中央水研ニュースNo.1(平成元年9月発行)掲載

【トピック】
「チリ水産養殖プロジェクト」が終わります
中添 純一

 1986年に在チリ日本大使館はチリの水産業に関 して次のように記している。「チリ北部海域はア ンチョビの良好な漁場であり、南部海域はメルルー サの漁場である。このため、チリはペルーと並ぷ 水産国であるが、冷凍設備等インフラ整備が不十 分なため、その多くは魚粉等の形で輸出に向けら れている。水産業の国民経済に占める比率は低い が、成長率は高く、将来性を有する分野である・ わが国との技術協力による魚介類の養殖も行われ ている。」この、単に「将来性を有する分野」で あったのが、現在はどんどん資本が流入している 状況となっている。主体は「わが国との技術協力 るよる魚介類の養殖」の対象でもある「サケマス 養殖」、特に「ギンザケ」養殖である。
 チリ水産養殖プロジェクトは1972年から技術指 導およびシロザケ発眼卵供与としてスタートし、 1979年からプロ技協として5年間孵化放流、生態、 環境、回帰調査が行われ、1984年からは更に飼料 開発、魚病が加わって3年間延長された。しかし、 シロザケは孵化放流技術の修得には役だったもの の、回帰は1986年に放流地点の蓬か700㎞南のマ ゼラン州で捕獲された7尾に過ぎなかった。当時 養殖研究所におられた白旗総一郎氏を団長とする、 1986年のエバリュエーション調査に引き続いて1987年 には今後の協力について実施協議調査団が派 遣され、その結果、ギンザケの再生産を主な課題 として1989年までプロジェクトは「フォローアッ プ協力」として延長されることとなった。本格的 に取り組んでから8年、さらに2年の「フォロー アップ」終了と共にこのプロジェクトは幕を閉じ る。それが1989年10月である。
 プロジェクトの拠点は第11州のコジャイケとエ ンセナダバッハである。前者には化学分析・魚病 および生態実験室、飼料製造プラント、そして日 本(JICA)およびチリ(当初はSERNAP (漁業局)、現在はIFOPが担当)側の事務所が ある。後者はプエルトアイセンの市街に近く孵化 場と海面飼育用の生簀がある。日本側はコジャイ ケにチームリーダーかつ飼料・飼育・魚病を担当 の中沢昭夫氏、生態担当の酒井光夫氏の2名が長 期専門家として勤務し、年間数名の短期専門家が 協力する体制である。チリ側は場長以下13名のス タッフ(他に作業員が数名)である。本プロジェ クトにより筆者の知るだけでも現在筆者の研究室 にきている1名および10月以降に来日する2名を 含む8名が3~6ケ月の研修を日本で受けること になる。
 筆者が本プロジェクトに関与したのは飼料担当 の短期専門家として1988、1989年、現地の真冬に 約1ケ月ずつ訪チリしたのみである。従ってプロ ジェクトの全体を理解したとはいえないが、この プロジェクトは大きな成果を挙げ得たのではない かと思う。長期専門家の2名はIFOPの信頼も 厚く、場長および若いスタッフと夜遅くまで討論 することもたびたびであった。新たに養殖事業を 始めたい人々からの環境・生態調査依頼、飼料会 社・養殖業者からの相談が相次いであった。それ も1000~2000㎞の遠方からである。また、IFOPは INSTITUTE DE FOMENTO PESQUERO の略であり、チリの水産業に関する統計収集から 漁業、増養殖、利用加工の広範な分野をカバーし ているが税金だけで運営されている機関ではない。 日本の協力援助で作った施設がプロジェクトを終 えた後も有効に機能するためには採算が取れる体 制を築く必要がある。この面でも1989年はギンザ ケとサクラマスの発眼卵および最も優れた飼料と 評価されているこのプロジェクト製ペレットの販 売の伸びにより、かなりの黒字を産んだとのこと である。1989年からはサクラマス3倍体の作出、 日本同様大きな被害を生じているBKD対策とし てはBKDフリーのギンザケの生産への挑戦が行 われている。問題が全くなかったわけではない。 短期専門家として筆者の主たる業務は飼料の品質 評価手法をIFOPのカウンターパート(CP) に技術移転することであるが、1988年のCPは退 職し、本年は一からの出直しであった。このよう に、IFOPの要員が魚病、養殖および飼料の専 門家として民間へ引き抜かれることが少なくなかっ た。もっとも、これらの人々は民間で活躍してお り、本プロジュクトが立派な人材を育成してきた ことを示しているし、また、本プロジェクトを陰 から支えてくれる戦力ともなっている。現在チリ の養殖の熱気を示すものとしてJICA・IFOPが 昨年と本年催した魚病および飼料に関するセ ミナーがある。この参加者は昨年100名であった のが、本年は250名にも上った。全人口が1200~ 1300万人、日本と違って1企業が100~1500トン 単位の生産を揚げている状況においてこれだけの 参加者である。また、大半を輸出に向けているチ リにおける昨年の養殖サケの生産が5000トンであっ たものが本年は8000~10000トンと予想されている。 ちなみに日本では本年は15000トン以上と予想さ れている。また、1988年の発眼卵が1989年9月初 めにはドレスで1.6㎏を越す立派なサクラマスと なっている。これら生産の原動力はもちろんチリ 国民に帰せられるものではあるが、本プロジェク トも大きな寄与をしたと筆者は信じている。
 このように日本・チリのプロジェクトは我慢を 重ねた末に成功裏に終えようとしている。幸いな ことにIFOPでは今後5年間、独自にプロジェ クトを継続するとのことであり、今後も何等かの 形での協力要請があると考えられる。同じ水産業 に携わるものとして協力を続けて行くことが本プ ロジェクトに捧げた故白石芳一博士を初めとする 専門家の努力に報いることとなろうし、また、今 後益々強まると思われる両国の関係強化・親善に 役立つこととなろう。
(生物機能部)

nrifs-info@ml.affrc.go.jp
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