中央水研ニュースNo.33(2004...平成16年3月発行)掲載

【情報の発信と交流】
第7回魚類の生殖生理に関する国際シンポジウムに参加して
清水昭男

はじめに
 2003年5月18日から23日にかけて,三重県大王町メルパール伊勢志摩で開催された表記シンポジウムに参加してきましたので,その印象をご紹介します。
 このシンポジウムは1977年にフランスで開催されたのを皮切りに,ほぼ4年ごとに世界の各地(といっても今まではヨーロッパと北アメリカのみ)で開催されているものです。今回は,初めての日本における開催ということで,シンポジウム開催委員長の香川博士(養殖研;後に宮崎大学に移られました)を始め,開催に携わった方々も大変意気盛んであったと聞きます。
事前準備
 いつものことながら,準備不足が原因で直前までばたばたすることになってしまいました。私は,Immunocytochemical identification of gonadotrophs (FSH cells and LH cells) in various perciform fishes using antisera raised against synthetic peptidesという表題で,スズキ目魚類の2種類の生殖腺刺激ホルモン分泌細胞の免疫染色に関するポスター発表の申し込みをしていました。ところが,発表用の写真を作るために2重免疫染色を行ったところ,見事に失敗してしまいました(免疫染色は決して難しい技術ではありませんが適当にやって誰でもきれいな試料を作れるというものではなく,特に2重染色となると格段に難しくなるとともに時間もかかり,美しい2重染色または3重染色以上の標本を作るのは至難の技と言っても過言ではありません)。もちろん最低限のところは押さえてあって,単染色の試料はすでに作ってあったのですが,やはり,2種類のホルモンの分布を示す以上どうしても重染色の写真を出したいと思い,他の仕事に追われて延び延びになっていたのを直前になって試みたところで失敗してしまったわけです。気合いを入れ直して最後の最後になって(実に出張の前日)やっとそこそこの2重染色標本を作ることが出来,何とか間に合ったという次第です。欲張って写真だらけのポスターになったことや,ゆっくり仕上げる時間もないことから,写真と説明の文章,及び台紙を持っていって,最終的なポスター作成は現場合わせでやるということにしました。
会場の感想
 会場へは近鉄の賢島駅等から臨時のシャトルバスがあるのみで公共交通機関は全くなく,極めて不便な場所にありますが,真新しい設備は申し分ないものでした。交通の不便さも,余計なことを考えずにひたすら最近の研究成果を勉強するにはかえって好都合であると言えます。宿泊した部屋も大変豪華なものでした。
 食事は当然近くに食べに行くことは出来ず,朝晩は宿泊会場のレストランを利用することになるのですが,全てバイキングでついつい過食気味になってしまうことから,昼食抜きで十分だとわかりました(もちろん別料金を払えばレストランで昼食が食べられます)。
シンポジウムの内容
 シンポジウムの内容としては,当然のことながら,分子生物学的手法,遺伝子工学的・細胞工学的手法等を駆使した,魚類の生殖現象の分子メカニズムに関する最新の知見を主とした発表が目白押しで,大変勉強になったのですが,中でも東水大の吉崎先生の講演と,養殖研の田中博士の講演が特筆すべきものでしょう。吉崎先生はもちろん生殖生理学における若手研究者のエース中のエースで,研究内容も実に多岐にわたっていますが,今回の発表は一言で言えば「始原生殖細胞を用いた細胞工学」とでも言うべき内容で,大変高度な手法を駆使した非常に大きな発展性のある研究といえます。田中博士の方は皆さんが新聞等の報道でご存じの通り,世界で初めて人工飼育下でのシラスウナギの生産に成功したという内容でした。この二人の発表については,講演後も拍手鳴りやまずといったところで,内容ともども大変深い印象を受けました。