中央水研ニュースNo.34(2004...平成16年11月発行)掲載

【情報の発信と交流】
熱帯域魚類での耳石年齢査定
-コスタリカJICA短期専門家派遣報告-
木村 量

 コスタリカ共和国ニコヤ湾持続的漁業管理プロジェクト(以下ニコヤ湾プロジェクト)は,ニコヤ湾漁獲量の減少を受けて2002年10月に開始されたJICAのプロジェクトである。コスタリカのナショナル大学(National University, Costa Rica: UNA)とコスタリカ水産庁(INCOPESCA) をカウンターパート機関として実施され,目的は現状の乱獲状態に配慮した漁業管理を進め,漁業資源の有効活用を進めることにある。私は2003年11月に約4週間「年齢査定法の技術指導」を行うためJICA短期専門家としてこのプロジェクトに派遣された。
 ニコヤ湾プロジェクトの事務所は,UNAの海洋生物試験場(Estacion de Biologia Marina, EBM)の一角に設置され,主に日本側が機材を提供して本プロジェクトを進めている。ニコヤ湾プロジェクトでは水産資源管理と品質管理の2本柱で技術移転が進められている。長期専門家のリーダーは水研OBの藤田矗(ひとし)氏で,資源管理専門家として平松氏,品質管理専門家として石原氏,プロジェクト調整員としてスペイン語に堪能な遠藤氏の4名で構成されている。品質管理では既に2名の短期専門家派遣があったが,資源管理では私が初めての短期専門家である。
図1
図1.UNA学部長(右から2人目)に報告書を提出した後記念撮影。左から平松,藤田,遠藤の各長期専門家と筆者(右端)
 派遣先の都市はコスタリカの太平洋側(といってもカリブ海まで直線距離にして150km程度しか離れていないのだが)にある60km x 20km程度のニコヤ湾のちょうど入り口に位置するプンタレナスで,首都サンホセから100km離れている。サンホセは高原都市のため,北緯10度という熱帯に位置するにもかかわらず,涼しく過ごしやすい気候であるが,プンタレナスは石垣島にいた藤田さんでもとても暑くてまいるというほど蒸し暑く,太陽が真上から照りつけるため日中はいつも35度以上ありそうだった。訪れた11月は雨期の終わりに当たるが,朝食前からホテルのプールで泳ぐ人がいるくらいの暑さで,散歩は早朝しかできないぐらいにすぐ気温が上がり,日中は晴れているものの午後3時ぐらいから必ず曇り始め,仕事を終えてホテルに戻る5時半頃はいつも土砂降りになる,というパターンが毎日繰り返された。ただ朝には必ず晴れていたため,雨期というものの過ごしやすい印象であった。
 成田からアメリカ・ヒューストン経由で合計フライト17時間あまりの長旅のあと現地深夜にサンホセに到着した。翌日JICA現地事務所に到着の挨拶をして,パンアメリカン・ハイウエィを使って2時間のドライブでプンタレナスに到着した。翌朝にはいきなりセミナーが予定されていた。長期専門家のほか,10人ほど学生,職員が集まり,メキシコ人の大学院生が英語からスペイン語の通訳をしてくれた。耳石年齢査定法の基礎から最近の微量元素分析などの応用研究,低緯度地域での年齢査定研究の例などを話したが,一言ずつの通訳作業のため午前と午後の2回に分けてのべ3時間半かかるセミナーとなった。この準備がなかなか出発前にできず,成田でもヒューストンでも飛行機の待ち時間中持参のパソコンをたたき,持参したデジカメで文献の図などを撮影してはパワーポイントに張り付けるという,まさに泥縄式の作業が数日間続いたため,セミナーを無事終えたときはほっとしたものであった。
 しかし,翌日からは早速耳石の切断・研磨を教えなくてはならない。カウンターパートとして指導するのは4名,UNAのロサRosa Soto,フェルナンドFernando Mejia,パラシオスJose PalasiosとINCOPESCAのロベルトRoberto Umanaである。教授であるパラシオス以外は,ほぼこのトレーニングにかかりきりで熱心に作業してくれたのは教える方としてもやりがいがあった。また,赴任前には数日到着が遅れる可能性があるといわれていたJICA供与機材が,一部を除いて既に大学に到着していたので,すぐに耳石研磨作業に取りかかることができたのは幸いであった。ただ,研磨作業に必要なガラス板が未到着であったため,平松氏に研究所近くのホームセンターやスーパーに連れて行ってもらい,一時代替品としてプラスチック製キッチンマットを買うなどしながら,ついでに異国の商品を見物した。
図2
図2.市場調査で購入したPargo manchaを測定するロサ(右)とフェルナンド(左)
