中央水研ニュースNo.31(2003...平成15年3月発行)掲載

【研究情報】
魚類の生殖腺刺激ホルモンに関する話題
-最近の研究成果と将来の資源生物学への応用-

清水 昭男

 魚類(真骨魚類)の多様性
 真骨魚類は種類数が約25,000(日本産約3,000)と,脊椎動物の中では群を抜いて多いことが特徴です。また,形態や生息域の多様性が大きいことも特色です。ハゼの一種のように成魚の全長1cm足らずのものから,マンボウ,マグロ,カジキ類のように全長数メートル,体重数百キログラムに達するものまであります。生息水域も,淡水や汽水,熱帯の珊瑚礁域から,極地の海,波打ち際から数千メートルの深海に及ぶものがあります。生殖様式も非常に多様です。純粋な卵生魚から完全な胎生魚,普通の雌雄異体から,幼時雌雄同体,雌性先熟雌雄同体,雄性先熟雌雄同体,同時的雌雄同体,雌性発生を行なう天然のクローン魚,自家受精を行う雌雄同体のクローン魚等があります。産卵期も周年のものもあれば,春夏秋冬いずれの季節においても対応する繁殖期を持つ種類があります。また,産卵頻度に関しても,サケのように一生に一度しか産卵しないものから,マダイやシロギスのように一ヶ月以上あるいは数ヶ月もの間毎日産卵を続けるものまであります。これら多彩な生殖現象の存在は,学問上興味深くかつ応用上も重要な問題です。

 水産業と生殖生物学
 日本の水産業の特徴として産業対象種の数の多さが挙げられますが,多くの重要産業種において,生殖生物学的基礎知見が決定的に不足しています。例えば,つい最近毎日産卵魚であることが明らかになったキダイ(1)の場合では,長い間産卵回数は春秋各1回と考えられてきました(2)。再生産の推定量に2桁近い差があったことになります。このような誤差を放置していては再生産関係を考慮した資源管理は絵に書いた餅になりかねないでしょう。
 産卵量の推定は卵径分布の測定や卵巣の一般組織学的観察等で可能ですが,これだけでは限界があります。例えば,資源管理の教科書には「年間産卵量は魚種によって決定型と非決定型とがあり,非決定型では毎年推定する必要がある」と書いてあるのみですが,総産卵数の推定のためのサンプリングを毎年行うのは莫大な手間と費用がかかります。しかし,総産卵数を決定する各種のパラメーターについて変動要因が明らかとなれば,毎年のサンプリングを行わなくても,計算により評価が可能となるでしょう。また,卵巣の観察のみでは,現在の状態は判断できても将来のこと,例えば成熟が進行しているのか退縮に向かうのかを判断できるとは限りません。このようなことは生殖内分泌中枢の活性を調べることで判断できる可能性があります。
 多回産卵型の重要資源魚類において各種の生殖現象をコントロールするメカニズム,すなわち,一回の産卵数,産卵回数,産卵間隔,卵サイズ,産卵期の開始時期と終了時期等が何によって決まるのかという問題については今のところほとんどわかっていないと言っても過言ではありません。しかしながら今後は,資源管理のみならず効率的な種苗生産の立場からも,これらの現象が生殖内分泌系によってどのようにコントロールされているかを明らかにしてゆくことが重要です。

 生殖と生殖腺刺激ホルモン
 多彩な生殖現象のキーポイントとなっているのが脳下垂体から放出される生殖腺刺激ホルモン(GTH)です。GTHは2種類のサブユニット(a鎖とb鎖)よりなる分子量3万~4万の糖タンパク性のホルモンで,各サブユニット内には多くのS-S結合(イオウ原子間の共有結合)があり,サブユニット間は非共有結合的な力により結ばれているという特徴があります。
 GTHの働きは名前のとおり生殖腺を刺激することであり,生殖現象に関してこのホルモンが非常に重要であることは,成魚の脳下垂体を摘出すると直ちに生殖腺が退行を始め,最終的には極めて未熟な状態になってしまうという古くからの実験結果からも明らかです。
 哺乳類では脳下垂体中のGTHにはFSH(濾胞刺激ホルモン)とLH(黄体形成ホルモン)の2種類があることが古くから知られています。その名前のとおり,FSHは濾胞の発達を促進し,LHは排卵を促す働きがあります。
 他の四足動物においても2種類のGTHの存在が次第に明らかとなりましたが,魚類における2種類のGTHの発見は比較的近年のことで,1988年にシロザケ脳下垂体より初めてFSHに対応するGTH IとLHに対応するGTH IIとが得られました(3)。それより10年以上が経過し,サケ科魚類については,分泌細胞の同定,血中ホルモン量の測定,生物活性の評価等がなされ,大きく研究が進みました。その結果,サケ科魚類の後期成熟過程におけるGTHの動態と役割についてはかなりのところが明らかになってきています(4)。雌魚においては,生殖腺発達の時期には血中のホルモン濃度,脳下垂体中のmRNA量ともにFSHの値が高く,最終成熟の時期には血中濃度,mRNA量ともにLHの値が高いことが知られており,生物活性の測定結果と合わせて,FSHが卵黄の合成と蓄積,LHが卵の最終成熟と排卵に主として働くものとされています。また,他の魚でも,LHに関しては研究の歴史が比較的長いこともあって知見の蓄積がかなりあります(4)。これによれば,調べられた範囲ではサケ科魚類においてと同様に卵成熟と排卵を効率的に誘発し,その作用は黄体ホルモン系のステロイドホルモンを介するということが明らかとなっています。種苗生産の現場において,親魚の産卵誘発に脳下垂体抽出物やhCG(妊婦尿より抽出される胎盤性のGTH,LHに類似の作用がある)を用いるのはこれを利用したものです。しかしながら,サケ科魚類以外の魚におけるFSHの役割に関しては全くと言っていいほどわかっていないのが現状です。

