中央水研ニュースNo.33(2004...平成16年3月発行)掲載

【研究情報】
サルエビ種群の再検討と新種ナンセイサルエビの記載
阪地英男


写真. サルエビ(上)とナンセイサルエビ(下).
 サルエビTrachysalambria curvirostrisはクルマエビ科に属する体長10cm程度の小型のエビで,九州,瀬戸内海,三河湾,常磐沖などで水揚げされている。小型底曳き網漁業において,サルエビを含む小型クルマエビ科エビ類の水揚げ総金額は非常に高く,高級品のクルマエビよりむしろ重要な位置を占める。塩ゆで,むきえび,唐揚げなどで賞味され,えびせんべいなどの原料ともなっている。
 サルエビは水産重要種であるにも関わらず,分類学的に混乱していた。原記載には簡単な形態の説明があるだけで図が示されず,模式標本が火災により失われたことがその原因である。この混乱を解決するために,私は,独立行政法人水産大学校の林健一教授との共同研究により,サルエビ近似の種を分類学的に再検討した。その結果,インド-西太平洋区でサルエビと混同されてきた種群は1新種を含む6種であることが明らかとなった(1)。この論文が2003年5月発刊の日本動物分類学会の英文誌Species Diversity 8 (2)に掲載されたので,ここに報告する。
 サルエビは,伊豆半島の下田で採集されたものを模式標本として,アメリカ人の動物学者ウィリアム・スティンプソンによって,1860年に初めて記載された(2)。このときのサルエビの学名はPenaeus curvirostrisであった。スティンプソンは,1853~1856年に行われた北太平洋調査探検に参加しており,1855年にその前年に開港されたばかりの下田を訪れている(3)。彼は欧米人に開かれたばかりの極東の島国を探検し,奇妙な髪型の漁師から珍しいエビを手に入れたのだった。私は,テレビドラマで黒船来航のシーンを見るたびに,スティンプソン-仁王立ちする巨体のアメリカ軍人の後ろで漁師から魚介類を夢中で買いあさっている博物学者-を思い浮かべてしまう。下田の漁師にとって,サルエビは珍しくも何ともないエビであっただろう。
 スティンプソンは1872年に40歳の若さで没するまでに,甲殻類や貝類など合計948種を新種として記載した。その多くは日本沿岸で普通に見られる種であり,図鑑をめくれば必ず彼の名を目にする。それらの模式標本は彼自身が院長を務めたシカゴ科学院に保存されたが,大部分は1871年のシカゴ大火災によって失われてしまった(4)。下田で採集されたサルエビも失われたものの一つである。
 時が進み多くの種が知られるようになるとPenaeusは細分され,サルエビの学名もTrachypenaeus curvirostrisとなった。現在では,PenaeusはウシエビP. monodonやクマエビP. semisulcatusなどの属名として用いられている(5)。Trachypenaeusでもいくつかの種が新たに記載されたが,それらはサルエビのシノニムではないかという疑問が繰り返し示されてきた(6,7,8)。しかし,前述のように模式種であるサルエビの正体がはっきりしないため,この問題は棚上げとなってきた。
 1997年にクルマエビ科の属の整理が行われ,Trachypenaeusは生殖器の形態によって4つの属に細分された(5)。サルエビとその近似種はTrachysalambriaにまとめられ,サルエビの分類学的混乱の問題はこの属に引き継がれた。なお,属名が男性形から女性形に変わったため, asper → asperaのように種小名の語尾が変化してしまったものがあることに注意する必要がある。
 私は,1993年に高知に赴任し,土佐湾には4種のサルエビ属が分布していることを知った。これらは高知市内のスーパーで普通に販売されている。そのうちの3種はサルエビ,シラガサルエビT. albicoma,オキサルエビT. longipesの3種であることが知られていたが(9),もう1種はどうやら新種らしい。しかし,この種だけを記載しても,これまで同様に他の研究者からサルエビのシノニムとされてしまうのは必至であるため,サルエビ近似種すべての再検討が必要であった。このためには,土佐湾だけでなく世界中から多くの標本を取り寄せて比較検討する必要があったが,そのような仕事は私一人ではとてもできそうにない。そこで,我が国のエビ類分類の第一人者である林教授に相談し,共同で研究を進めることにした。
 我々は土佐湾産の標本をサルエビの新模式標本に指定し,その形態を詳しく記載した。それとの比較からサルエビ近似種として,日本近海から東南アジア沿岸,インド洋,地中海にかけて6種を認めた。土佐湾の4番目の種はやはり新種であり,中央水産研究所黒潮研究部の前身である南西海区水産研究所にちなんでナンセイサルエビTrachysalambria naiseiと名付けた。また,サルエビのシノニムとされてきたシラガサルエビ,アラサルエビT. aspera,オキサルエビ,ミナミサルエビT.palaestinensisの形態を詳しく記載し,サルエビとの違いを明らかにした。サルエビの新模式標本とナンセイサルエビの完模式標本は,国立科学博物館に保存されている。
