中央水研ニュースNo.34(2004...平成16年11月発行)掲載

【研究情報】
刺身用まぐろ類の需給と価格の動向
松浦 勉

 我が国は,世界の刺身用まぐろ類の大部分を消費しており,以前は,国内まぐろ延縄漁船がその多くを供給してきた。しかし,その後輸入が増加するようになり,現在では,国内のまぐろ類価格が輸入の動向によって大きく左右されるようになっている。本稿では,まぐろ類の需要量と供給量の推移,魚種別の供給量と価格の関係,家計調査からみたまぐろ類の消費動向などから,刺身用まぐろ類の需給と価格の動向について述べる。
 まぐろ類の価格は,バブル経済の崩壊以降低迷している。水産庁まぐろ需給対策協議会(1989年設立)が作成したまぐろ類の供給量と需要量の推移を表1に示した。同表のまぐろ類は,刺身の利用が多いクロマグロ(太平洋に分布),大西洋クロマグロ,ミナミマグロ(別名インドマグロ),メバチ,キハダ,かじき類をいう。なお,クロマグロ,大西洋クロマグロとミナミマグロを総称する際には,以後「クロマグロ等」と称する。また,ビンナガも高鮮度のものが刺身として利用されるが,ここでは含まない。

刺身用まぐろ類の供給量と需要量
 供給量は,国内生産量と輸入量に大区分され,各々が冷凍と生鮮に細区分される。冷凍の国内生産量は,ほとんどが遠洋まぐろ延縄によるが,遠洋まぐろ延縄の国際減船により,1998年の177千トンから1999年には126千トンに減少した。生鮮の国内生産量は,大体6万トン台で推移している。
 冷凍の輸入量は,1990-1999年には17万トン台で推移し,2003年は205千トンに増加した。生鮮の輸入量は,1990年が43千トン,2003年が63千トンであった。輸入の小計は,1990年以降増加傾向にあり,2002年の282千トンがピークであった。供給量に占める国内生産と輸入を比較すると,1995年以降輸入が国内生産を上回るようになった。供給量の合計は,1998年までは500千トン台の年が多かったが,2000年以降460千トン台が多い。
 需要量は,国内消費量(家庭消費量と「外食及び持ち帰り」)と輸出に大区分される。家庭消費量のうち,刺身単体は1990年以降増加し2002年には268千トンになり,刺身盛り合せは70~90千トン台で推移した。家庭消費量は,2002年が351千トンで最も多く,前年の330千トンに比べ6.4%も増加した。外食及び持ち帰りは,1990年の204千トンがピークであり,バブル経済の崩壊とともに徐々に減少し,2002年には82千トンであった。この結果,国内消費量に占める家庭消費量の比率は,1990年の59%から,2002年の81%に増加した。
 なお,表1における冷凍は,独航船及び運搬船による51漁港等における冷凍まぐろ類水揚量(上場分と清水地区の非上場分の合計値)であり,生鮮は,生鮮及び冷蔵まぐろ水揚げ量(空輸を含む)である。外食及び持ち帰りは,在庫(冷蔵水産物流通統計による)の増減を含む全供給量から家庭消費及び輸出を減じた量である。

まぐろ類の魚種別概要
 表1では魚種別内訳が不明なため,国内生産量(農林水産省「漁業・養殖業生産統計年報」)と缶詰用の小型メバチやキハダを除いた輸入量(財務省貿易統計)の合計値から,マグロ類の魚種別の供給量(4魚種の合計が100%)を推定した。1989年と2002年の供給量の比率を比較すると,クロマグロ等が5.4%と8.3%,メバチが40.9%と46.5%,キハダが42.9%と39.4%,かじき類が10.8%と5.8%であり,メバチが半分近くを占めている。また,漁業・養殖業生産統計年報により,1989年と2002年の価格(円/kg,以下同じ)をみると,クロマグロが4,141円と1,770円,メバチが1,346円と736円,キハダが564円と453円,かじき類が691円と516円であった。以上から,1989-2002年の変化を概観すると,クロマグロ等とメバチは,供給量の比率が増加して価格が大幅に低下し,キハダとかじき類は,供給量の比率が減少し価格の低下率が小さいことが明らかになった。

