中央水研ニュースNo.34(2004...平成16年11月発行)掲載

【情報の発信と交流】
SEAFDECを通じた水産利用加工分野の国際技術協力について
岡﨑惠美子

東南アジア地図 1.SEAFDECとは
 東南アジア漁業開発センター(SEAFDEC, Southeast Asian Fisheries Development Center)は,東南アジア海域における漁業開発の促進に寄与することをを目的として,1967年に設立された水産分野の地域協力国際機関である。TD(Training Department(訓練部局),タイ),AQD(Aquaculture Department(養殖部局),フィリピン),MFRDMD(Marine Fishery Resources Development and Management Department(海洋水産資源開発管理部局), マレーシア),MFRD(Marine Fisheries Research Department(海洋水産調査部局):利用加工部門,シンガポール)の4つの部局が設置されている。水産資源の合理的な開発と有効な利用を目指して,漁労,漁具漁法,漁場調査,資源評価,水産加工,養殖技術開発・改良など幅広い分野にわたって,訓練,調査,情報普及などの諸活動を行っている。
 著者はSEAFDEC技術協力委員会の利用加工部門の委員として2003年10月に利用加工の専門部局であるシンガポールのMFRDを訪問し,MFRDの活動についての調査を行ったので,ここではSEAFDECならびにMFRDの概要について紹介する。

SEAFDEC組織の概略
SEAFDEC組織の概略
2.SEAFDEC技術協力委員会設立の背景
 すでに述べたように,SEAFDECは水産技術研究・開発のための総合的な国際機関であり,世界的にもユニークな存在である。日本は1967年のSEAFDEC設立以来,資金的,人的,技術的な協力を一貫して続けてきた。しかし近年になり,従来SEAFDECへの技術協力に重要な役割を果たしてきたODA予算の大幅な縮小とともに,日本人専門家のSEAFDEC派遣も著しく削減されることとなり,日本のSEAFDECに対する技術支援の存続が危ぶまれる状況となってきた。
 一方,近年の国際情勢の変化のなかで,東南アジア諸国との連携の必要性は一層強まってきている。たとえば日本は東南アジアからの水産物輸入国として,域内各国の水産業発展に多大な影響を与えており,域内の持続可能な水産業振興に多大な責任を有している。ASEAN各国はEUへの輸出に関して,EUから残留抗生物質や重金属の含有量を理由として輸出差し止めを課されるケースがあるが,東南アジア各国において水産物の安全性確保に関する活動が適切に行われれば,我が国国民にとってもメリットは非常に大きい。そのためには安全性に関わる検査技術の向上や,統一検査基準に基づく各国研究所等の検査態勢の確立や政策連携をすすめていかなくてはならない。
 また,SEAFDECは東南アジア地域における漁業・養殖業に関する情報発信地としての役割は大きい。地球的な環境問題,資源問題が重要度を増す昨今,SEAFDECの活動を通じて持続可能な開発に関する考え方を東南アジア各国に浸透させ,この海域において持続可能な漁業生産を実践していくことは今後の重要な課題である。

技術協力委員会の役割
 以上のような背景のなか,SEAFDEC設立当時から技術的支援を続けてきたわが国としては,今後も継続的かつ効果的な支援を行うことによって相互のより一層の協力体制を構築することが重要であるとの認識に立ち,その方策のひとつとして,各種技術支援や研究協力の窓口となる「国内技術協力委員会」を,水産庁が2003年から新たに立ち上げた。各分野の9名の委員は,SEAFDEC部局を直接訪問して意見交換を行い,今後SEAFDECが取り組むべき課題などについて明示していく任務をもつ。著者は利用加工部門の支援委員として,2003年10月に利用加工の専門部局であるシンガポールのMFRDを訪問し,MFRDの活動についての調査を行った。現地スタッフとの直接的なやりとりを通じ,今後の研究交流の重要性を痛感した次第である。

