中央水研ニュースNo.32(2003...平成15年7月発行)掲載

【研究情報】
エビ生産低迷後のフィリピンにおける汽水域養殖業の動向
松浦 勉

JIRCAS国際プロジェクトの内容
 アジア地域のマングローブ汽水域養殖においては,マングローブ林を維持しつつ,自然循環機能を生かしながら,地域住民の所得確保に貢献する持続的漁業生産システムの構築が求められている。JIRCAS(国際農林水産業研究センター)は,このようなマングローブ汽水域での持続的生産システムの導入を図る観点から,地域漁業経営の実態を把握するとともに,同システムの地域への普及の可能性とその条件を解明するために,「マングローブ汽水域の持続的魚介類生産システム導入による経営・経済便益等の解析」(2001~2005)を実施している。
 2001年にJIRCASとSEAFDEC/AQD(東南アジア漁業開発センター/養殖部局,フィリピン・イロイロ州)の間で合意した研究計画に基づき,筆者は2002年5月19日~6月28日(41日)の間,フィリピンにおける汽水域養殖全般の動向調査を行うため,汽水域養殖の盛んな4つの地方(国内を12の地方(Region)に区分)における39の養殖経営体に対する面接調査を実施した。地方別の州は,Region1のパンガシナン州,Region3のブラカン州とパンパンガ州,Region6のイロイロ州,カピス州,アクラン州,アンティケ州,ネグロスオクシデンタル州,Region7のセブ州とボホール州の計10である。また,調査対象魚類は,ミルクフィッシュ(milkfish),エビ(tigerprawn),カキ(oyster),グルーパー(ハタの類,grouper),カニ(mudcrab)の5魚種である。
魚種別の生産状況の推移

図1.フィリピンの汽水域における魚種別生産量の推移
フィリピン水産統計より
 図1に,上記5魚種の生産量が多い汽水池(fishpond)における養殖生産量の推移(1983~2001年)を示した。ミルクフィッシュの生産は,1991年214千トンに達した後,エビ養殖への転換により減少したが,その後エビからミルクフィッシュへの転換が行われ,2000年以降再び増加して,2001年は204千トンになった。エビの生産は,1994年にピークの90千トンになったが,その後,病気の発生により1997年以降減少し,2000年以降増加傾向にある。カキは1983年が11千トンであり,2001年は18千トンでピークに達した。グルーパーは1994年には2千トンであったが,その後減少した。カニは1993年が5千トンであり,その後増減を繰り返しながら推移している(なお,汽水池以外の養殖生産量については,長期間(1983~2001年)にわたる資料がない)。

図2.フィリピンの汽水域における魚種別魚価の推移
フィリピン水産統計より
 図2に,汽水域養殖業における上記5魚種の魚種別魚価の推移を示した。ミルクフィッシュは1983年は13ペソ(1ペソ=2.3円),1997年はピークの58ペソであり,この間にわずか45ペソしか値上がっておらず,1998年以降価格が若干低迷している。一方,エビは,1983年は90ペソ,1998年はピークの298ペソとなり,この間200ペソ以上高くなった。また,グルーパーとカニの価格は1997年以降高騰し,カキは年変動が大きい。
魚種別の養殖形態の比較

表1.フィリピンの汽水域養殖業における魚種別養殖形態の比較

粗放式:無給餌または少量給餌, 集約式:大量給餌,  準集約式:粗放式と集約式の中間
 表1に,上記5魚種の魚種別養殖形態の比較を示した。集約式によりミルクフィッシュとグルーパーが,準集約式によりミルクフィッシュ,エビ,グルーパーが,粗放式によりミルクフィッシュ,エビ,カキ,カニが各々養殖されている。ミルクフィッシュは,魚価が長期的に低迷しているため,汽水池を利用した粗放式養殖は収入が少ない。このため,最近,ミルクフィッシュの生産性を高めるため,ペン(fishpen,竹を支柱としてこれを網で囲ったもの)や小割式(fishcage)の集約式養殖を行う経営体がみられる(写真1)。2000年の養殖方法別の生産量は,汽水池養殖が170千トン,淡水ペン養殖が13千トン,汽水ペン養殖が5千トン,汽水小割式養殖が2千トンであった。