後のことになりますが,フェアウェルパーティーで発表されたベストポスター賞の受賞者が6人中4人までが日本人だったと言うことと併せて,初めて欧米以外で開催されたこのシンポジウムで,日本人の活躍ぶりが際だったことに大きな拍手を送りたいと思います。  養殖研究所からは,日光支所の生田博士を含めて多くの参加者がありましたが,中央水研からは私一人の参加でその他の水産研究所からは,北水研の松原博士,瀬戸内水研の持田博士,東北水研の栗田博士が参加されていました。栗田博士は,サンマの栄養条件と生殖特性に関する興味深いポスター発表をしていたのですが,資源魚類の成熟に関する発表が少ないのが少々残念そうでした。(前回のノルウェーでのシンポジウムでも彼は発表しており,そのときはWild fishというセッションがあったそうです)。
 私が関心を持っている成熟と環境条件(水温や日長等)の関係については,一時期はそこそこの数の発表が行われていたのですが,今回のシンポジウムでは発表も少なく,Plenary lectureの内容も目新しいことがあまり見あたらず,今ひとつ盛り上がりに欠けるようでした。これは,この分野の研究が実験に長い時間がかかり,効率の良い業績数アップを求める最近の風潮に合わないこと,分子生物学・バイオテクノロジー等の手法や成果を手軽に当てはめにくいことなどが原因と思われますが,応用上は未だに重要な問題ですので今後の発展を期待したいところです。この分野では,イギリスのBromage博士のグループがサケ科魚類を中心に精力的に研究を続けていましたが(生殖概年周期という不思議な現象について,まとまった研究を行っていたのもこのグループです),つい最近,博士が死去されたのも残念なことでした。
 私の方はと言えば,中1日のエクスカーションを除いてひたすら英語の講演聴講とポスター作成,(サテライト)ワークショップの準備をしていたので1日中頭の中が英語でイガイガ状態でした。エクスカーションでは伊勢神宮・おかげ横町巡りの後,真珠島,鳥羽水族館に足を伸ばしました。真珠島と鳥羽水族館は今までに何回も来たことがあるのですが,のんびりと魚を眺めることで,イガイガ状態の頭にとってはつかの間の休息となりました。私のプレゼンテーションはエクスカーション後の2回目のポスターセッションで行いましたが,ユトレヒト大学のGoos先生(Fish Physiology and Biochemistryの編集長をしているとっても偉い人です)から,例の2重免疫染色の写真について「きれいな写真だね」とお誉めの言葉をいただき,出発直前の苦労も報われる思いでした。
右手は筆者らのポスター(ほとんど免疫染色の写真ばかりです。2重染色にこだわった理由を感じていただけるでしょうか)。反対側は本シンポジウムのポスター。美しくかつ分かり易いデザインです(上の方でアップになっているのはウナギのレプトケファルス)。
 最後の日の午後はフェアウェルパーティーでした。会場は講演会場になっていた大会議室で,当然ながら階段状になっており,どうやってここでパーティーをやるのだろうと疑問に思っていたところ,開始の時間には真っ平らになっていたのには驚きました。料理は大きな舟盛りを正面に据えた大変豪華なもので,途中からは大太鼓の演奏も入って大いに盛り上がっていました。
 シンポジウムはこうして無事終了したのですが,私の方は,すぐ後に控えた(サテライト)ワークショップ「魚類の成熟に関する資源生物学的研究の現状と生理学的なアプローチの検討」(東北水研主催,於:松島)の準備で,帰りの電車の中も頭がイガイガ状態のまま悪戦苦闘しておりました。何とかそれも終えましたが,そちらの方の報告は栗田博士がどこかに書いてくださると思いますのでここでは省略します。
 最後に,このような素晴らしいシンポジウムを企画し,実行してくださった主催者の方々,特に,香川教授と彼の後を引き継いで委員長の大役を見事務められた養殖研の奥沢博士に感謝の意を表して終わりにします。
(生物機能部 生物特性研究室長)

Akio Shimizu
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