 サケ科魚類以外の魚種におけるFSHの役割―生殖生理学上の巨大な空白地帯
 サケ科魚類以外でFSHの役割が不明である原因の一つとして,今までFSHの精製がなされてきたのは大型でしかも大量入手の容易な魚種(マグロ,ブリ,カツオ,コイ,マダイ等)に限られており,小型実験魚における研究がされてこなかったことが挙げられます。サケ科魚類は典型的な一回(または年一回)産卵型の魚類であり,多回産卵魚とは生殖特性が大きく異なるため,魚類全般にサケ科魚類の結果を当てはめるのは無理があります。このため,魚類のFSH研究に関しては生殖生理学上の巨大な空白地帯と言うべき状況が生じています。このことが,先に述べた,多回産卵魚における多彩な生殖現象のコントロール機構が不詳であることの一因となっていることは明らかです。
 マダイについてはFSHが得られている魚種の中では小ぶり(とはいっても成魚は最低でも1kg近く)なためもあって,GTHの生物活性の検討や成熟に伴うGTHメッセンジャーRNA (mRNA)の定量が試みられました(5)。その結果マダイFSHは卵成熟誘起活性を持たず,ステロイド産生能も非常に低いこと,雌においては,脳下垂体中のmRNA量は未熟期から産卵期を通じて低いことが明らかとなり,かなりの話題となりました。これに対してLHは卵成熟誘起能と強いステロイド産生能を持ち,mRNA量は生殖腺の発達時期,産卵期ともに高いことも明らかとなりました。すなわちサケ科魚類とは大きく異なるということです。しかしながら,FSHの役割についてはさらに不明となった感があり,マダイの雌では何もしていないのではないかという意見(5)すらあります。
 いずれにせよ,小型実験魚を含む多様な魚種におけるFSHの精製と,それに続く定量法の確立,機能の解明は急を要する問題です。

