■ 研究紹介 中央水研ニュースNo.38(2005. 平成17年10月発行)掲載
FAOアジア太平洋事務所とアジア太平洋漁業委員会主催で開催された国際会議に参加して 牧野 光琢(水産経済部 漁業管理研究室)


要 旨

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8月9-12日にカンボジアのシェムリアップにおいてFAOアジア太平洋事務所とアジア太平洋漁業委員会主催で開催された国際会議(Regional Workshop on Mainstreaming Fisheries Co-management)に、参加しました。
現時点で国際的に主流を占めている漁業管理理論は、TAC(Total Allowable Catch、漁獲可能量算定)方式あるいはそこに市場原理を導入したITQ(lndividual Transferable Quota、個別割当)方式です。しかし、近年になってこの方式の限界が明らかになってきました。その限界とは、特に制度としての効率性の面で、政府側に非常にコストがかかるということです。例えば、漁獲量に関する虚偽の報告や、低価格個体を漁場に廃棄するなどといった行動が多発するため、水産資源への影響は政府が計画した以上のレベルになってしまいます。したがって政府は監視(Policing)を強めざるをえず、結果として行政コストが非常に大きくなってしまうのです。
 このような問題認識から、国際機関では漁業管理方策としてのコ・マネジメント(共同管理:地域の漁業者と政府が漁業管理の権限と責任を分かち合う制度)に注目し始めています。この会議では、特に零細漁業者の多いアジア・東南アジアにおいてはコ・マネジメントによる漁業管理が効果的であるとの認識の下、各国における今後の採用を促進することを目的とした会合です。日本はコ・マネジメントが長年にわたり機能してきた数少ない国の一つとして世界的に高く評価されています。日本のこれまでの経験や制度的特徴、費用などに関する研究成果を発表し、またこれから新たにコ・マネジメントを導入する際に必要となる制度的枠組みに関する論点を会議に提供しました。
 会議3日日には、エクスカーションとしてトレンサップ湖の漁業を視察しました。この湖はメコン川の水を引く東南アジア最大の淡水湖で、雨季(夏)には、乾季に比べて水面が10m以上も上昇し、面積は3-5倍(琵琶湖の10倍以上)に拡大します。まるで国中が大洪水に襲われたような様相を呈しますが、これが毎年繰り返される自然現象なのです。このトレンサップ湖では、カンボジア人口の約10%にあたる120万人が漁業で生計を立てているといわれていますが、漁業者の多くは筏の上に作った家で生活しており、警察署や小学校なども船の上にありました。そして雨季で湖が大きくなれば家は湖の方々に散らばり、また乾季になれば皆集まって大きな集落を形成するという生活を送っています。土地を特たないこれらの人々は、社会的には最下層に位置づけられることが多く、経済的にとても貧しい生活を送っています。さらに、近年は乱獲により資源水準が低下し、漁獲量も大幅に減少していると言われています。
周知のように、カンボジアという国は政情がまだ安定していません。通貨は現地のリエルよりも米ドルが信頼され、また車はナンバープレートが付いていないという情況でした。公務員の月収も約50米ドルという低さで、公務以外にも兼業をしなければ生活できないという水準です。このような国で、欧米諸国のような政府主導の中央集権的な漁業管理を行うことは大変に困難です。
 水産資源の劣化を食い止め漁業者の生活を少しでも向上させる為には、地域の漁業者が主体となってその地域に適切な漁業管理を導入するのが最も現実的で妥当な方法と思います。よって、日本漁業におけるこれまでの経験は大いに参考になると考えられます。しかしその一方で、漁業者が漁業管理において主体的な役割を果たすためには、その組織化や民主的ルールの策定手続き、そしてその効果的な執行が不可欠です。
このトレンサップ湖のように、住所も人数も分からない膨大な数の漁業者が広大な湖を漂いながら漁獲活動を行っているような情況ではそれもまた大変な課題です。日本がアジア諸国の漁業管理にどのように貢献していけるのか、またそのためには今後どのような研究が必要なのか、研究者として非常に深く考えさせられました。
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