中央水研ニュースNo.33(2004...平成16年3月発行)掲載

【巻頭言】
着任の挨拶
松里寿彦

 前任地では,午前4時半,海面が少し明るくなりかけた頃,ベランダの近くで鶯の声。それに近くの漁港を出入港する漁船の交信の音。うつらうつらしているうちに午前五時のサイレン。一方,新任地の横浜は,都会化が進み,昼夜の別を失い,そのためか,夜の10時頃,突然の寝惚けた蝉の声。
 平成13年4月,全国,北は釧路市から南は石垣市まで分布する9水産研究所,3支所,3隔地部,1分庁舎を統合して新しく「水産総合研究センター」として発足し,手探りで独立行政法人の道を歩み始めたところに,平成15年10月から,それぞれが個性豊かな二法人「海洋水産資源開発センター」及び「日本栽培漁業協会」が「水産総合研究センター」に統合され,また新たな歩みを始めることになりました。激動の時代とはいえ,度重なる組織の改編は,本来業務に少なからざる影響が出るのではと懸念されましたが,実際は,細波一つ立ちません。勿論,統合作業の当事者達や,独立行政法人発足と同時に作られた本部の者は大変な思いをさせられましたが,本来業務である調査研究は支障なく進められており,今回の三法人の統合でも,当初は多少ギクシャクするでしょうが,それぞれが担ってきた業務が滞るとは考えられません。研究や調査のプロフェッショナルな者の組織なのだから当然といえば当然なのでしょうが,組織を構成する者の質の高さを多少は自慢したくもなります。そのうえ,今回の二法人統合とは別に,水産研究所では独立行政法人化と同時に中期計画に沿って,より効率的な組織を目指し,それぞれの研究所の持つ特性に合わせ,組織改革に取り組んできました。養殖研究所は,研究部を統合し,大型化するとともに,永年親しんだ専門研究室を廃止しグループ・チーム制に移行しましたし,瀬戸内海区水産研究所も内部組織を見直し,沿岸の環境に関する専門研究所にふさわしく,「生産環境」「赤潮環境」「化学環境」の三部建てとし,専門部の任務分担を明確にしました。また,西海区水産研究所は,「有明海,八代海特措法」に対応し,従来の部・室に加え,「有明海,八代海漁場環境研究センター」を立ち上げました。このような組織改革は,一見,無秩序のように見えるかもしれませんが,各研究所がそれぞれの責任を自覚し,それぞれの特性に合わせて,より効率的な研究を行うために自ら考え実行しているもので,従来の組織改革とは異なり,独立行政法人化のメリットを充分生かした新しい改革の方向と思っています。激動の時代にあっては,自らの組織の構成員の能力を信じ,時代に沿った対処法を考え出し,速やかに実行していくことこそ,生残のための基本的戦術でしょう。例えるなら,刻々と水嵩を増す激流を乗り切るためには流れに棹さすことも時には必要でしょうが,岩に激突し,破船,沈船とならないために,流れをうまくとらえ,的確に操船することこそ一番大切であることは「水の民」である我々の共通の知恵というものです。また,変化の激しい時代は,変化の方向を各自が的確に認識する努力が求められます。自分なりに時代のトレンドを把むためには,研究者は,自らの専門分野の情報のみで満足することなく,社会の動きにも敏感に反応し,積極的に情報を集め解析する能力を身につけることも併せ期待されます。言い換えると,今の時代,一芸に秀でているだけでは脱落の可能性があり,この予測不能な困難な時代を生き抜くには,本業以外にも二芸,三芸に秀でていることが求められているということでしょう。
 一年半振りに戻った中央水産研究所では,電子ジャーナルの導入とか,図書情報の建て直し,研究組織の見直しなど,ようやく前向きで建設的な改革への意欲が感じられ,正直なところ少しホッとしています。数年前より,自らの反省を含めて「規模が大きいことは,この激動の時代,生残のためにはむしろ不利である。試験研究機関は実力こそ全て。実力の無い研究所は滅亡するしかない。」などと乱暴なことを言ってきましたが,本音は,「中央水産研究所こそが新しい水産総合研究センターの中核研究所になることが今強く求められているという自覚が必要である。」と思っています。
 前任地は自然に恵まれ,野生の動物にも度々遭遇します。夜道で猪に衝突したり,可哀そうにもタヌキやヘビを車で傷付けたり,そのかわりに百足にかまれたりしましたが,ある朝,庭木のスズメの不思議な行動を見ました。二羽のスズメが交代で枝を揺すり,小さなガを追い出し,それを捕らえていました。小鳥ですら生きるために必死で工夫しているのですから,我々はもっと努力するのは当然と思っています。
(所長)

Toshihiko Matsusato
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