中央水研ニュースNo.30(2002...平成14年11月発行)掲載
【情報の発信と交流】
青島海洋大学での講義と研究交流
中山 一郎
目次
経緯
青島海洋大学
中国科学院海洋研究所
中国水産科学研究院黄海水産研究所麦島水産科学実験基地
中国の印象
平成14年7月8日~11日に青島海洋大学において講義と研究交流をおこなったので報告致します。
経緯
青島海洋大学から講義の依頼を受けたのは,平成11年から13年にかけて養殖研にSTAフェローとして来日された張全啓博士(当時助教授)が,帰国後に教授に昇任され,北海道大学の荒井克俊教授と,著者を招待してくれたことによります。筆者が担当している水産生物のゲノム解析研究を推進するのに資するため,急速に発展している中国の水産研究の現状に触れたく招待を受けて,中国を訪問することとしました。
張先生は,幅広く水産生物の育種遺伝学の研究を進められていて,ノリをはじめとする藻類,カキを中心に二枚貝,ドジョウやサケマスを中心に魚類の研究に従事されてきました。現在は,ホシガレイ等異体類の種苗生産関係を中心に精力的に研究を進めています。
著者らは,青島海洋大学を中心に,中国科学院海洋研究所も訪問する機会が与えられました。
青島海洋大学
青島海洋大学は,1924年に設立され海洋と名前が付いていますが総合大学で13重点大学の一つとして1960年に指定された名門大学であります。1996年には日本のトップ30大学構想に当たる「プロジェクト211」にも指定されました。現在,海洋科学関係を中心に,理学,経済,外国語,法学,職業指導等14のカレッジ(日本の学部に相当)によって構成されています。13,000人の学部生を有し,1,500名の大学院生,300名の外国人留学生に258人の教授,373人の助教授と1,000人のスタッフがいる大きな大学です。張先生は「海洋生命学院」の教授として水産生物の育種遺伝学の教鞭を取られています。水産関連では,他に「水産」,「海洋物理・環境」「海洋地球科学」のそれぞれカレッジがあります(
写真1
)。この生命科学院の非常に風格のある会議室において,大学院生及び教官を中心に,中国最大の養殖会社の社長等も含めて,20名以上の熱心な研究者が集まり,荒井北大教授が,水産育種の原理とその方向性及び日本の水産育種の現状についての講義を行いました。著者は,魚類の遺伝的性に関する研究を中心に分子生物学的手法による育種への応用研究について話し,始まったばかりのノリゲノム研究計画について説明しました。また,日本の水産研究体制特に水産総合研究センターの紹介を行いました。聴衆からは熱心な質問が続き,特に魚類はもちろん藻類や,甲殻類をはじめとする介類の水産生物育種についての興味の高さを感じました。また,青島海洋大学の教官は公務員でありますが,兼業が許されています。フグの毒を研究している教授は,中国初のフグ調理免許を取得し,青島の街が一望できる一等地で中国初のフグ料理店を開き,大繁盛していました。他にも,ある教授は蛎殻を使った土壌改良材が国に認定され,大規模に販売しているとか,海産物から抽出した油脂から化粧品の会社を興した人など多数の教授が研究の応用を自ら実践しているのを目の当たりにしました。これらの教授は非常に裕福で,同じ教授どうしでも,その収入の差は大きなものがあるようでした。このように青島海洋大学の先生方は,研究の出口がそのまま産業へと直結していて,事業として自ら商売できるという大きなインセンティブを与えられているため,研究の目的意識,到達目標も自ずからはっきりとしたものとなっている印象を強く受けました。また,張先生始め数人の教授はグラントを得て遺伝子関係の施設を整備して研究推進することとなったということですが,大学キャンパス内の実験室が手狭なためレンタルラボが用意されていて,実に立派な建物でした。プロジェクトが続く限りここで研究ができるというような非常に合理的なシステムが整備されていました(
写真2
)。
中国科学院海洋研究所
海洋研究所は,1950年に設立され,400人の研究者を含む600人のスタッフが勤務しています。この研究所は国から博士号を授与できるコースを認められています。ここでは,海洋学の基礎的な研究を中心に研究を展開していて,海洋生物学ではナメクジウオを使った発生学の研究を日本の京都大学等と共同研究で進めているとか,ヒラメの性分化の研究等増養殖に関する基礎研究全般に渡って精力的に行っていました(
写真3
)。著者らは,海洋バイオテクニックセンターの施設を案内され,日本と同様のDNA解析機器を見ました。著者らが訪れたときはたまたまあまり機械が動いていなかったのか,研究者の人影はあまり見られませんでした。後ほど,張先生に伺ったところでは,DNA解析のかなりの部分は外注に出しているとのことで,日本の,ある酒造メーカーの世界規模のDNA解析センターも中国にあることを思い出しました。このような外注も含めて,研究補助体制は日本と同等以上に機能しているように見受けられました。本研究所とは2000年8月に当時養殖研究所所長であった現中央水産研究所長の中村理事と本海洋研究所長との間で水産増養殖研究に関する協力の確認が行われています(養殖研究所ニュースNo.46 2000.11 にこの経緯について中村所長によって詳しく書かれています)。
