中央水研ニュースNo.33(2004...平成16年3月発行)掲載

【研究情報】
マダイとゴウシュウマダイの判別について
大原一郎



上はマダイ(近畿大学水産研究所のホームページより),下はゴウシュウマダイ(片岡鮮魚店(新潟市)のホームページより、背鰭・胸鰭等は魚体に隠れている)
 新JAS法の施行,および消費者の食に対する安全性意識の高まり等を背景に,魚介類についても種判別,原産地確認の必要性が高まっています(ニュースNo.30,水産物の表示制度と科学的検証技術,高嶋康晴を参照して下さい)。それらに応えるため,魚介類の原産地特定に寄与する研究が必要とされています。ここでは筆者が取り組んで来ました,マダイとゴウシュウマダイの判別を一例として取り上げて見たいと思います。
 マダイとゴウシュウマダイの判別というのは種判別であって,原産地特定にはあたらないのではないかと思われる皆さんも多いのではないかと思います。確かにマダイにはPagrus major,ゴウシュウマダイにはPagrus auratusという学名が与えられております。しかしながら,両者の遺伝的距離の近さから,両者を同種の別亜種とすべきだという論文も出ており,その点においてはまだ結論が出ておりません。いずれにせよ,両者が原産地を異にすることは確かです。マダイは日本近海から東シナ海に至る北半球に,ゴウシュウマダイはオーストラリア沖からニュージーランド沖にかけての南半球に生息し,両者の生息地に重なりはありません。
 最近,空輸で生鮮のゴウシュウマダイが日本の市場に出回るようになったとのことです。ゴウシュウマダイの場合は原産地を偽装して,北半球のマダイとして消費者に販売される恐れがあります。そこでDNAを用いた方法でマダイとゴウシュウマダイの判別法を確立することを目的に実験を行ないました。具体的には,ミトコンドリアDNAの制御領域と呼ばれる領域の塩基配列を決定しました。この領域についてはすでにTabata and Taniguchi(2000)によって,マダイとゴウシュウマダイの塩基配列が報告されています。従って,得られた配列を既報の配列と比較することによって,マダイとゴウシュウマダイの区別がつけられるのではないかと考えたわけです。
 生鮮タイ試料は,4匹を近郊の量販店で購入しました。紀州産など日本近海産マダイという原産地表示がありました。もう1匹のタイ試料は神奈川県生活共同組合から入手したもので,ニュージーランド産マダイと表示されていました。原文のままゴウシュウマダイのはずです。マダイの価格はゴウシュウマダイよりも高価なので,日本近海産マダイをわざわざ安いゴウシュウマダイと詐称することは考えられないと思ってよいでしょう。
 各試料から普通筋(白身)を25ミリグラム程度採取し,特別な緩衝液で筋肉を溶かしてDNAを抽出しました。得られたDNAを鋳型としてPCRと呼ばれる反応を行ない,ミトコンドリアDNAの制御領域の約半分を含む650塩基対の領域を増幅して得ました。このPCR産物を各々精製してシークエンシング反応を行ない,得られた塩基配列相互およびTabata and Taniguchi (2000) で報告されている配列との類似性を評価しました。評価に際しては系統樹作成プログラムMEGA2を用いました。
 その結果,得られた系統樹を図に示します。ここでmc,mv2,mv3はTabata and Taniguchi (2000)による報告でのマダイの塩基配列を,またac,avは同じくゴウシュウマダイの塩基配列を表しています。一方,tai1,tai4は日本近海産マダイの表示のあったタイ試料より得られた塩基配列を,またtai5はニュージーランド産マダイと表示のあったタイ試料より得られた塩基配列を表しています。スケールの0.005というのは遺伝的距離です。
 これを見ると,日本近海産の表示のあったタイ試料(tai1,tai4)は,既報のマダイとクラスターを形成し,ニュージーランド産と表示されていたtai5は,既報のゴウシュウマダイとクラスターを形成する事がわかります。2つのクラスターの分岐点にある99という数字は,ブートストラップ確率99%と申しまして,この確率で2つのクラスターへの分類が支持されるということです。すなわち,図のどちらのクラスターに属するかで,マダイ(北半球産)かゴウシュウマダイ(南半球産)かを区別できることが判りました。今回買い上げた試料に関しては,tai1とtai4がマダイ,tai5がゴウシュウマダイと,表示通りの結果となりました。このようにして,形態でもほとんど区別のつけにくいマダイとゴウシュウマダイを,分子レベルで判別可能であることが明らかになったわけです。
 余談ですが,図には量販店で購入したtai2,tai3が示されてありません。これは実は,tai2,tai3がマダイでもゴウシュウマダイでもなかったからです。ミトコンドリアDNA制御領域の塩基配列の類似性は,マダイどうし,ゴウシュウマダイどうし,およびマダイ-ゴウシュウマダイ間では95%以上あるはずですが,tai2,tai3の場合,マダイやゴウシュウマダイと60%の類似性しかありませんでした。その上,配列が50塩基以上短いのです。驚いて中坊徹次先生の日本産魚類検索を取りだし,生物生態部の方々にもお願いして調べていただいた結果,tai2とtai3はチダイであることがわかりました。水研センターの職員でありながらマダイとだまされてチダイを購入してしまったのは恥ずかしいことではありますが,素人には区別のつきにくいタイがあることから,原産地表示のみならず種表示の信憑性の問題も重要だと再認識させられました。
 本稿を終えるにあたり,生物生態部の資源管理研究室の方々に感謝申し上げます。
(利用化学部 素材化学研究室長)

図.マダイとゴウシュウマダイの系統樹
mc,mv2,mv3:Tabata and Taniguchi (2000)による報告でのマダイの塩基配列,
ac,av:Tabata and Taniguchi (2000)による報告でのゴウシュウマダイの塩基配列,
tai1,tai4:日本近海産マダイの表示のあったタイ試料より得られた塩基配列,
tai5:ニュージーランド産マダイと表示のあったタイ試料より得られた塩基配列。
スケール:遺伝的距離,99:ブートストラップ確率99%

Ichiro Oohara
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