中央水研ニュースNo.25(2000(H12).12発行)掲載

【研究情報】
中国産淡水魚肉の脂質特性
金庭正樹

 1995年の中国の漁業生産高は2,900万トンで、現在では中国は世界一の漁業生産国で す。中国の漁業生産高のうち約40%が淡水魚で、そのほとんどが養殖魚となっています。中国 の養殖淡水魚は、ほとんどが活魚として消費され、加工されるものはほとんどありません。今後 養殖技術の進歩などによって中国の養殖淡水魚の生産が増加することが予想され、そのために新 たな養殖淡水魚の加工法を開発することは、中国だけでなく世界的な食糧の安定供給に重要であ ると考えられます。このような背景から、現在、国際農林水産業研究センター水産部と上海水産 大学食品学院との間で、中国淡水魚の有効利用技術を開発するための共同研究が行われています 。中央水産研究所でもこの共同研究に参加しており、毎年1~2名の研究員が短期派遣研究員と して1ヶ月ほど上海水産大学に滞在し、淡水魚を貯蔵したときの品質の変化の解明や淡水魚から の魚醤油の開発などの研究を行っております。今回ご紹介します研究は私が3年前に短期派遣研 究員として11月から12月にかけて約1ヶ月滞在したときに行ったものです。なお中国の淡水 漁業事情等については今までいくつかの記事が中央水研ニュースにもありますのでそちらも参考 にして下さい。
 水産物を加工するためには原料としての水産物の特性(例えばどのような成分が含まれ、それ らがどう変化し、その結果何ができるのか)を知ることが重要です。特に魚類中の脂質成分は製 品の栄養や保存などに影響を及ぼします。中国産淡水魚の脂質成分を明らかにした報告は今まで にいくつかありますが、それらはコイ科の魚種についてのもののみです。そこで今回上海市内の 市場で売られていた10種類の淡水魚(図1)を購入しその魚肉中の脂質成分を分析しました。 コイ、フナ、ソウギョ、ハクレン、コクレン、タントウホウはコイ科の魚で、チュウゴクスズキ 、ケツギョ、ライギョ、タウナギはコイ科以外の魚です。コイやフナなどは日本でもよく見られ る魚ですが、タントウホウやケツギョなど中国特有の魚です。これらの魚肉から脂質を抽出し、 その成分を分析した結果が図2です。今回分析した中国淡水魚の魚肉中には1~5%の脂質が含 まれていました。これらの脂質の主要成分はトリアシルグリセロールとリン脂質でした。一般に 魚体中のトリアシルグリセロールは貯蔵脂質として蓄積されるため、脂質含有量とともに変化し 、リン脂質は細胞膜などの構成成分となるため、逆に脂質含有量とは余り関係なく一定です。今 回の結果からも脂質含有量の多い魚ほどトリアシルグリセロールが多く、リン脂質はどの魚でも ほぼ1%前後であることがわかります。
 脂質を構成する重要な成分に脂肪酸があります。魚類、特に海産魚に含まれる脂肪酸成分とし てEPAやDHAなどのn-3系高度不飽和脂肪酸がよく知られています。今回、中国淡水魚の 脂肪酸を分析した結果が図3です。多かった脂肪酸はパルミチン酸、 パルミトオレイン酸、オレイン酸、リノール酸、DHAでした。 また高度不飽和脂肪酸は全脂肪酸成分の10~45%含ま れており、チュウゴクスズキのようにDHAが20%を越えるものもありました。高度不飽和脂 肪酸は酸化されやすいため、これらを多く含む魚の加工や貯蔵には酸化に対する対策が必要です 。一般に魚類の脂質成分は季節や成熟過程、生息する環境などで大きく変化します。今回の結果 はあくまでも11月の一時期の結果ですので、今後は脂質成分の季節変化などを明らかにするこ とが必要でしょう。
 加工中や貯蔵中に大きな問題となるの脂質成分のもう一つの変化として加水分解があります。 魚肉などを冷凍で貯蔵した場合、貯蔵する温度によっては貯蔵中に魚肉中の脂質が加水分解され て、遊離脂肪酸を生じます。この遊離脂肪酸は酸化されやすく、また魚肉のタンパク質の変性な どの原因となり、魚肉の品質を劣化させる原因となります。この加水分解は魚肉中に存在する脂 質加水分解酵素によるものであると考えられています。 今までのこの魚肉中の脂質加水分解の研 究は、おもに5℃以下の低温で1週間から数ヶ月という長期間貯蔵して起きるものについてのも のがほとんどでした。ただ上海での滞在期間が短かったため、この条件では滞在中に結果が出ま せん。そこで貯蔵温度を20℃にして1週間ほどで結果が出るような実験条件を検討しました。 貯蔵温度が高いので、貯蔵中の腐敗やカビの発生、脂質の酸化を抑えるために食塩及び抗生物質 を魚肉に添加し、脱酸素剤封入包装して貯蔵することにしました。実験にはハクレンを用い、そ のミンチ肉を貯蔵し、脂質組成の変化を調べた結果が図4です。これは薄層クロマトグラフィー という分析方法で、8日間の貯蔵中に、加水分解によって遊離脂肪酸の黒いスポットが増加して いるのがわかります。また、図からはわかりにくいですが、リン脂質が減少していました。一方 、加熱したミンチ肉を貯蔵した場合、遊離脂肪酸の増加は加熱しない場合よりも抑えられていま した。以上の結果から、この現象は脂質加水分解酵素の1つでおもにリン脂質を加水分解するホ スホリパーゼによるものと推測され、加熱することによってタンパク質が変性し、酵素の活性が 抑えられたものと考えられました。
 今回、中国産淡水魚の魚肉中には高度不飽和脂肪酸が多く含まれ、また酵素による脂質加水分 解がおきることを明らかにしました。中国産淡水魚の加工や保存のためには脂質の酸化や加水分 解を抑えることが必要であると考えます。
 詳細はJournal of American Oil Chemists' Society第77巻8号に掲載されていますので興味の ある方はそちらもご覧下さい。

(利用化学部 素材化学研究室)
【参考文献】
1)水産庁:漁業白書,p.99(1998).
2)劉 玉芳:水産学報,15, 169 (1991).
3)兪 魯礼、王 錫昌:水産学報,18, 199 (1994).
4)M. Kaneniwa, M. Song, C. Yuan, H. Iida, and Y. Fukuda: Journal of American Oil Chemists' Society, Vol.77, No.8, 825 (2000).



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