中央水研ニュースNo.23(1999(H12).1発行)掲載

【情報の発信と交流】
平成10年度上田庁舎一般公開
細谷和海(1)・内田和男(2)

 平成10年度中央水産研究所上田庁舎の一般公開が8月30日、午前10時から午後4時まで行われた。 上田庁舎一般公開は、昭和17年に水産試験場上田分場開場のお披露目公開をして以来、永く行われていな かったが、平成8年から再開されるようになった。その理由として、日本の淡水魚研究の拠点として半世紀 以上もこの地にありながら、その存在が近隣の方々にあまり知られていなかったからである。一般公開を再 開することによって、上田庁舎の存在と内水面利用部の研究活動の内容を多くの人に知ってもらうことを目 的とした。
 再開後3回目となる今年の上田庁舎一般公開へは、連日の雨にも関わらず多数の来庁者があった。その数 は、アンケート配布から推定しただけでも272名を記録したが、実際には300名以上の参加があったと 思われる(写真1)。横浜庁舎からも渡辺洋生物生態部長を始め、11名の方か家族同伴で来庁された。  今年度のテーマは内水面利用部が重点的に取り組んでいる「水環境の保全と水産研究」である。最初に、 杉山元彦内水面利用部長は上田庁舎の歴史と組織体制について紹介され、水辺の環境保全や生物多様性保護 の重要性、および内水面水産研究が21世紀に向けて目指すところについて説明された。次いで、今年度の テーマをめぐり2名の研究官による講演がなされた。午前では、伊藤文成主任研究官か「環境ホルモンと淡 水魚」について講演を行い、環境ホルモンの化学構造や生体での生理的機能を解説したうえで、淡水魚を中 心とする野生生物の生殖異変の実例を紹介し、家庭から環境ホルモンを排出しないために私たちか日常守る べきことを示した(写真2)。午後には、片野修主任研究官が「水田が残れば魚も残る」について講演を行 った。日本の淡水魚の窮状を紹介することに始まり、ナマズや希少種アユモドキを例に、水田が淡水魚にと って産卵場や成育場としていかに重要であるかを生態学的に解説した。さらに、水田が用水路に直接つなが りを持つことで淡水魚の生活史が保証されることを強調した。両講演とも身近な環境問題を取り上げたため か、用意した60のイスはすぐに満席となり、環境問題への関心の高さが伺われた。
 例年人気の高いミニ水族館では、34種の淡水魚を3つのコーナーに分けて展示した(写真3)。「千曲 川の淡水魚コーナー」では部員があらかじめ上田庁舎の周辺で採集してきたウグイ、才イカワ、ニゴイ、ト ウヨシノボリなど、「日本の希少淡水魚コーナー」では上田庁舎で系統保存しているシナイモツゴ、ウシモ ツゴ、オヤニラミ、ギバチ、カワバタモロコなど、およぴ「水産対象種コーナー」ではアユ、コイの各品種 、イワナ、ヤマメ、シナノユキマスの水槽が好評であった。
 研究室単位の出し物として、魚類生態研究室か調査の時に用いる効率的な採集用具電気ショッカーを展示 し、子供たちの注目の的となった。また、漁場管理研究室かアユの餌となる付着藻類を、漁場環境研究室が 河川の環境指標となるさまざま水生昆虫を対象に観察実演を行ったところ、多くの人か担当研究官の説明を 受けながら実体顕微鏡に見に入っていた。さらに、専門的な研究活動の内容を理解してもらうことを目的と して、科学論文の別刷りや刊行物のコピーなどの業績も展示した。
 今年度の一般公開に多数の参加者があったのは、タイムリーな講演内容や水槽展示のおもしろさに加え、 事前の広報活動を早くからしかも広範に行ったからと考えられる。千曲川の淡水魚をモチーフにしたお手製 のポスターと案内状約80枚を上田市内の学校、市町村役場、公立機関に送付するとともに、新聞社、地方 ミニコミ誌、放送局へも情報を流した。その結果、朝日新聞、信濃毎日、東信ジャーナル、週刊上田、広報 上田などにも案内が載せられた。また、当日、テレビやラジオから一般公開のことを知り、急遽駆けつけた 人が何人かあった。
 回収したアンケート結果によると、来訪者272名の内訳は成人男性92人(38%)がもっとも多く、 次いで高校生までの男子62人(26%)、成人女性56人(23%)、高校生までの女子29人(12%) の順であり、一般公開に対する興味は男性の方が強いことが示された。また、同伴者の割合についてはやは り家族できた人がもっとも多く166人(68%)、友人との同伴が29人(12%)であった。
一方、一人で来られた方は38人(16%)に過ぎなかったが、興味深いことにそのうち15人は60歳以上の男性 であった。このことは、往事の自然環境を知る先輩たちの環境問題に対する危機意識、または生涯学習への 意欲の表れかもしれない。また、親川組(しんせんぐみ)と呼はれる、上田市教育委員会が主催するウイー クエンドサークルの活動の一環として利用されたのも、今年度の一般公開の特徴と言える。
 平成10年度の上田庁舎の一般公開は、上田市周辺の淡水魚の写真を並べた下敷きや自前のT‐シャツを 作ったり、企画から運営まで部員一丸となって進められ、まさに手作りの一般公開となった。
一般公開の波 及効果は大きく、当日の取材はもちろんのこと、現在でも環境ホルモン、水田の生物多様性維持機構、希少 魚の保護など「水環境の保全と水産研究」に関する問い合わせや取材が続いている。中央水産研究所上田庁 舎が国立の研究所であることを知っていた成人の方は117人(80%)にも達する。しかし、フェンスの 中の私たちの研究活動については周知されているわけではない。その存在のみならず、研究業務の広報や地 域との交流を深める契機になることを願って止まない。

(内水面利用部(1)魚類生態研究室長・ (2)漁場管理研究室主任研究官)


写真1.親子連れで賑わう受付付近。淡水生物実験棟玄関


写真2.伊藤文成主任研究官による講演風景。


写真3.展示水槽に見入る来庁者。
水槽配置は手前から「水産対象種」、「千曲川の淡水魚」、および「日本の希少淡水魚」コーナー。


写真4.手作りのT-シャツのロゴ


Kazumi Hosoya, Kazuo Uchida
中央水研ニュースNo.23目次へ
中央水研日本語ホームページへ