 サルエビはクルマエビ科の中では最も寒冷な水域にまで分布する。瀬戸内海などで多獲されているサルエビ属は本種である。土佐湾など冬季でも浅海域の底層水温が15℃以下に下がらない温暖な水域では,サルエビに加えてシラガサルエビ,オキサルエビ,ナンセイサルエビが分布する。アラサルエビは台湾,東南アジア,インド洋に,ミナミサルエビは紅海,スエズ運河,東地中海に分布する。
 この研究によって,我々はサルエビとその近似種の分類学的混乱をほぼ解決したと考えた。しかし,甲殻類分類の権威であるパリ自然史博物館のコニエ博士からの私信によると,アフリカ東岸にはまだ新種があるらしい。海の中には未知の生物がまだたくさん残っているのだ。
(黒潮研究部 資源生態研究室)
引用文献
(1) H. Sakaji and K. Hayashi: A review of the Trachysalambria curvirostris species group (Crustacea: Decapoda: Penaeidae) with description of a new species. Species Diversity 8, (2): 141-174, 2003.
(2) W. Stimpson: Prodromus descriptionis animalium evertebratorum quae in expeditione oceanum Pacificum Septentrionalem a Republica Federata missa, C. Ringgold et J. Rodgers ducibus, observavit et descripsit. Proceedings of the Academy of Natural Science, Philadelphia 12: 22-48, 1860.
(3) 山口隆男,馬場敬次:シーボルト(およびビュルケル)収集の甲殻類標本。Appendix II-II甲殻類研究に貢献した3名の学者.pp. 551-562. In: 山口隆男(編)シーボルトと日本の博物学.日本甲殻類学会.pp. 731, 1993.
(4) A. C. Evans: Syntypes of Decapoda described by William Stimpson and James Dana in the collections of the British Museum (Natural History). Journal of Natural History 1: 399-411, 1967
(5) I. Perez-Farfante and B. Kensley: Penaeoid and sergestoid shrimps and prawns of the world. Keys and diagnosis for the families and genera. Memoires du Museum National d'Histoire Naturelle 175: 1-233, 1997.
(6) L. B. Holthuis: FAO Species Catalogue. Vol. 1. Shrimps and Prawns of the World. An Annotated Catalogue of Species of Interest to Fisheries. FAO Fisheries Synopsis, (125) Vol. 1. FAO, Rome, 261 pp, 1981.
(7) W. Dall, B. J. Hill, P. C. Rothlisberg and D. J. Staples: The biology of Penaeidae. Advances in Marine Biology 27: 1-489, 1990.
(8) T. Y. Chan: Shrimps and prawns. pp. 852-971. In: Carpenter, K. E. and Niem, V. H. (Eds) FAO Species Identification Guide for Fishery Purposes. The Living Marine Resources of the Western Central Pacific. Volume 2 Cephalopods, Crustaceans, Holothurians and Sharks. FAO, Rome, 971 pp, 1998.
(9) K. Hayashi and M. Toriyama: A new species of the genus Trachypenaeus from Japan (Crustacea, Decapoda, Penaeidae). Bulletin of the Nansei Regional Fisheries Research Laboratory 12: 69-73, 1980.

Hideo Sakaji
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