中央水研ニュースNo.25(平成12年12月発行)掲載

【研究情報】
ゴマサバ1歳魚の移動回遊経路をもとめて
梨田 一也

 近年,マサバの資源量が減少する中で,さば類の漁獲量に占めるゴマサバの比率が高まっている。 従来,和歌山県と三重県境地先を境にして,両種とも「太平洋系群」と「太平洋南部系群」の2つに 分けて資源評価を行ってきたが,漁獲量及び資源変動傾向が良く一致すること,ゴマサバでは従来境 界と考えられていた潮岬を越えて足摺岬から熊野灘へ移動することなどから,平成11年度から両系 群を一括して新たに「太平洋系群」として資源評価を行うようになった。ゴマサバはマサバに比べ, より暖水性の魚種で,太平洋側では伊豆諸島周辺海域や熊野灘,室戸岬周辺,足摺岬周辺,豊後水道 及び日向灘に主要な漁場が形成される。しかし,幼魚の段階では千島列島周辺海域まで北上する個体 も確認されており,黒潮続流域に分布する幼魚を含め幼魚・未成魚期での移動回遊の実態はまだよく わかっていない。千葉,東京,神奈川及び静岡の一都三県は,マサバを調査の主対象としながら数年 前からゴマサバにも注目し,伊豆諸島周辺海域で精力的に成魚主体の標識放流を春・夏季に実施して いる。それによると,一部相模湾に移動するものがあるものの,放流魚の多くが放流海域近傍や伊豆 諸島周辺で再捕されたことを報告している(目黒1999)。黒潮研究部においても,平成11年に は2月から3月にかけて高知県と共同して足摺岬周辺で,同年6月下旬から7月上旬にかけて伊豆諸 島周辺海域で成魚主体の標識放流調査を実施した。その結果,足摺岬周辺で平成11年3月に放流し た個体が東方へ移動し潮岬を越えて,熊野灘海域で放流して87日後(6月)に1尾,483日後( 翌年7月)に1尾再捕されるという結果を得ている。また,伊豆諸島周辺海域で放流した個体は,2 ~3ヶ月後に宮城県沖から岩手県沖で3尾再捕され,さらに翌年の2月に千葉県勝浦沖で1尾が再捕 されたが,放流海域近傍で再捕される場合が多く,一都三県の調査とほぼ同様の結果を得ている。
 ところで,高知県土佐清水漁業指導所では平成11年4月から,土佐清水市東岸に位置する以布利 (いぶり)共同大敷組合の大型定置網に入網するマサバ・ゴマサバ幼魚の漁獲物調査を行っており, 両種の0歳魚の成長データを蓄積している。詳しくは,平成12年度に発行される予定の「黒潮の資 源海洋研究第2号」をご覧いただきたいが,その概要は夏場から12月にかけてマサバ・ゴマサバ0 歳魚は定置網漁場から忽然と姿を消し1月頃から再び出現する傾向のあること,7月に尾叉長(FL) で25cmにモードをもつ1歳魚とみられる魚群は,夏場から冬場にかけても定置網漁場に留まると 考えられるとのことである。このような背景のもと,この1歳魚とみられる魚群を対象に移動回遊経 路の解明のために夏場に中央水研と高知県の共同で標識放流調査を行うことになった。
 平成12年6月中旬に以布利共同大敷組合と本調査の実施と協力依頼についての協議を行い,7月 下旬から8月上旬にゴマサバ1歳魚(1999年級群)主体で最大8,000尾を目標にスパゲティ型の アンカータグ装着による標識放流調査を実施することになった。大敷組合の方でも,ゴマサバの標識放流 は初めてということで,作業手順の問題等について何度も電話・FAXで意見交換・確認の作業を行っ た。ゴマサバがこの時期に実際に漁獲されるかどうかや,台風の季節に入るので天候の問題,さらに は標識放流に要する人手と時間など様々な問題を抱えながら調査時期を待った。 幸い以布利大敷組合の定置網には,出荷調整のための「金庫網」と呼ばれる袋網があって何回かの漁獲物を一時蓄養する ことができ,蓄養した魚を標識放流作業用の7.5m四方の小割生け簀に移し替えることが出来るこ と,また,定置組合からは4名の組合員の方と網起こし船を出していただけることで,放流魚の確保 と作業手順については何とか明るい見通しとなった。直接放流作業を行う調査員も,結果的には当研 究室3名全員(本多 仁,阪地英男,梨田一也),漁業指導所からは新谷淑生所長及び杉本昌彦主任 ,高知県水産試験場から清水重樹技師の応援を得ることができ,二人一組のチームを3組確保するこ とが出来た。
 標識放流は7月26日から27日にかけて行われ,結果的には推定2,750尾を放流した (写真1)。小割生け簀内の放流対象魚群から無作為抽出した50尾の生物測定の結果,判別指数によれば すべてゴマサバであり,放流魚群のサイズはFL27.5~31.0cm,体重248~355gの範囲 と推定された。当日,小割生け簀の中で青緑色の背中をみせた一万尾に近いゴマサバ1歳魚が泳ぐ姿 は壮観であった(写真2)。標識装着後の個体は,概ね活力に満ち,放流直後素早く潜行する個体が ほとんどであった。これは,後で新谷所長から写真をみせていただいて初めてわかったことだが,事 前に行った金庫網から小割生け簀に魚を移し替える方が大変な作業で(写真3),十数人の人手がか かっていたという。並々ならない大敷組合の方々のご協力に対して,あらためて頭の下がる思いであ った。
 さて,再捕の方であるが,平成12年9月末現在までに14尾の再捕があり,放流後約1ヶ月間は放 流した定置に再入網したりでほとんど移動はみられなかったが,9月20日には放流地点の北北東3 2マイルの海域で再捕されており,土佐湾沿岸に沿って東方への移動がみられるようになってきた。 ただ,土佐湾内では大・中型まき網及び中型まき網漁業は操業されておらず,再捕はいずれも定置網 ないしは釣り漁業によるものであった。放流地点の南方約20マイルにはさば立縄の漁場があり,成 長が進むにつれて漁獲サイズに達し,立縄による再捕が期待されるが,今のところ再捕の報告はない 。仮に,放流地点より西方の豊後水道,日向灘並びに薩南海域に移動すると,漁獲される可能性が高 いのはまき網となるため標識魚の発見率が極端に低下する恐れがあり,移動回遊を検討する上で困難 が生じる。いずれにしても,放流後2ヶ月がたった現時点で,移動回遊を議論するのは時期尚早と思 われる。
 最後に,終始ご懇切なご指導を頂いた高知県土佐清水漁業指導所の新谷所長に本紙面をお借りして お礼を申し上げるとともに,放流調査にご協力いただいた土佐清水漁業指導所及び高知県水産試験場 の皆様方に感謝致します。また,初めての標識放流調査で大変ご迷惑をおかけした以布利共同大敷組 合の岡林正三組合長を始めとする組合員の皆様方に感謝の意を表します。さらに,再捕報告をして頂 いた皆様方に感謝致します。

(黒潮研究部資源生態研究室)

引用文献
目黒清美(1999) 関東近海のゴマサバの分布について.中央ブロック長期漁海況予報,107,40-54.


写真1 ゴマサバへの標識装着の様子
 
写真2 小割り生簀の中で群遊するゴマサバ(写真提供は新谷土佐清水漁業指導所長)
 
写真3 金庫網からゴマサバを小割り生簀へ移す作業風景(写真提供は新谷土佐清水漁業指導所長)


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