3.MFRDの活動概要
 MFRDはSEAFDECの下部組織である4つの専門部局のひとつとして,水産物の利用加工に関する諸活動を行っている部局であり,SEAFDEC設立協定署名後の1969年にシンガポールに設立された。MFRDの設立当初は,水産生物資源の調査を専門に行っていたが,1974年にMFRD所属船チャンギ号がミャンマー海軍によって拿捕され所属船を失ったため,資源評価を実施することができなくなった。その後はシンガポール政府の強い要望により水産加工に関する調査・開発の活動内容に変更され,現在に至っている。1970年代当時は東南アジア海域の総漁獲量のうち70%が漁獲対象外の混獲魚であり,そのほとんどが海上投棄されていたといわれている。このような水産資源の大量投棄がなされるなかでポストハーベスト技術の向上,廃棄魚の利用開発,水産加工産業の質向上の必要性が高まっていたことがその背景にあったといえる。
 以上のように,MFRDは設立初期から大量廃棄魚の有効活用を目的として加工技術開発,食品品質管理技術の開発を主な活動として,これら成果の域内各国への情報伝達と技術移転を通じ,各国の水産加工業の発展に寄与してきた。すなわちMFRDの活動は製品開発,品質管理技術開発,および技術移転の3つの柱を中心に進められている。予算面からみると,経常研究費,日本の水産庁によるトラストファンドとASEAN-SEAFDEC会議で可決された「アセアン地域における食料安全供給のための継続的漁業活動に関する決議案」に基づく特別5カ年計画(Special 5-year Program)の事業費によって活動が運営されている。

水産加工と製品開発
 MFRDでは生鮮原料の品質改善,冷凍すり身製造技術を導入することにより,それまで海上投棄されていた混獲漁獲物の効率的利用を推進し,水産加工業界の新たな可能性を見出した。1980年代初期には,MFRDは研修プログラムを通して冷凍すり身技術を東南アジア海域の水産加工業者に紹介した。その結果,すり身加工工場の創業が可能となり,冷凍すり身の広域的生産が行われるようになった。

漁獲物の品質・安全の確保
 東南アジア諸国地域の水産加工業をサポートするため,水産物の適切な衛生管理や取り扱いの普及を図るとともに,水産食品の安全性に関連し,重金属の含有量,ホルマリン等の化学残留物質等の調査も行ってきた。近年ではとくに,水産物の品質基準や安全性評価手法を確立しSEAFDEC加盟国に普及させるための活動に取り組んでいる。

技術移転
 MFRDは東南アジア地域の水産加工産業の品質向上・発展を目指した様々な政策を実施している。これまでに,水産物の安全性に関するシンガポール・カナダ第三国研修プログラム,水産加工と包装技術に関する地域研修コース,東南アジアの水産加工産業におけるHACCPの適用に関する特別研修プログラムやワークショップなどの研修コース・セミナー等を主催し,これらの諸活動を通じて各国への技術移転・普及を目指している。

4.MFRDの組織
 MFRDの組織は部局長の下に3つの部門,すなわち水産情報・研修部門,水産加工技術部門,および水産品質管理部門から構成されている。職員数は各部門5~6名で構成され,総勢20名弱で運営されている。これまで,部局長の下に日本人専門家が次長として配置され,MFRDの活動を支援してきたが,2002年7月からはODA予算の減少等のため次長及び日本人専門家の派遣は停止している。
写真 MFRDの旧施設(上)と新施設(下)
 MFRDの職員はシンガポール準政府機関である農畜産食品局(Agri-food&Veterinary Authority, AVA)から派遣されており,給与はAVAより支給されている。MFRDは設立から1999年10月まで,チャンギ空港の近郊にある英国海軍の漁業訓練センター施設を使用していたが,シンガポール政府によって建設された新しい施設に1999年10月に移転し,2001年3月に正式なオープンセレモニーが行われた。新施設は,旧施設とは正反対のシンガポールの西側に位置する,政府によって建設中のリムチュカンのバイオパーク内に存在している。
 実験施設には種々の機器類も整備され,種々の研修会を通じた域内の技術支援活動に活用されている。とくに東南アジア域内での水産物加工(冷凍すり身,ちくわ,フィッシュボールなどの練り製品類,乾製品,揚げ物,レトルト食品,発酵食品など)の製造に必要な基本的な機器類は充実している。また,近年の食品の安全・安心に関わる各種分析機器類も基本的なものはほぼ整備されている(高速液体クロマトグラフ(HPLC),原子吸光光度計(AAS),ガスクロマトグラフ(GC),UV/VIS分光光度計,誘導結合光周波プラズマ発光光度計(ICP-OES),ガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)など)。図書室の資料類もかなり充実し,約100名を収容することができる講演会場や会議室もある。

