中央水研ニュースNo.34(2004...平成16年11月発行)掲載

【研究情報】
さきいかの褐変現象
-原料と加工品の品質との関係-
大村裕治

さきいか-お馴染みの肴-
 イカ加工品のなかでも塩辛と並んで”さきいか”は酒のつまみ等として一般に最も馴染み深い水産加工食品のひとつではないでしょうか? ”するめ”と混同されることがありますが,するめに較べると,独特の毛羽立ちと柔らかい食感,そして真っ白な外観が特徴で,「ソフトさきいか」と一般には呼ばれています。昭和30年代後半にソフトさきいかが開発されて以来,様々な珍味商品が開発された現在でも,依然イカ加工品の主力商品です。さきいかの製造法は下に示したとおり1)で,生産地で”ダルマ”と称される中間原料まで加工され,消費地近くの工場で製品まで加工されて出荷されるという形態が多いようで,近年では中国をはじめとした輸入ダルマの比率が非常に高くなっているとのことです。
原料処理(解凍,割伐,鰓・内臓・頭部除去)

温湯剥皮(55℃ 5~10分間)

煮熟(70~80℃ 2~5分間)

冷却・水洗

一次調味

乾燥(40℃ 乾燥と放置(あん蒸)を繰り返す)

ダルマ

二次調味

焙焼(圧延ロースター 105~115℃)

裂き(自動裂き機)

仕上げ調味

乾燥

製品(包装)

上記のような何段階もの工程を経て製造されたさきいかは,いわゆる乾製品であり,水分23~25%,水分活性Aw0.7前後,pH6前後,塩分5~6%と微生物の繁殖しにくい,腐りにくい食品であり,冷蔵等を要さない常温流通品として扱われています。


写真1 市販さきいかの褐変現象.
左:購入直後、右:35℃で15日間保存後.
さきいか褐変現象の歴史と特徴
 さきいかは当初,北海道をはじめとした北日本で製造・消費されていましたが,一般化するに従って首都圏や西日本でも盛んに流通するようになりました。大消費地のある温暖な地方へ出荷されるようになると,生産者にとって深刻な問題が起こるようになりました。流通中や店頭陳列中のさきいかが変色するというクレームが夏場を中心に盛んに発生するようになったのです(写真1)。このことは,主原料だったスルメイカ資源の減少に伴って代替原料としてアカイカが使用された時期に,より深刻になりました。アカイカは,さきいかに加工すると褐変し易いばかりでなく,独特の朱色がかった変色を起こして消費者に悪印象を与えるのです。日本人は食品の外観に対するこだわりが強いため,衛生・栄養的に問題が無くともこのような変色があると市場では商品価値を全く失ってしまうのです。さきいかの一般化により褐変現象は恒常的な問題となり,保存性に優れる食品であるはずなのに,賞味期限を短く切らなければならない(夏場では1週間もたないことも多々ある!)のです。スルメイカが再び主原料として使用されるようになった現在でも,さきいか製造業界では,依然頭痛の種になっています。>p<

過去におけるさきいか変色現象研究
 さきいかはイカ加工品の中でも最も生産金額の高い商品であったので,褐変の原因究明と防止法開発のために多くの研究が行われました。それらには,高度不飽和脂肪酸の自動酸化によることを示唆するもの2)や,調味,特に二次調味の影響が大きいとしたもの3)煮熟温度を高くするか塩分濃度を高くすることで褐変をある程度抑制出来たこと4),あるいは,アカイカが褐変しやすいのはアルギニンおよびグリシン含量が高いためであること示唆する結果5)などがありますが,どれも製品の変色現象との相関関係が不明で,主要因としての決め手に欠けていました。そのようななか,当センターの山澤氏(現 名古屋文理短期大学教授)が,イカ筋肉中に含まれるリボース(以下Rib)と呼ばれる還元糖に注目して,Ribと変色現象との関係について検討し,さきいかなどのイカ乾製品に起こる変色現象は,主にエキス中の遊離Ribが関与するメイラード反応による褐変が原因である可能性が高いことを明らかにしました6)
 メイラード反応は,別名アミノ-カルボニル反応とも呼ばれ,還元糖や脂肪族あるいは芳香族アルデヒドやケトンなどカルボニル基をもつ化合物と,アミノ酸,ペプチド,タンパク質やアミンなどのアミノ基が非酵素的に反応した後,複雑な反応過程を経てメラノイジンと呼ばれる褐色色素を生成する一連の反応の総称です。食品加工においてメイラード反応は不可欠なもので,例えばパンや魚を焼いたときに生じる薫り,あるいはきつね色の焼き色,オニオンソースや味噌・醤油などの色調はメイラード反応が起こることで生まれてくるもので,これらの場合にはメイラード反応による褐変は人間にとって有益なものですが,さきいかに褐変が起こると,色の白さが重視されるが故に商品価値を失ってしまうのです。

