中央水研ニュースNo.34(2004...平成16年11月発行)掲載

【情報の発信と交流】
平成15年度第2回JICA技術協力専門家養成研修に参加して
浜野かおる

 独立行政法人国際協力機構(JICA)は政府開発援助(ODA)の二国間贈与のうち,技術協力と無償資金協力の調査・実施促進業務を行っています。その中で途上国の国造りの主体となる人材の育成も行っています。その一つである技術協力専門家養成研修は5コースごと年3回,計15コース実施されており,私は第二回目に組まれている海洋環境保全コースを受講させていただきました。その内容を簡単に紹介させていただきます。
 技術協力専門家養成研修には農村開発,森林環境,貧困,教育など広範囲に及ぶ15のコースが開設されていて,そのうち海洋環境保全コースは水産分野の唯一のコースです。私は以前から自然環境保全・保護には関心があり,途上国の現状も知りたいと考えていました。そこで参加を希望し,平成15年10月6日から11月28日まで約二ヶ月間の研修を受講できることになりました。
 研修は語学(英語)研修,一般研修,分野別研修,海外現地研修の4課程で構成されています。英語力テストを除く約12日間の語学研修は選択性になっています。語学研修はレベル別のクラス編成で,内容はレベルによって異なりますが,実践的な文法の復習から,開発援助関連の語彙の理解,専門家としての活動のシュミレーション,プレゼンテーション,ミーティングなどの練習を行います。リプロダクティブヘルス,社会ジェンダーあるいは経済の分野で頻繁に用いられるけれども私は全く耳にしたことがない(あるいは私達には馴染み深いけれども社会系の人には珍しい)しかし開発援助には必須であるような単語の学習もちりばめられていて大変興味深いものでした。しかし英語の実力については2週間弱の研修では伸びるはずもなく,日ごろの学習がいかに大切であるかを再認識させられました。
 5日間の一般研修ではJICA事業とは?から始まり途上国の諸問題から開発援助プログラムの計画手法演習などが組まれていました。その中では技術協力専門家として活躍されている大学の先生方の実地調査に基づいた情報を得ることができ,更にどのような事前調査に基づきプロジェクトが組まれるのかも知ることができます。これらは実際に開発援助に携わる人だけでなく,情報公開という観点でODAの予算がどのように計画され使われているのかを知るために国民も知るべきことなのではないかと感じました。
 その後5日間は専門のコースに分かれて分野別研修を受けることになります。この研修はコースによってかなり違いがあると思いますが,私の参加した海洋環境保全コースではこれまでの水産・環境分野のJICAの活動事例を中心にカリキュラムが組まれていました。後に海外現地研修が行われるため,訪問先の事例紹介も含まれていてよく考えられたものでした。インドネシアのサンゴ礁管理計画調査,開発とマングローブ林の実態,途上国における海洋汚染の現状,熱帯域の藻場の生態と保全,マニラ湾貝毒モニタリング事例紹介,藻場やサンゴ礁域の環境の修復,などについて一つのテーマに対して質疑応答を含め2時間から3時間の時間を割いて行われました。受講者は専門の分野で5年以上の実務経験を有することが条件であるため,ある程度の基礎知識があり自然環境保全・保護に何らかの形で携わりたいという意志を有する人たちで,講師を交えた活発な意見交換ができたと感じています。
 その後計11日間の海外現地研修となります。当然ながら海外課程は単なる視察や訪問ではなく,現地の関係者との意見交換が主です。気の重い出発となりました。我々のコースの訪問先はパラオとフィリピンで,パラオでは水産局,海面養殖センター,環境保護局,国際サンゴ礁センターなどを,フィリピンでは水産局,貝毒モニタリングプロジェクトサイト,USAID (United States Agency for International Development) 事務局,JICAで現在進行中のプロジェクトサイトである沿岸保護区とキリンサイ養殖場を訪れました。