図1.マミチョグGTH混合物の疎水クロマトグラフィー(東ソーTSKgel Butyl-NPR カラム)による分離.
前のピークがFSHに,後のピークがLHに相当する.
 マミチョグにおける2種類のGTHの単離精製
 1998年度の当所重点基礎研究に採択されたことで,筆者(当時環境保全部)は山下倫明博士(当時生物機能部)と共同でマミチョグ(アメリカ原産のカダヤシ目の広塩魚)GTHの本格的な精製に着手しました。なぜマミチョグを選んだかと言う理由は二つあります。一つは言うまでもなく,マミチョグが実験魚としての優れた適性と環境保全研究における実績を持っていたこと,もう一つはその系統的位置です。マミチョグは後述するように多くの産業種が含まれる棘鰭上目と呼ばれる巨大な分類群に属しています。従来からタンパク質ホルモンの研究では,系統差による分子の違いという壁に阻まれて,実験魚における成果と産業種への応用との溝がなかなか埋まらないことが問題だったのですが,それをできるだけ軽減したいと考えたからです。このもくろみは見事に当たって,後に述べるユニバーサル抗体開発に関する試みにつながりました。
 先に述べたように今までGTHが精製されたのは大型種がほとんどであり,LHすらも小型実験魚における精製の報告はありませんでした。もちろん,ホルモンは組織中に微量しか含まれず,その精製は魚体が大きければ大きいほど有利であるからです。しかしながら,近年の分子生物学的手法やクロマトグラフィー技術の発達は,マミチョグのような小型魚からもGTHの精製を可能としました(6)。やや冗長となりますが,このとき行なった試行錯誤は他の魚種でGTH精製を試みる場合にも参考になると思われますので,少し詳しく書くことにします。
 具体的なポイントは二つあります。一つはcDNA(mRNAを鋳型として得られるDNA,この配列から対応するタンパク質のアミノ酸配列を推定することができる)塩基配列情報を利用した抗ペプチド抗体の利用です。従来の精製方法では精製過程で得られる多数の画分の検定にかなりの試料を費やしており,また,FSHとLHを簡便に区別する方法もありませんでした。今回は,cDNAから推定されたアミノ酸配列の中からFSHとLHそれぞれに特異的な領域を選んでペプチドを合成し,これをウサギに注射して免疫することにより,FSHとLHを完全に区別することができる抗体セットを得ることができました。これを用いてイムノブロッティングを行うことにより,少量のサンプルでしかも短時間に画分の検定ができるようになりました。マミチョグ脳下垂体抽出液を,GTHの精製において通常用いられる方法である陰イオン交換クロマトグラフィーとゲル濾過クロマトグラフィーの組み合わせによって分画し,イムノブロッティングを用いて検定することによって,ほぼマミチョグFSHとLHのみを含む画分を得ることができました。
 しかし,実はここからが難関でした。FSHとLHを分離する方法が見つからないのです。通常用いられる塩濃度勾配による陰イオン交換クロマトグラフィーでは,LH,FSHとも明瞭なピークを示さずに非常に幅広いバンドとなって溶出し,しかもそのバンドはほとんど重なり合っていました。これではこの方法はあきらめざるを得ません。次に試したのは,いくつかの魚種で報告のある,中性または塩基性条件における逆相クロマトグラフィーです。これではFSHとLHの免疫活性は明瞭に分かれました。しかし,両画分をゲル濾過クロマトグラフィーにかけてみると,FSHはそのままですが,LHの方は生物活性のないサブユニットに完全に解離してしまっていることが判明しました。カラムや溶出液の組成を変えて色々試してみましたが,結果は同じでした。そこで最後の手段として,GTHの精製に関してはこれまで全く報告のなかった二つの方法,ヒドロキシアパタイトクロマトグラフィーと疎水クロマトグラフィーを試してみることにしました。結果としては両方ともFSHとLHを無傷で分けることができました。ヒドロキシアパタイトの方は極めて微妙な溶出条件が必要なこと,分離可能な溶出条件はカラムを痛めることが判明したため,本格的な精製には疎水クロマトグラフィーを用いることにしました。これが二つ目のポイントで,これによってめでたくマミチョグFSH及びLHの標本を得ることができました(図1)。
 この成功の意義は,小型実験魚においてもGTHの精製が可能であることを実際に示したことにあると思っています。GTHの精製は最終目標ではなく,定量法の開発と機能の解析という次のステップへの一段階であるということは言うまでもありません。現在の技術では新鮮な脳下垂体が1個あれば,GTHのcDNA塩基配列が決定可能だと言われていますので,上記の二つのポイントがそのまま適用できれば,事実上全ての産業種についてGTHの精製とそれに続く機能と動態の解明が簡便な方法で実現可能になったと考えてよいでしょう。実験動物として有名なメダカやゼブラフィッシュ等の小さな魚種ではこの方法を用いても天然ホルモンの精製は難しいので,遺伝子工学的方法を用いてトランスジェニック魚類や酵母等から生産する方が現実的だと思われます(7)。GTHの遺伝子工学的生産には,活性に糖鎖が不可欠であること,a鎖とb鎖を両方とも発現させねばならず,しかも両者を会合させなければならないこと,サブユニット内に約5個もあるS-S結合を正常に形成させなければならないことなど多くの困難な問題がありますが,この方面についても改良が進んでいるようです(8,9)。