中国水産科学研究院黄海水産研究所麦島水産科学実験基地
本施設は日本の援助で作られた実験施設で,青島海洋大学の麦先生が餌関係の研究の飼育を行っているということで,見学させて頂きました。街からの道はでこぼこの未舗装道路でどんなところに行くのだろうと思っていたところ,大変立派な施設で,すでにエビ類を中心にかなりの量の飼育が行われていました。さらに拡張工事が行われていて,一大養魚センターになりつつあるところでした(
写真4
)。
中国の印象
著者は初めて中国を訪れたのですが,青島はドイツの影響を色濃く残すヨーロッパ的な町並みであるというイメージを持っていましたが,確かに旧市街はその趣を強く残している印象を受けました。しかし,新市街は高層ビルが建ち並び,市内人口231万人という大都市にふさわしい近代的な街でした。道は片側4車線が普通で,モータライゼーション(すでにかなりの数の車が走っているが)が進んでも大丈夫なように作られています。しかし,信号の数が少なく,ものすごいスピードで車が飛ばすなか,ゆうゆうと老人が渡っているのには何回も肝を冷やしました。著者も道を渡る必要の時にはどうしようと気をもんでいたのですが,張先生がそのように配慮して案内してくれたのか,タクシーの運転手がそうしてくれたのか,幸い一度も道路横断の必要が有りませんでした。気が付いたのは,自転車とバイクがほとんど走っていないことで,車のあの運転では確かに2輪車は危険であろうと,納得してしまいました。地下鉄や路面電車のような公共交通機関があまり無いのでタクシーで移動していましたが,ドイツと同様,乗客は一人の時は助手席に乗る習慣があるようでした。食事は朝から中華料理で,さすが食の国といった印象のバリエーションに富んだものでした。昼食,夜食は海産物の料理店に連れて行ってもらうことが多かったのですが,大学の食堂も含めて,どこでも入り口に水槽が並びまるでミニ水族館の様でした(
写真5
)。この中から食べたいものを選び,調理法を指定するのですが,日本ではあまり一般的とは言えない,ユムシ(?)の類(
写真6
)やヒトデもならんでいます。ユムシ(?)は中国語で「海腸子」と言うそうで,おそるおそる食べてみると確かに名前の通り「ホルモン」そっくりな歯触りで大変美味でした。同行した北大の荒井先生は当初「こんなもの食うのか」とか言っておられたのですが,「水産研究者はやはり食べてみる必要があるのではないですか」と言ったら,一口食べたが最後,お気にめしたらしく最後までこの皿をつっついておられました。後で調べてみるとユムシは日本でも干物にして食べる地域があるそうです。また,ヒトデは蒸したものを食しましたが,著者は以前ダイビングに行って,海で焼いて食べた経験はあったのですが,「まあ食えるか」くらいの印象だったのですが,その時のものとは全く異なり,大変な美味でした。例えれば,ウニの生殖巣の一つ一つの細胞を二回りほど大きくしたような感じで,ほくほくとした旨みがあふれていました。まさかまだヒトデの育種はやっていないでしょうが,実においしいヒトデでした。中国食文化5,000年の歴史はやはりすごいものでした。ついでに言うと,中国到着の初っぱなに張先生に連れて行って頂いたレストランは,ロバ肉専門店で,初めてロバを食べました。馬肉とも牛肉とも異なるさっぱりとしたなかなかの旨みでした。張先生に中国では一般的にロバを食するのか聞いたところ,青島でもこの店一軒しか無いとのことでした…。しかし,「四つ足はテーブル以外なら何でも,空飛ぶものなら飛行機以外なら何でも,海のものなら船以外のものなら何でも」食べるとのことでしたが,身をもって感じました。中国全般の印象としては,大学の教官でも先ほど述べましたが,貧富の差が非常に大きいことで,裕福な人はとてつもなく裕福であり,またビジネスチャンスはどんどん広がっていることです。水産物でもすでにアワビ等は日本から輸入するほどで高級志向が進んでいることを強く感じました。中国はすでに日本の工場では無く日本の市場であるというのが実感されました。水産物でも中国からの輸入一方ではなく,積極的に市場としての開拓を行う必要を感じました。自動車では日本企業は欧州企業に遅れを取って大きなビジネスチャンスを失っていますが,日本の水産は守るだけではなく攻めに行く必要があるのではと思いました。今後の中国との共同研究はそういった面も踏まえて,アジア地域の水産研究推進の重要なパートナーとしてとらえて強力に推進するべきであることを感じました。
最後に,大変お世話になりました,張先生始め青島の水産研究者の皆様と,忙しい時期に渡航を許して頂いた企連室の皆様,中国の貴重な情報をくださった中村中央水研所長に心より感謝致します。
(企画連絡室 主任研究官(ゲノム研究チームリーダー))
nrifs-info@ml.affrc.go.jp
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