5.日本によるこれまでの協力と,今後の協力に対するMFRDからの要望
 MFRDに対する日本からの支援は,1978年に活動内容を水産加工分野へと変更してから,長期専門家25名,短期専門家15名の派遣をJICAを通じて行ってきた。長期専門家の技術内容別に総派遣人数と総派遣年数を見ると,水産加工技術は6名(延べ21年),品質管理保持技術は7名(延べ10年),冷凍技術は6名(延べ10年),食品包装技術は1名(延べ3年)となっており,水産加工技術を重点的に支援してきたことがわかる。次長職への支援は15年間に5名の派遣を行ってきた。1998年までは次長職のほかに日本人の長期専門家が各年度ごとに2~4名が滞在していたが,1998年以降は次長のみが長期専門家として滞在し,現地の要請に基づいた技術支援を短期専門家を通じて行うように転換された。最近の短期専門家による技術支援については下記のとおりである。

1999年:HACCP(危害分析重点管理点監視)ならびにGLP(適正研究所規範)システムの導入
2000年:水産乾製品の品質改良技術移転,水産物中のビタミン含量測定法の確立
2001年:魚の発酵食品製造技術の確立,液体クロマトグラフィーによるアミノ酸分析技術の確立
2002年:水産物中の残留農薬分析技術の確立

 日本人専門家によってMFRD職員(カウンターパート)に対する技術移転がなされた後,今度はこれらのカウンターパートが指導者となり,研修会を通じてSEAFDEC各国への技術移転を実施してきた。すなわち,日本による技術指導の波及効果はSEAFDECの全域に及んでいることになる。
 MFRDからは,2004年における短期・長期研修ならびに日本からの専門家派遣に関する要望として,とくに食品の安全性や未利用資源の高度利用に関する課題が提示されており,現在はこれらの要望に対する対応について関係機関との調整を進めているところである。

6.利用加工分野におけるSEAFDEC諸国の要望
 2003年にベトナムで開催されたSEAFDEC主催の会合において,域内各国の水産資源関係者とともに利用加工関係者も参集した。関係各国の要望に関する情報収集のために,各国代表者にアンケート用紙を配布し,会議期間中に回収した。小規模の調査ではあったが,得られた回答は域内の傾向を反映しており,また各国の提示した問題やその解決方策は,MFRDが取り組もうとしている課題とほぼ一致していた。各国の抱える問題として目立っていたのは浮魚類などの未利用資源の高度利用やそのための加工技術開発,及び品質や安全性の確保であり,日本からの協力として,分析技術等に関する研修の実施が期待されていることが示された。関係機関の訪問や共同研究を要望する声もあった。以下に取りまとめたアンケート結果の概略を記した。


