■ 外国出張報告 中央水研ニュースNo.37(2005. 平成17年7月発行)掲載
カリフォルニア大学の資源評価研究センター滞在記 箱山 洋(内水面研究部生態系保全研究室)


1. University of California, Santa Cruz (UCSC)



1. University of California, Santa Cruz (UCSC)
 サンフランシスコから南に約100km、モントレー湾に面したサンタクルズはアメリカ西海岸の町である。カリフォルニア大学サンタクルズ校UCSCは、町の北西の広大な森林のなかにあり、ダウンタウンからキャンパスへの移動はもっぱら市バスを用いることになる。巨木に囲まれた広いキャンパスに、生物学、工学など様々な学部が点在しているため、バスは大学内も巡回して学生の輸送を行う。途中、ハチドリが蜜を集めている光景を普通に見ることができる。米国の大学はマスコットを持つことが多いが、UCSCのマスコットはナメクジである。まだ実物は見たことはないが、巨大な黄色いナメクジ(the Banana Slug)が森の中を這い回っているらしい。この辺のセンスは変わっている。
   
2. The Center for Stock Assessment Research
2. The Center for Stock Assessment Research
 今回の訪問は、これまで面識のないMarc Mangel教授にe-mailを出すことから始まった。Mangel教授は、水産資源学・行動生態学・数理生態学などの分野で著名な研究者であり、以前からその著作や研究論文は読んでいた。例えば、The Ecological Detectivesは優れた水産資源学・保全生物学のテキストであるし、Dynamic Modeling in Behavioral Ecologyは行動生態学にダイナミックモデリングを普及させた。また、私の大学院博士課程(九州大学理学部生物)の指導教官であった巌佐庸教授は、プリンストン大学時代にMangel教授と同僚であったことから、その名前はよく話題にのぼっていた。
 短い滞在中のテーマとして以前から少しずつ研究を進めていたモデル選択の問題を選んだ。Mangel教授もモデル選択は専門分野の一つであり、適切な訪問先だったと言える。モデル選択とは予測の観点で優れたモデルを選ぶ統計学的な手法であり、現実の限られたデータに対して水産資源管理の現場でどのようなモデルを用いるかを判断する基礎となる。特に、水産資源学では年齢別漁獲尾数に基づく資源量推定や漁獲圧の評価にコホート解析が広く用いられているが、このような年齢構成を持つモデルに対して実際どのくらいのデータがあれば、プロダクションモデルなどの年齢構成を無視した単純なモデルより優れた予測を導くことができるのかはよくわかっていない。Ludwig & Walters(1985)は、この問題でよく引用される年齢構成モデルのモデル選択の論文であるが、Kullback-Leibler不一致(尤度比を基礎とした、真のモデルと近似モデルのあてはまりの悪さを表す量)の観点からさらに一般的な場合について調べることで、現場への指針を明確にすることが今回の狙いであった。結果として、やはり水産資源管理の現場で用いている年齢構成モデルは現実のデータに対して予測の観点で複雑すぎるようだ。詳しくは論文発表で報告したい。
   Mangel教授の研究室では、ビジターに対して二つのペンを謹呈することになっている。一つは資源解析研究センターの銘が入っているペンで、もう一つは工学部のMangel研究室の銘がはいったペンである。これはセレモニーなんだよ、と言われながらMangel教授からペンを受け取っている写真を大学院生に撮ってもらった。
   
3. セミナー&研究室の様子
3. セミナー&研究室の様子
 研究室に入って、まず研究セミナーを行った。内容は絶滅リスクに関する話題で、確率微分方程式の絶滅モデルやメタ個体群モデル、そして統計的なバイアスを除く方法(MCBC法、Hakoyama & Iwasa 2000)などについて話した。セミナーでは、いくつか質問があったが、資源解析研究センターのもう一人の理事であるAlec MacCall教授からメタ個体群モデルに関して、森下正明先生の環境密度理論に言及した質問が出たのには驚いた。MacCall教授は北水研の柏井誠前部長とPICESの会議を組織したりと、日本の研究者をよく知っているようであった。セミナーが終わってから、ポスドクのSteve Munch博士に別刷りを渡したところ、MCBC法についてすぐに理解してくれたのも驚きであった。Steveは数理生態・統計が専門だが、MCBC法のようなものは見たことがないと言っていた。実際、これは私のオリジナルである。
 研究室で同室だったのは、SteveとNick Wolf氏であり、SteveはMCMC法を用いた食う食われるモデルのパラメータ推定を大学院生のAnand Patil氏と研究していた。Nickはトドの保全のために個体群動態を解析していた。トドの多数の繁殖場(ルッカリー)の個体数時系列データを時空間的に解析し、個体数減少のキーとなる要因を推定するのがテーマであった。
 Mangel教授とは時間を決めたミーティングを持ちながら(実際、Mangel教授は分単位でスケジュールを決める人だった)、研究を進めた。また、学部や研究室で行われるセミナーにも参加した。アリゾナ州立大学から招かれていた Carlos Castillo-Chavez教授のセミナーは特に刺激になった。
   
4. 研究交流
4. 研究交流
 UCSCを訪れるのはこれが初めてではない。12年前に京都大学修士課程の学生だった私は、キタゾウアザラシの潜水行動を研究するために、何度かUCSCとアニョ・ヌエボ島にある繁殖地を訪れた。このときの指導教官の一人が、Burney J. Le Boeuf教授であり、海産哺乳類の研究から遠ざかってからも折に触れて連絡をしていた。今回、Le Boeuf先生に再会できたのも大変よいことであった。また、Le Boeuf先生からの紹介でサケ科魚類を研究しているSean A. Hayes博士のフィールドに同行することができた。Seanは米国海洋大気局(NOAA)のUCSCにあるSalmon Ecology Teamのスタッフで、河川で稚魚の降下や親魚の遡上について研究をしている。Salmon Ecology Teamでは、NOAAの船を用いた海洋での調査も行っており、一つの部署で河川から海洋までのサケ科の生活史を扱える組織体制になっていることがすばらしいと感じた。
 また、unisexual fish(無性生殖をする魚類。例えば、フナ類など)の進化生態の研究で有名なRobert C. Vrijenhoek教授のMBARIの研究室も訪問することができた。Vrijenhoek教授は、現在は深海生物の系統・生態に関する研究を進めていて、淡水のunisexual fishだけでなく幅広いフィールドで活躍している。2004年の1月に岡崎市の基礎科学研究所で行われた「絶滅の生物学」に関するシンポジウムでVrijenhoek教授とは面識があったが、内水面のフナ類・ドジョウ類などの生態学的研究で共同研究の可能性を話し合うことができて今後の研究の可能性を広げることができた。
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