から 6月にかけて潮干狩りによって約200個/㎡に減少するが,海の公園では8月には約1500個/㎡にまで 増加して10月頃まで高いレベルを維持し,その後4月頃まで徐々に減少する。 湿重量は潮干狩りによりほとんど0となり,6月から増加しはじめて,海の公園では10月には約2kg/㎡に 達して,この高いレベルは2月ころまで続きその後急激に減少する。東京湾の三番瀬では夏季に 資源量が最も高く,2~3kg/㎡に達し,盤州干潟では80年代には2.5~3kg/㎡を示したが,近年は 1.0~1.5kg/㎡にしかならず(6),金沢湾の約2kg/㎡という値は かなり高水準であると言える。アサリ平均体重は,潮干狩り最盛期の5月には海の公園で約0.2g, 野島海岸で約0.5gであり,その後徐々に増加し,潮干狩り前の2~4月には約2gに達する。これらの 結果は,潮干狩りでアサリ資源量は枯渇するが,6~7月頃から稚貝が成長を始めて冬季の2月頃まで 続くことを示唆している。6~7月頃から稚貝が着底して成長を始めるとすると,後に述べるように 浮遊幼生の時期が春は1.5~2ヶ月と考えられるので,7月頃1mm以下の着底稚貝の孵化した時期は4~5月 頃と推定される。また,金沢湾アサリの減耗は年に一度潮干狩り漁獲によるだけである。

アサリ浮遊幼生と着底稚貝
 金沢湾にはアサリ以外の二枚貝の幼生も多数存在するので,従来はアサリ幼生を特定する ことが困難であった。しかし,最近になって蛍光抗体法によってアサリ幼生を識別する方法 が考案された(7)ので,この方法を用いて金沢湾のアサリ 幼生および着底稚貝分布を調査した。蛍光抗体法でアサリ幼生を判別する写真を 図4に示した。抗原抗体反応によって抗体の結合した アサリ浮遊幼生または着底稚貝だけが緑色に発色して,同定が可能となる。調査は1999年4月から 1年間小潮時に行った。4月から10月までは月2回,それ以降は月1回調査を実施した。 図5に結果を示した。図のAは図2の 海の公園,Bは野島海岸,Cは平潟湾を示す。この図を見ると,浮遊幼生は5月上旬から10月下旬まで 存在しているが,11月下旬から4月下旬までの5ヶ月間は存在しない。5月上旬から10月下旬まで 13回の観測のうち,6月初め,7月初め,9月初めの3回はどの海域にも浮遊幼生が存在しない。 これはその時の環境条件によるものか,産卵周期によるものと考えられる。1mm以下の着底稚貝数は, どの時期にも見られたが,7月,9月から10月上旬に多く存在した。海域別ではとくに海の公園に 多かった。図3のアサリ資源量の季節変化とあわせ考えると, この7月に多かった1mm以下の着底稚貝が金沢湾のアサリ資源を支えているものと考えられる。
 次にアサリ幼生の着底稚貝への生残率を求めてみた。幼生の成長と温度の関係は鳥羽 (1992)(8)。で求められていて,幼生成長速度(μm/日)= 0.377・T-2.96,ここでTは環境水温(℃)である。
 稚貝の成長速度は,村田(1986)(9)の水温約25℃で0.2mmの 稚貝が30日後に2.1mmとなり,その後水温約20℃で4ヶ月後に3.9mmとなるという報告から,稚貝成長 速度(mm/日)=0.0054・EXP(0.08・T)とした。
 今回採取された幼生のヒストグラムを見ると,200μmより大きいものはほとんど見られ ないこと,鳥羽(1987)(10)。の報告を見てもやはり約200μmで 浮遊幼生が急激に減少することから,幼生は200μmになると着底すると考えた。このように考えて, 観測時の浮遊幼生(個体数:P)の平均サイズと水温のデータからその時の幼生が着底するまでの期間 (t)を求めた。ある観測時の1mm以下の着底稚貝数をSLとすると,稚貝の生残率は,1mm以下 着底稚貝生残率=SL・1000/(P・t)として求めて,図5の下に示した。 これを見ると,7月上旬および9月~10月に生残率が高いことが示された。とくにアサリ再生産に重要と 考えられる7月(7月7日と7月21日)の1mm以下着底稚貝は5月23日と6月12日に浮遊していた幼生が着 底したと計算された。従って,この浮遊幼生にとっては主として6月から7月上中旬の条件が好適で あったと推察される。図5の9月8日と10月6日の生残率の良い着底稚貝は それぞれ8月8日および8月30日に浮遊していたものが着底したと計算された。