■アンケート回答者
シンガポール:MFRD職員
フィリピン:政府の研究機関職員
タイ:政府の検査機関職員
インドネシア:政府の検査機関職員
ブルネイ:政府の研究機関職員
マレイシア:政府機関,企画部門職員
■水産物利用加工上の問題点
ポストハーベストロス対策,GMP/SSOP,漁獲後処理の熟練(フィリピン)
生鮮原料の品質保持,原料不足対策,小規模製造業者による加工品品質のばらつき問題,新製品加工開発技術の欠如(タイ)
生鮮原料の品質保持,季節変動対策,漁業生産者と加工業者の連携不足,製品品質の分析技術の欠如(マレイシア)
漁獲から市場に至る流通における品質保持,中小企業における品質管理の悪さ,中小企業向けの付加価値向上のための加工技術,エビ漁獲における混獲魚の有効利用(インドネシア)
生鮮魚介類,流通,加工技術,加工品品質欠如(ベトナム)
未利用の浮魚類の加工(ブルネイ)
■問題解決のために必要な研究分野
品質基準の策定,水産加工廃棄物の高付加価値化による有効利用(フィリピン)
新製品加工開発,加工品包装技術,加工品のシェルフライフ安定化(タイ)
加工品のシェルフライフ,漁獲後の処理技術,消費者教育(マレイシア)
氷,アイスボックス,冷蔵庫などの使用による生鮮魚介類のシェルフライフ延長,有機食品の保存性向上,高付加価値食品の加工技術移転,エビ漁獲における混獲魚の種類の把握(インドネシア)
加工工程,製品化のための技術向上(ベトナム)
浮魚類の高度利用のための加工技術開発(ブルネイ)
■今後必要とされる研究分野(複数選択)
新規加工技術(シンガポール,フィリピン,タイ,マレイシア,インドネシア,ベトナム,ブルネイ)
具体例:(ジュール加熱:シンガポール,イワシのすり身化:フィリピン,真空油ちょう:タイ,浮魚類や養殖魚(ティラピアなど)の利用:マレイシア,レトルトパウチ,真空乾燥:インドネシア,新規加工品・すり身加工品の開発:ブルネイ)
食品の安全性(フィリピン,タイ,マレイシア,インドネシア,ブルネイ)
具体例:(基本ガイドライン策定:ブルネイ)
品質管理,品質評価(マレイシア,フィリピン,インドネシア,ブルネイ)
具体例:(官能評価法の向上:フィリピン,COなど有害な保存料の検出:インドネシア)
水産食品の機能性(タイ,マレイシア,インドネシア,ベトナム)
具体例(EPA/DHAの機能性:インドネシア)
食品貯蔵(フィリピン,タイ,マレイシア,ブルネイ)
具体例:(ポストハーベストロス:フィリピン)
HACCP(シンガポール,インドネシア,ブルネイ)
具体例:(水産加工工場:シンガポール,中小企業向けのHACCP:インドネシア)
微生物(フィリピン,マレイシア,インドネシア)
(微生物学的分析技術の向上:フィリピン)
バイオテクノロジー(ベトナム)
■SEAFDECを通じた日本の協力に期待すること
分析技術習得のための研修(フィリピン,タイ,マレイシア,ベトナム)
具体例:(フィリピン:全菌数,コレラ菌,サルモネラ菌,黄色ブドウ球菌,大腸菌群,嫌気性菌,マレイシア:LCMS-MSを用いた抗生物質分析,シガトキシン分析)
関係機関訪問(フィリピン,タイ,シンガポール,マレイシア,インドネシア,ベトナム,ブルネイ)
具体例:(フィリピン:すり身加工工場,インドネシア:品質管理・検査機関,ブルネイ:水産企業)
共同研究(タイ,マレイシア,ブルネイ)
具体例:(マレイシア・ブルネイ:新規加工品開発)

7.今後の研究協力への取り組みについて
 本稿で述べてきたように,SEAFDECの利用加工部門を担当するMFRDにおいても,またSEAFDEC域内の各国においても水産物の利用加工に関する問題を多く抱え,今後においても日本の継続的な協力を求めていることがご理解いただけたと思う。2004年1月にはSEAFDECと水産総合研究センターとの間でMOU(連携推進に関する協定覚え書き,memorandum of understanding)が取り交わされ,SEAFDEC人材育成プログラムの一環としての当研究所への研修生受け入れも実現しつつある。
 食品分野においては,国際的に高いレベルでの安全性が求められていることに対応して,SEAFDEC各国においても抗生物質や農薬などの精度の高い分析技術が必要となりつつあるが,技術支援の実行においては,専門的な分析技術を伝えるばかりでなく,養殖生産から流通加工までの根本的な安全安心思想の指導普及がより重要であろう。またこれまでの日本の技術協力の成果によりMFRDは発展してきたが,今後は一方的な技術支援ではなく,双方にメリットのある連携協力の方向性を探っていく必要があると思われる。

 本稿を纏めるに当たりアドバイスを戴いた元SEAFDEC/MFRD次長柴田宣和氏,ならびにアンケート調査の施行にご協力戴いた加工流通部 石田典子主任研究官に厚く御礼申し上げます。

(加工流通部 品質管理研究室長  現 利用加工部 品質管理研究室長)

nrifs-info@ml.affrc.go.jp

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