 EBMでの技術指導については,対象種の年齢査定については輪紋があるかどうかもわからないし,観察方法が確立していないので,どのように観察するのが有効かを探りながらであったため,基本的手法を教えながら色々な標本作成法を試すことになった。当面の対象種はフエダイの一種Pargo mancha (Lutjanus guttatus), アメリカでweakfishと呼ばれるニベ科のCorvina reina Cynoscion albus, Corvina aguada C. squamipin の4魚種で,数ヶ月前から月1~2回の頻度で定期的に1回30~50個体がサンプリングされ,耳石が保管されてあった。取り出された耳石を一見したところ,Corvinaの耳石はスケトウダラの耳石のように白く肥厚しており,手強そうに見えた。そこでまずはPargo manchaから手を付けることにし,ゴマサバ耳石で年齢査定した経験から,アルコール浸漬で耳石を観察した。するといきなり不透明帯らしきものが見えたので,試しに20個体ぐらいを皆と共に数えてみることにした。Fowler (1995)の総説によると年齢査定には透明帯と不透明帯のどちらを使用するかはほぼ半々で,認識しやすい方を採用することでよい,ということなので,透明帯と不透明帯のどちらが年輪(リング)として認識しやすいか,耳石の縁辺がどちらに相当するか,を観察ポイントとして観察していった。すると個体によって透明帯の方がリングとして認識しやすいものがあったり,本数がよく分からないものが多く,この方法ではうまく数えることができなかった。これは,後に耳石をtransverse面(体軸の横断面)で切断したときに,saggittal面で観察される部分の透明帯/不透明帯の構造は規則性がないように見えたためであると推測された。これに比べて,耳石のtransverse横断面ではリング として認識できる構造が見られた。幸いなことに2種のCorvinaでもtransverse断面でリングが見られたので,この観察方法を基本として進めることにした。横断切片の作り方については,耳石を樹脂に包埋せずそのまま回転砥石に押しつけて研磨し,スライドグラスに張り付けた後にサンドペーパーで研磨して横断切片を作る方法も教えたが,樹脂包埋して今回持ち込んだ低速切断機Isomet saw で切断した耳石と比べると,リングのコントラストがやや劣るようであった。
 耳石研磨作業も後半となり方針もほぼ定まってからは,平松さんの要請で報告書に添付する作業マニュアルを作ることとなり,ここでもデジカメが大活躍し,写真満載のわかりやすいマニュアルを作ることができた。さらに,この英語版マニュアルをロサとフェルナンドがスペイン語に訳し,滞在最後にUNA環境科学部学部長,INCOPESCA長官(ともに女性)の両コスタリカ人プロジェクト責任者への報告にスペイン語版マニュアルを提出することができ大いに喜ばれた。報告書には,Pargo anchaで行った年齢査定の予備的検討の結果を載せ,横断切片で観察される輪紋の数が増えると共に魚の体長が大きくなり,年齢形質として有望であること,輪紋の形成時期についてはさらなる検討が必要なこと,20cm以下の小型個体の耳石日周輪を数えてみた結果などをまとめた。
 私のコスタリカ滞在中の日常は,毎日6時起床,8時前にホテルのロビーで通勤途中の平松氏と待ち合わせ平松氏の車に乗り込んで約15km離れたEBMへ通勤。昼休みは昼食のため自宅に戻るロベルトにホテルまで送迎してもらい昼食をとって再度EBMへ戻る。午後2時ぐらいから作業再開で午後5時すぎに平松氏の車でEBMを出てホテルに戻る,夕食後は,夜間は治安の点からも出歩かない方がよい,と言われホテルの自室で過ごす,というパターンであった。しかしこれでは昼休みの時間に無駄が多いため,後半は昼食のためホテルに戻ることを減らしEBM近くの店で昼食を買って時間を有効に使う様にしたが,水研とは違い研究室で残業のできない状況なので,やむなくホテルで夕食後にケーブルテレビの映画を横目で見ながら報告書などを作ることもしばしばであった。
 今回は数年ぶりの海外出張となったため,錆びついている英会話の訓練を始め,この機会にスペイン語を勉強してみようかと思ったが結局語学能力のなさから勉強は続かず会話をあきらめてしまった。実際コスタリカに行っても,「グラシアス」「ブエノス」という基本的挨拶と数字を1から5まで数えるところまでしかできなかった。地理的にアメリカに近いのでもう少し英語が通じるかと期待したが,ホテルでも接客以外のスタッフは最小限の英会話能力で,通説どおり街中では英語はほとんど通じず一人ではスーパー以外で買い物もできない状態であった。
 現地通貨はコロンブスに由来するコロンで,滞在当時1ドルが約410コロンであったが,年々コロンの価値が低下しており,両替も一度にしないほうがよいと言われた。昼食用にパンを2~3個とコーラを買って600~800コロンぐらいと,物価は概して安かった。スーパーマーケットならドル札のまま買い物ができたが,成田で交換した新しい20ドル紙幣が,テレビで毎日「偽札に注意」と連絡されていることもあり,使用を拒否されたことがあった。また,観光客相手の土産物店でもTCがあまり使えない(銀行でもその場で交換してくれないと聞いた)状況のため,買い物の予定が狂ったこともあった。しかし,滞在中の11月は雨期で,ホテル業界も「グリーンシーズン」と呼んで乾期よりも宿泊費が安いし,乾期の暑さはとても大変ということなので,旅行にはおすすめの時期かもしれない。
図3
図3.耳石研磨作業をしたEBMの実験室