クロマグロ等とメバチの供給量と価格
 クロマグロ等とメバチは専ら刺身用として利用されるが,キハダとかじき類は刺身以外の利用も多い。ここでは,専ら刺身用として利用され,値段が高いクロマグロ等とメバチについて供給量と価格の関係をみる。まず,クロマグロ等については,脂身(トロ)部分が多いために最高級品として扱われ,従来は,高級な料亭や寿司店などの需要が多かったが,バブル経済崩壊後,これらの需要が減少した。また,その後,天然クロマグロ等に比べて価格が安い蓄養の大西洋クロマグロとミナミマグロ(以下,「蓄養クロマグロ等」)が外国から輸入されるようになった。なお,国内ではクロマグロを300~500トン生産している。
 図1にクロマグロ等の供給量とミナミマグロの価格の推移を示した。水産庁調べによると,我が国は1992年から蓄養クロマグロ等を輸入するようになり,1994年から輸入量が増加した。当初はオーストラリアだけがミナミマグロを蓄養していたが,1997年以降地中海沿海諸国(スペイン,クロアチア,ポルトガル,イタリア,マルタなど)が大西洋クロマグロを蓄養するようになった。これら蓄養クロマグロ等は,産卵後の痩せた成魚や中小型魚を数ヶ月程度生け簀の中に囲って餌を与えて太らせ脂身部分を多くしたものである。諸外国が生産した蓄養クロマグロ等は,そのほとんどが日本に輸出され,蓄養クロマグロ等の生産量(原魚ベース)は,1999年が1万トン台,2001年が2万トン台(うち,地中海諸国の占める比率が58%)であり,2003年には3万トン台に達したといわれている。  図2に「天然」と蓄養を合計したクロマグロ等の供給量とミナミマグロの価格の関係を示した。クロマグロ等の供給量は,1990年が20千トンであり,2000年がピークの47千トンであった。クロマグロ等の価格は,値段が高い40kg以上の天然ミナミマグロ(築地魚市場)を指標として用いた。価格(消費者価格デフレートした)は,1989年から2002年の間5,410円から1,988円に低下しており,点グラフから各年次が1989-1993年,1994-1998年,1999-2002年の3つに区分される。1989-1993年は,蓄養マグロ生産量の影響が少ないために価格が高かった。1994-1998年は,天然クロマグロ等の供給量が多かった上に蓄養クロマグロ等生産量が増加したために価格が低下した。また,1999-2002年は,蓄養クロマグロ等生産量が大幅に増加したため,価格が更に低下した。蓄養クロマグロ等は,1997年から冷凍されるようになり,周年出荷が可能になった。しかし,2003年になって蓄養クロマグロ等価格が低迷したり,地中海では天然餌料が不足気味である上,2004年8月からICCAT(大西洋まぐろ類保存国際委員会)によりまぐろ蓄養場が登録制になることなどから,今後,蓄養クロマグロ類の生産量は伸び率が鈍化すると予想される。  一方,メバチは,クロマグロ等と異なり,現在のところほとんどが天然物である。図3にメバチの供給量と価格の関係を示した。メバチの供給量は,1989年が200千トン,2002年がピークの252千トンであり,クロマグロ等に比べて増加率が小さい。メバチの価格(消費者物価指数でデフレートした)は,値段が高い40kg以上(築地魚市場)を指標として用いた。1997年までは1000円台以上であったが,1998年以降1000円台を割り込み,2002年には800円台になった。メバチ価格の低下については,メバチ漁場において最近外国漁船との漁場競合が激しくなり肉質が良くなる漁期前の漁獲が多くなったことも一因といわれている。メバチの場合にはクロマグロ等と異なり,点グラフにおける年次別差異があまりみられない。
 以上から,天然ミナミマグロの価格は,1994年以降蓄養マグロを含む供給量の大幅な増加により顕著な低下傾向にあり,また,メバチの価格は,メバチの供給量はあまり増加していないが2001年以降低下したことが明らかになった。

家計調査からみた全国平均及び横浜市の動向
 家庭消費量(表1)の内容を把握するため,表2に地方別1世帯当たり年間の鮮魚とまぐろ類の支出金額(1989年と2002年)を比較した。全国平均をみると,鮮魚の支出額は,1989年(68,531円)に比べて2002年(57,917円)の方が少なかったが,まぐろ類支出額は,1989年(7,885円)に比べて2002年(8,233円)の方が多かった。また,鮮魚の支出金額に占めるまぐろ類の比率は,1989年(11.5%)に比べて2000年(14.2%)の方が多かった。
 地方別に鮮魚の支出金額に占めるまぐろ類の比率をみると,中国地方は1989年(1.9%)より2002年(5.5%)の方が増加し,また,九州地方も1989年(2.6%)より2002年(4.7%)の方が増加するなど,全国的にまぐろ類の消費水準の平準化が進んでいる。
 表3に,1世帯当たり年間のまぐろ類の支出金額等の推移を示した。2002年における鮮魚の支出金額に占めるまぐろ類の比率は,全国で関東地方が一番高く,関東地方の都道府県庁所在地におけるまぐろ類の支出金額は,横浜市が一番多かった。遠洋まぐろ延縄の水揚げ基地である三崎港に近く,2002年には,1989年以降まぐろ価格が最も下がったことによって,鮮魚の支出金額に占めるまぐろ類の比率とともに,まぐろ類の購入数量が最高であったことが明らかになった。

おわりに
 刺身用まぐろ類の消費量は,バブル経済崩壊以降,外食及び持ち帰りは減少した。しかし,まぐろ類は,品目・品質に応じて多種多様な用途がある簡便な食材であり,食市場の裾野が広いため,家庭消費量が増加した。また,刺身用まぐろ類の供給量の増加とまぐろ類価格の低下によって,まぐろ類の消費水準の平準化が進み,全国的にまぐろ類の消費が増加した。この結果,2002年の家庭消費量(刺身単体と刺身盛り合せ)は1989年以降最高となったことから,今後とも家庭消費を中心としてまぐろ類の需要が高い水準を維持することが期待される。
 なお,本調査研究は,当研究所一般研究「まぐろ類の安定的な漁獲量と価格水準の解明」により実施したものである。

(経営経済部 比較経済研究室長  現 水産経済部 動向分析研究室長)

nrifs-info@ml.affrc.go.jp

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