植物プランクトンと光合成の季節変化
 図6には海の公園表層の水を用いて約3時間測定した光合成の結果を 示した。赤丸は単位時間当たりの光合成量,青▲はクロロフィル当たりの光合成量を示す。単位時間 当たりの光合成量は6~7月に高い。クロロフィル当たりの光合成量は7月には約10mgC mgChla-1hr-1と いう極めて高い値を示した。
 図7は珪藻と鞭毛藻を10μmより大きなものと小さなものとに分けて 示したものである。着底稚貝の生残率が高かった時期の浮遊幼生の餌として小型鞭毛藻が卓越していた ことがわかる。図8はクロロフィルをサイズ別に分けた結果を示す。 6~7月には10μm以下の小型の植物プランクトンが卓越していたことがわかる。  深山ら(1990)はアサリ浮遊幼生の餌として,3~6μmの微小植物プランクトンPavlova lutheri が好適であったと述べている(11)。Tomaru et al(2000)はアコヤ貝 幼生の成長にバクテリアとピコ植物プランクトンが有効であったと報告している (12)。これらの結果から,6~7月の浮遊幼生にとって10μm以下の サイズの植物プランクトンが好適な餌料であった可能性が高い。

考察
 浮遊幼生の成長段階に沿って考えてみる。
1)浮遊幼生の供給図5に示されたように,4月から10月に かけてほとんど常に浮遊幼生は供給されている。アサリがどこで産卵して,浮遊幼生はどのように 供給されるのかはまだ明らかにされていない。ひとつは三番瀬から反時計回りの流れに乗って金沢湾に 来ること,二つには平潟湾には常にadultのアサリが存在している(13) ので,平潟湾から供給される可能性が考えられる。
2)浮遊幼生の着底図5で示したように,7月に1mm以下の 着底稚貝が多数であった。この稚貝が浮遊していたのは5月下旬以降であると推定された。 図6で示した光合成では6~7月に光合成が高く, 図78で示したようにこの時期には 小型鞭毛藻が卓越して,浮遊幼生に好適な餌料が供給されたものと推定できる。
3)稚貝の成長図3に示したように,稚貝は7月頃から順調に 成長して2~3月頃には1個体の平均体重が1.5~2gとなる。これは金沢湾の餌料環境が良いことを示して いる。図7のクロロフィル濃度は11~1月に低い。しかし,図には 示さないが,この時期水中のクロロフィル現存量は数mg/㎡であるが,底質の付着藻類クロロフィル 現存量は10~20mg/㎡であり,秋季~冬季の餌料環境も良いと考えられる。
4)東京湾三番瀬および盤州干潟アサリとの比較…アサリ現存量は三番瀬でピークは夏に見 られ,秋にも多いが,1~4月は最低となる。盤州では秋にピークが見られるが,やはり1~4月に最 低となる(14)。冬季の減耗要因を柿野は三番瀬では波浪+スズガモによる被食,盤州では波浪で あると述べている。金沢湾の場合は図3に示したように現存量の ピークは10~2月の秋~冬季であり,三番瀬や盤州の場合と全く異なる。その要因は,先に述べた ように餌料環境が良好なことに加えて金沢湾の湾口は東向きで,冬季の北西風の影響を受けないこと, 三番瀬のような渡り鳥による被食が見られないことによると考えられる。
5)まとめ…このように金沢湾のアサリは,4~6月に潮干狩りでほとんど漁獲されることを 除けば,生活史のどの部分でも生産および再生産に良好な環境が備わっていると言うことができる 。現在アサリ資源量が激減している有明海や豊前海でアサリ生活史のどの部分で減耗が生じている のか解析して,その要因を解明することが求められている。

(海洋生産部物質循環研究室長)

引用文献
(1) 佐々木克之:東京湾のアサリ,海洋と生物,20,305-309,1998.
(2) 佐々木克之:アサリの水質浄化の役割,水環境学会誌,24,13-16,2001.
(3) 佐々木克之:三河湾のアサリ,海洋と生物,20,404-409,1998.
(4) 佐々木克之:豊前海のアサリ,海洋と生物,21,61-66,1999.
(5) 佐々木克之:有明海のアサリ,海洋と生物,21,162-166,1999.
(6) 柿野 純:アサリ漁業の動向と近年の調査結果,水産海洋研究,60,265-268, 1996.
(7) 松村貴晴・岡本俊治・黒田伸郎・浜口昌巳:三河湾におけるアサリ浮遊幼生の時空間分布- 間接蛍光抗体法を用いた解析の試み-,日本ベントス学会誌,56,1-8,2001.
(8) 鳥羽光晴:アサリ幼生の成長速度と水温の関係,千葉水試研報,No.50,17-20, 1992.
(9) 村田靖彦:アサリ稚貝の成長について,千葉水試研報,No.44,49-55,1986.
(10) 鳥羽光晴:アサリ種苗生産試験-Ⅰ,人工種苗生産したアサリの成長,千葉水試研報, No.45,41-48,1987.
(11) 深山義文・鳥羽光晴:アサリ種苗生産試験-Ⅲ,アサリ浮遊幼生に対する8種の微小藻の餌料 価値,千葉水試研報,No.48,93-96,1990.
(12) Y. Tomaru, Z. Kawabata and S. Nakano: Consumption of picoplankton by the bivalve larvae of Japanese pearl oyster Pinctada fucata martensii, Mar. Ecol.Prog.Ser., 192, 195-202,2000.
(13) 越川義功・柵瀬信夫・大槻晃:横浜平潟湾における遮水壁撤去後のアサリの生息回復と その特性,水産増殖,47,481-488,1999.
(14) 柿野 純:東京湾盤州干潟におけるアサリの減耗に及ぼす波浪の影響に関する研究,139pp,2000.


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