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図4.Pargo manchaの耳石横断面

 滞在中の土日のある日,せっかく自然あふれるコスタリカに来たのだから,ということで藤田氏にプンタレナスから1時間ほど離れたカラーラ自然公園に連れていってもらった。公園に入る前に全身に念入りに虫除けスプレーを振りかけ(マラリヤは珍しいがデング熱を媒介する蚊に注意するため),いかにも熱帯雨林,という雰囲気の公園の散策路約5kmを藤田夫妻と2時間以上歩いた。散策中は道を横切るハキリアリの列に何度も遭遇し,先住民が毒矢に使ったという猛毒を持つヤドクガエルや大型のトカゲ,80cm大のイグアナなどを見て楽しみ,バードウオッチャーである藤田氏の解説でオオハシや大型のキツツキ,コンゴウインコ(ただし遙かに高いところを飛んでいく影だけ)など多くの鳥を見ることができた。しかし,なんといってもわずか数秒程度であったが,森のなかを羽ばたきながら間近で見た野生のモルフォ蝶の青い煌めきは,忘れることができないよい体験となった。
図5
図5.矢毒ガエル
5cmぐらいのサイズ
 コスタリカに行く前に漠然と持っていたイメージ(「ジュラシックパーク」の舞台)とは違い,のんびり異国で過ごそうという思惑がはずれ,思いの外忙しく働いた滞在であったが,従来低緯度海域の魚種では耳石に年輪は形成されないという思いを持っていたコスタリカの研究者に,年齢査定ができる可能性を示せて,ささやかながら貢献ができたのかと考えている。滞在中休日までも大いにお世話になったばかりでなく,この短期専門家の機会を与えてくれた藤田氏をはじめ,今回の派遣にあたってお世話になった水研センター本部,水産庁国際課の各位に感謝し,この場を借りてお礼申し上げます。
引用文献:Fowler A.J. (1995) Annulus formation in otoliths of coral reef fish - A review. P.45-63. In “Recent developments in fish otolith research” (eds. by D.H. Secor, J.M. Dean, and S.E. Campana), University of South Carolina Press, Columbia, South Carolina.
(生物生態部 生物生態研究室  現 農林水産技術会議事務局 研究調査官)

nrifs-info@ml.affrc.go.jp

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