 パラオには国連の援助を受けた大統領直結の機関としてOffice of Environmental Response and Coordination (OECD) が設置されています。環境の包括的問題解決のための国際機関の環境プログラムと歩調をあわせたパラオ国の環境政策が必要であると考え,パラオ国政府に対して環境政策の立案・実施の支援を行うのが仕事です。深刻化するごみ処理問題と,多様性の面からも保護が重要であるパラオの海洋環境の問題を主に担当しています。フカヒレのための延縄によるサメ漁や観賞魚のための毒物漁などの外国漁船による違法操業による漁業資源の減少も問題となっていますが,OECDは遠洋操業のパトロールも独自に行っています。また,パラオは586の島からなりますがそのほとんどはサンゴ礁でできているため,サンゴ礁の保全のプログラムも進んでいてCoral Ranger育成プログラムも実施されています,一方,わが国のODAの無償資金援助で立てられたパラオ国際サンゴ礁センターもサンゴ礁の恒久的保全のための研究,教育,人材育成,および啓蒙活動を目的としています。この施設は研究施設と展示施設とからなり,研究棟は世界中のサンゴ礁研究者に開かれた施設となっています。展示施設も陸域からサンゴ礁へのつながりを重視していてマングローブ林,海草帯,礁池と連続した生態系を表現していて訪れる人たちが学習できる仕組みになっています。現在,パラオは国の歳入の多くを海外の援助に依存しており,そのための産業の未発達が逆に海洋環境を良好な状態に保っているようですが,今後この国が援助から自立していく段階で,現在の良好な環境を保持しながら食糧を調達していく方法を模索していく必要性と難しさを感じました。
パラオ国際サンゴ礁センター
パラオ国際サンゴ礁センター
特徴的な野外の礁池の無給餌水槽
 フィリピンもまた,7000余りの島からなる島国ですが,産業のないパラオとは対照的で,世界有数の漁業国です。水産業は同国の経済に重要な位置を占めていますが,現在の問題は水産資源をどのように管理して持続的に利用するかということです。フィリピンでは古くからミルクフィッシュ(サバヒ-),ミドリイガイ,カキ,エビの養殖の他,比較的安定した生産が期待できるキリンサイ,海ブドウ,オゴノリ等の海藻養殖が行われています。中でも1980年代から輸出のため急増したエビ養殖ではマングローブ林を養殖池に転換したため,浄化機能が衰え,沿岸の環境破壊が大きな問題となっています。更にダイナマイト漁や青酸カリ漁等の違法漁業も完全には取り締まれておらず,乱獲や生育環境の破壊による沿岸水産資源の減少も深刻な問題です。フィリピンの全漁民のうち約65%が沿岸15km以内の零細漁民でその多くが貧困層のため,ますます乱獲を続けていかねばならない状態に追い込まれています。今後は沿岸環境の回復に加えて漁業補償による経済的な救済や持続的な水産資源利用の啓発が重要と考えているようでした。USAIDの支援によりフィリピンで7年間実施されたCostal Resource Management Projectは,沿岸域における水産資源の現状と重要性を地域が認識し,それらを効果的かつ継続可能に管理することにより,資源の保護と利用を両立するという趣旨です。このプロジェクトではフィリピン国のスタッフに対して啓蒙活動の手法を移転することや沿岸資源管理に関する資料作成を行っています。一方,JICAの進行中のプロジェクトは地域レベル(市や地区)の担当責任者に対して技術移転を行っています。途上国には様々な国の政府,民間団体,NGOから援助が入っていますが,国内だけではなく,援助国間の連携を密にしてプロジェクトを進めることにより,更に成果を挙げることができるのではないかと感じました。
マニラ湾におけるミドリイガイの養殖
マニラ湾におけるミドリイガイの養殖
 約2ヶ月間に及ぶこの研修に参加させていただき多くのことを学ぶことができました。自然環境保全・保護はそこで暮らす人々の生活が成り立って初めて叫べることであって,しかし,持続的な食料の供給を目指すのであれば自然環境保全・保護は後回しではいけないことなど,当たり前ながら難しいことを目の当たりにしました。今後このようなことを念頭に置きながら,広い視野を持ち,専門の生かし方を考えながら,微力ながらも貢献できるよう努力していきたいと考えています。最後になりましたが,この研修に参加する機会を与えて下さった方々に感謝いたします。
(生物機能部 分子生物研究室  現 国際農林水産研究センター水産部)

nrifs-info@ml.affrc.go.jp

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