写真1.二重免疫染色法で染色した成熟マミチョグ雌魚の脳下垂体(前葉主部).
FSH細胞は濃青色に,LH細胞は褐色に染色されている.
写真2.写真1の拡大像.
FSHの免疫活性とLHの免疫活性が異なった細胞に存在するのがわかる.
 抗ペプチド抗体を利用したFSH及びLH産生細胞の同定
 先に述べた抗ペプチド抗体を用いてマミチョグ脳下垂体の免疫染色を行ったところ,2種類のGTH産生細胞を見事に染め分けることができました(写真1, 2:次頁)。これを用いて1年を通した生殖サイクルに伴う変化を調べたところ,FSH細胞,LH細胞とも明瞭な季節変化を示すことがわかりました(10)。産卵期の魚ではFSH細胞もLH細胞も豊富に含まれており,産卵期終了後の未熟期になると両方とも少なくなりました。ところが,産卵期前の2月においては,FSH細胞は豊富に存在するのに対し,LH細胞はほとんど見られない状態でした。この時期には卵成熟や排卵,排精は起こっていませんが,活発な卵黄蓄積と精子形成が進行しており,マミチョグにおけるこれらの過程にはLHの関与が極めて少なく,主としてFSHが関わっていることを示唆します。
 次に判明したのは一部の抗ペプチド抗体の広い適用範囲です。作成した抗ペプチド抗体の中にはアミノ酸配列の保存性の高い領域に対して作成したものがあり,それらをマダイの脳下垂体に対して試してみるとFSH細胞とLH細胞を特異的に染めることができました(10)。マダイとマミチョグは外見からは縁が近そうには見えませんが,どちらも棘鰭上目に属し,それほど遠縁ではありません。現在,他の様々な魚種へのこれらの抗体の適用を検討中です。ある分類群に属する種類に対して普遍的に利用できる抗体はユニバーサル抗体と呼ばれています。棘鰭上目は日本産真骨魚の8割近くの魚種が含まれる巨大な分類群であり,これに対するユニバーサル抗体を開発すれば大多数の重要産業種のGTH細胞を免疫染色により同定することができ,非常に有用であると考えます。
 日本産重要資源魚類の全てでFSH細胞とLH細胞を同定できる日はすぐそこまで来ています。今後,各種の魚類におけるFSHとLHの機能が明らかになり,それぞれが定量可能となれば,脳下垂体の生殖腺刺激ホルモン細胞の活性あるいは血液中のGTH濃度をモニタリングするだけで,その魚の成熟状態がどの方向に向かおうとしているかを判断できるようになるでしょう。

 今後の方向
 現在,当研究室では内水面漁業の最重要魚種であるアユの生殖生態について生理学的手法を併用して解析中であり,これまで多くの研究がなされてきたこの魚種においても新たな重要知見が得られつつあります。アユの生殖現象に2種類のGTHがどういう役割をしているかについては着手したばかりでまだ成果は出ていませんが,近い将来には生殖生態に関する新知見と合わせて紹介できるものと思っています。
 さらに,海産重要産業種においても同様の手法を用いることによって,生殖生理を中心とした資源生物学的知見の蓄積を図ってゆくのが今後の目標です。このためには,資源学関係の研究者との連携が絶対的に必要になってきます。この文章を見ていささかでも興味を持たれた方はぜひともご連絡をいただければ幸いです。
(生物機能部 生物特性研究室長)
引用文献
(1)依田真理・米田道夫:東シナ海産キダイの卵巣成熟と産卵の日周リズム,平成13年度日本水産学会春季大会講演要旨集,89 (2001).
(2)落合 明・田中 克:新版魚類学(下),恒星社厚生閣 (1986).
(3)K. Suzuki, H. Kawauchi, and Y. Nagahama: Isolation and characterization of subunits from two distinct ganadotropins from chum salmon pituitary glands. Gen. Comp. Endocrinol., 71, 292-301 (1988).
(4)小林牧人・孫 永昌:生殖腺刺激ホルモン,月刊海洋,32,74-80 (2000).
(5)玄 浩一郎:魚類の生殖腺刺激ホルモン(GTH)は果たして魚類全般で同じ機能を持つのか?-マダイGTHの性成熟に伴うmRNAの発現動態並びにその機能-,日本比較内分泌学会ニュース,No. 97,15-20 (2000).
(6)A. Shimizu and M. Yamashita: Purification of mummichog (Fundulus heteroclitus) gonadotropins and their subunits, using an immunochemical assay with antisera raised against synthetic peptides. Gen. Comp. Endocrinol., 125, 79-91 (2002).
(7)吉崎悟朗・森田哲朗・竹内 裕・竹内俊郎・小林牧人:遺伝子導入魚を利用した生殖腺刺激ホルモン生産の試み,月刊海洋,32,127-131.
(8)亀井宏泰・吉浦康壽・内田奈緒・大平 剛・会田勝美:酵母発現系を用いたニホンウナギGTH-Iの作成及びその生理活性,平成13年度日本水産学会春季大会講演要旨集,62 (2001).
(9)森田哲朗・吉崎悟朗・小林牧人・竹内俊郎:ニジマス卵の動物工場としての利用:キンギョ組換え濾胞刺激ホルモンの生産,平成14年度日本水産学会春季大会講演要旨集,59 (2002).
(10)A. Shimizu, H. Tanaka, and H. Kagawa: Immunocytochemical applications of specific antisera raised against synthetic fragment peptides of mummichog GtH subunits:examining seasonal variations of gonadotrophs (FSH cells and LH cells) in the mummichog and applications to other acanthopterygian fishes. Gen. Comp. Endocrinol., in press.

Akio Shimizu
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