写真1.ミルクフィッシュの集約式ペン養殖場
(カピス州Roxas地区)
 エビの生産量は,病気の発生により1997年以降激減したが,2000年以降増加傾向にある。エビはミルクフィッシュに比べて価格がかなり高いことから,エビ養殖は病気が発生しなければ多収入を得ることができる。近年,ティラピアの飼育水を用いた養殖方法(Corre教授(フィリピン大学)が考案,以下「Corre方式」という)が,エビの病気を抑制する効果のあることが明らかになった。しかし,Corre方式は,ティラピアを飼育するために,0.5~1haのコンクリート池が多数必要である。このため,主に企業的経営体が1999年頃からCorre方式によるエビ養殖を行っている。カキ養殖は,地域別生産量に年変動があるが,多数の漁村貧困者の安定した収入源となるために,最近推奨されるようになった。グルーパーは,1997年から魚価が上昇したため,小割式を用いた集約式養殖が増えた。カニは,1997年からの魚価の上昇や汽水池の水質環境が改善されたため,粗放式養殖が増えた。
新たな養殖技術の導入

写真2.エビ養殖場の底質改善
(ボホール州Maribojoc地区)

写真3.グルーパー養殖の天然種苗
(ネグロスオクシデンタル州Pulupandan地区)
 病気の発生によるエビ生産の低迷後,汽水域養殖に導入された新しい養殖技術として,エビ養殖の魚病対策,新しい魚種の導入,集約式養殖の導入の3つがある。
エビ養殖の魚病対策は,エビから他魚種への転換,養殖施設の改善の2つがある。前者は,エビ養殖から給餌型のミルクフィッシュ養殖への転換や,同じ池でエビ(単養)とミルクフィッシュ(単養)を交互に飼育することなどである。また,後者は,先のCorre方式の導入によるティラピア飼育池の設置や,養殖場の底質改善(写真2)などである。
新しい魚種の導入について,これまでの汽水域養殖はミルクフィッシュとエビが主体であったが,魚価の上昇したグルーパー,カキ,カニが汽水域養殖の対象魚種として新たに積極的に養殖されるようになった。グルーパー(写真3)は小割式を使用した集約式により,カニは汽水池における混養や植樹と合わせて汽水池の中でペン養殖を行っている。
集約式養殖の導入は,特にミルクフィッシュにおいて見られる。ミルクフィッシュ価格が低迷する中,従来は粗放式や準集約式により養殖されていたが,最近では,ペンや小割式の集約式により高い生産性の養殖が行われている。
養殖経営形態の類型化
 現在のフィリピンにおける汽水域養殖は,生産性の観点から,生産性増大型,生産性低下型及び現状維持型の3つに類型化できる。
生産性増大型は,グルーパーの小割式とミルクフィッシュのペンと小割式による集約式の養殖である。ある個人経営のグルーパー養殖業者は,グルーパー価格の上昇に伴い小割式の台数を,1993年の20台から2002年には156台に増加した。また,河川におけるミルクフィッシュのペン養殖では,集約式により111トン(トン/ha/年)の高い生産を行い,養殖面積を拡大している。生産性増大型は,投餌作業に多くの人手を要するので,就業の場が少ない漁村において新たな雇用を創出するという利点がある。
生産性低下型は,エビからミルクフィッシュへの転換とエビの病気対策を講じた養殖である。ある個人経営体は,1980年代には準集約式のエビ養殖により相当の利益を得たが,1990年代になって,エビ病気の発生や台風に伴う洪水により全養殖エビを散逸させる損害を受けたので,コストの少ない準集約式のミルクフィッシュ養殖に転換した。また,ある企業経営のエビ養殖業者は,1998年病気によりエビ生産量が減少したため,病気対策として,エビとミルクフィッシュを同じ池で交互に単養している。この結果,エビ生産量は1995~1997年までは70トン台前後,2000~2001年は20~30トンに減少したが,病気の発生を抑制できた。生産性低下型は,エビ病気の発生による大きな損失を回避するための経営である。