イカの死後変化とRibと褐変との関係
 イカのエキス中の還元糖については調べられたデータがほとんど無いのですが,筆者の調べた限りでは,中性還元糖ではグルコース(以下Glc),Ribが多く含まれ,糖リン酸ではグルコース-6リン酸(以下G-6P)やフルクトース-6リン酸(以下F-6P)が多いようです。いずれもメイラード反応性の高いことが知られていますが,なかでもRibは特に反応性が高いといわれており,山澤らによる実験で,これらの還元糖の中でRibが飛び抜けてさきいかの褐変を促進することが確かめられています7)。生時にRibは,ほとんど存在せず,漁獲後の死後変化の過程で生成すると考えられていますが,その来源は不明です。イカ類は死後変化が速く,スルメイカではATP関連化合物の分解が急速に進行することが知られ,この一連の分解過程において,イノシンからヒポキサンチンへの分解反応でRibが生成すると考えられていますが,この反応経路が複数存在するためRib生成源として特定出来ていません。しかし,死後変化が進む,すなわち鮮度低下することによりRibが蓄積することはわかってきました。8)このようにして生成したRibが実際に褐変に関与するのか? を調べてみたのが,図1.です。冷凍スルメイカを試料として5℃で12時間解凍後,80℃で20分間加熱してから凍結乾燥し,粉末状に砕いたものを「イカ乾製品褐変モデル」と称して,これを35℃で0~30日間保存した際の褐変(b*)とRib含量との関係を示しています。b*とは,色調変化を数値化した目安の値で,褐変するほど大きな値となります。この結果が示すとおり,Rib含量と褐変との間には,高い直線的相関関係が存在することがわかりました。このことは,スルメイカ乾製品の褐変にRibが深く関与していることを示していると考えられます。一方,製品やモデルへの添加試験では,Ribほどの促進効果はみられなかったものの,スルメイカ筋肉には先述のようにRib以外にも褐変の原因となると推測される還元糖が存在し,これらが褐変の原因となることは,現状では否定出来ません。今後は,これらRib以外の還元糖と褐変との関係を明らかにする必要があると考えられます。

さきいか褐変現象の防止法開発に向けて
 今後は,Rib以外の中性還元糖(Glc)やG-6PやF-6Pなどの糖リン酸と褐変との関係を調べて,本当にRibが褐変の主要因であるのかを確かめるとともに,メイラード反応のもう一方の主役であるアミノ化合物が,イカに含まれるどのような成分なのかを探索する必要があります。先に述べたとおり,Ribは死後変化に伴って蓄積することから,鮮度低下したイカほど褐変し易くなる可能性が考えられます。イカ類はプロテアーゼ活性が高く,死後変化中に生成すると考えられるペプチドや遊離アミノ酸などのアミノ化合物の影響も見逃せないと思われます。また,加工原料となるイカは,大半が凍結されて流通しているため,イカを凍結・解凍処理することが,さきいかの褐変にどのような影響を与えるのか9)等についても明らかにしていく必要があります。今後,このような食物劣化に関わる各種要因の影響10)について詳しく調べながら,より高品質な魚介類加工品を製造するための基礎的な知見を蓄積して,加工技術の改良に資することが出来れば,と考えています。

(加工流通部 品質管理研究室  現 利用加工部 品質管理研究室)

1)イカ-その生物から消費まで-:奈須敬二,奥谷喬司,小倉通男 編,258-301(1996)
2)調味加工品サキイカの褐変に関する研究 Ⅰ.イカ胴肉の化学成分,アミノ酸および脂肪酸組成について,林 賢治,高木 徹:北大水産彙報30(4),288-293(1979)
3)乾製品の褐変防止に関する研究:中村邦典,首藤勝夫,石川宣次,北林邦次,東海区水産研究所研究報告,110,69-74(1983)
4)サキイカ,ダルマの褐変におよぼす煮熟温度,塩分浸透について:柞木田善治,柳谷 智,松原 久,昭和58年度青森県水産加工研究所研究報告書,73-75(1983)
5)イカ類外套筋の遊離アミノ酸と4級アンモニウム塩基の組成:須山三千三,小林博文,日本水産学会誌 46(10),1261-1264(1980)
6)特集水産物の利用加工研究の現状-魚介肉の死後変化と加工品の褐変:山澤正勝,農林水産研究ジャーナル16(2),33-38(1993)
7)平成8年度全国中小企業団体中央会補助事業 活路開拓ビジョン実現化事業(品質向上枠)報告書(イカ加工品の褐変対策に関する共同研究) 全国いか加工業協同組合,1-79(1997)
8)イカ乾製品の褐変に及ぼすリポーズの影響:大村裕治,岡崎恵美子,山下由美子,山澤正勝,渡部終五,日本水産学会誌 70(2),187-193 (2004)
9)即殺および回答スルメイカを原料としたイカ乾製品の褐変速度の違い:大村裕治,岡崎恵美子,山下由美子,山澤正勝,渡部終五,日本水産学会誌,投稿中(2004)
10)食品の劣化とは何か 魚介類:岡崎恵美子,大村裕治,食品と劣化 (光琳選書),pp.134-175 (2003)


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