生産性現状維持型は,粗放式や準集約式によるミルクフィッシュ養殖と粗放式によるエビ養殖である。ある個人経営のミルクフィッシュ養殖業者は,10~20haの比較的広い養殖池を有しており,無給餌の低コスト養殖を行っている。単位面積あたりの収入は少ないが,面積が広い上に人手がかからないので,一定の利益を安定的に得ることができる。また,マニラ湾に面した汽水池を使用するエビ養殖は,大量の生活排水の影響により水質が悪く,エビの病気が発生しやすい環境にあるため,エビとミルクフィッシュの混養による粗放式を行っている。ミルクフィッシュは鰭が大きいためエアレーション機能を有しているので,ミルクフィッシュとの混養はエビの斃死防止に役立つ。コストが少ないので,エビが斃死してもミルクフィッシュの収入により経営を維持できる。生産性現状維持型は低投資による低収入型の経営である。
養殖魚の大量斃死
 2002年2月にフィリピン国内で少なくとも養殖魚の大量斃死が3カ所発生したことが,今回の調査により明らかになった(うち,Bolinaoの事例は新聞報道による)。パンガシナン州のリンガエン湾の湾口にあるBolinaoでは,集約式のミルクフィッシュ養殖が行われており,ミルクフィッシュの大量斃死が発生した(約10億円の損害)。また,同じリンガエン湾の湾奥にあるBinmaleyの河川では,集約式のミルクフィッシュ養殖が行われており,下流域の養殖カキが斃死した(写真4)。カピス州のRoxasでは,集約式によるミルクフィッシュやグルーパーの養殖が行われており,エビ,カニ,ミルクフィッシュが斃死した。これらの地区においては,いずれも集約式による大量投餌が最近行われるようになり,水質が悪化したことが大量斃死の一因と考えられる。 写真4.大量斃死後のカキ養殖場 (パンガシナン州Binmaley地区)
 一般的に,大量斃死は複合的な要因が重なった時に発生するものである。フィリピンでは1991年に新しい地方自治法が制定され,その中で,汽水域養殖に関する規制や取締の権限は中央政府から地方自治体(市や町)に移譲された。しかし,現在のところ,これらの規制や取締に対する取組は,地方自治体間の格差が大きく,たとえば,河川に設置されるペンの規模などの規制が遵守されていない自治体があり,このことも大量斃死の一因と考えられる。
 フィリピンでは,1980年代以降マングローブの養殖池への転用による環境悪化,過密養殖等に起因する疾病に対する薬剤の多投がみられ,環境面及び経済面からの問題が発生した。そして,1990年代半ばのエビの大量斃死をきっかけとして,エビを主体とした養殖から環境にやさしい持続的な養殖への転換が図られてきた。しかし,一方で,養殖業の振興や漁村において就業の場を創出するために,ミルクフィッシュやグルーパーの集約式の養殖が推奨されたことから,2002年2月になって再び養殖魚の大量斃死が発生したものと思われる。
今後の研究計画
 今回の調査において,養殖経営体のコストや生産額については,調査対象者が十分な資料を有していないことが多く,数値データがあまり得られなかった。このため,今後の調査においては,比較的数値データを有している企業経営体を対象に詳細な調査を行う必要がある。また,大量斃死が発生した地区を対象に,集約式養殖の実態調査を行う必要がある。なお,今回の調査の実施にあたり,SEAFDEC/AQDの社会経済課研究者Susana V. Siar,Didi B. Baticados,Nerissa D. Salayo及びJorge H. Primavera各氏の協力を得た。
(経営経済部 比較経済研究室長)

Tsutomu Matsuura
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