中央水研ニュースNo.30(2002...平成14年11月発行)掲載

【研究情報】
水産物の表示制度と科学的検証技術
高嶋 康晴

目次
はじめに
水産物の表示制度
食品表示の科学的検証
遺伝子組換え食品・有機食品の検証技術
牛肉の雌雄判別法
原料原産地判別技術
解凍漁・鮮魚鑑別技術
養殖魚・天然魚鑑別技術
最後に

はじめに
 本年度4月から,独立行政法人農林水産消費技術センター(以後消費技術センター)より併任として,中央水産研究所加工流通部加工技術研究室で食品表示の科学的検証技術について研究をさせていただいております高嶋康晴と申します。食品表示に関する分析技術は,平成11年の農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律(以後JAS法)の改正により適用範囲が拡大され,より専門的で高度な技術を必要としております。また,国産牛肉偽装問題以降,消費者の食品表示に対する関心はさらに高まり,表示の判別法に早急な確立が求められているところであります。今後,中央水産研究所を含めた水産総合研究センターでのこれまでの研究成果,開発技術,アイデア等をできるだけ吸収し,より公正な食品表示制度の確立へ努力していきたいと考えております。今回は,JAS法を中心に水産物表示の簡単な説明をさせていただき,消費技術センターで行っている表示に関する科学的検証方法及び現在行っている科学的検証法についての研究を紹介させていただきます。皆様から広くご意見,ご指導等をいただけましたらまことに幸いです。
水産物の表示制度
 食品の表示には,主に四つの法律が関連しています。厚生労働省が所轄する食品衛生法,経済産業省が所轄する計量法,公正取引委員会が所轄する不当景品類及び不当表示防止法(通称:景品表示法),そして農林水産省によるJAS法です。それぞれの法律の目的が異なり,食品衛生法は,健康・安全に関する表示を行わせるための法律,計量法は,正しい内容量を表示させるための法律,景品表示法は,強調表示による消費者の誤認を防ぐための法律,JAS法は消費者が食品の判断する表示を行わせる法律ということになります。
 例えば,原産地の表示は,食品を判断するのに必要な表示ですので,原産地偽装事件の場合はJAS法違反となり,食品添加物の表示は主に消費者に安全性に関係がある表示なので食品添加物の不表示および不認可食品添加物の添加事件は,食品衛生法違反となるわけです。(JAS法においても原材料としての添加物の表示義務はあります)
 JAS法ではこれまでも必要に応じて品質表示基準というものを定め,一部加工食品の表示に必要な項目などを規定してきましたが,平成11年にJAS法が改正されたのに伴い,アルコールおよび医薬品を除く飲食料品について表示を行うよう品質表示基準が定められ,表示制度の整備が行われました。
 まず,飲食料品を「生鮮食品」と「加工食品」に分類しています。ここでいう「加工」とは食品の性質を大きく変化させることを意味しており,単に細かく切断したり,解凍しただけの食品は「加工食品」とは言いませんが,異なる種類のものを混ぜ合わせ違う性質にさせると「加工食品」ということになっています。そのため,キャベツの千切り,一種類の刺身やアジのたたき,牛肉のひき肉などは「生鮮食品」ですが,複数野菜のカットサラダ,数種類のお刺身の盛り合わせやカツオのたたき,合い挽き肉などは「加工食品」となっています。
 「生鮮食品」では生鮮食品品質表示基準(平成12年3月31日農林水産省告示514号)を定め,主に,「名称」と「原産地」の表示を義務づけています。
 「名称」はその内容を表す一般的な名称を用いることになっています。水産物では,地方によって通じる名前の場合その地方では一般的名前なので,表示できますが,他地方では一般的ではないのでいけないといったようなケースや輸入魚介類の表示のように「一般的」の定義が難しいケースがあり今後の改善が必要となると思われます。
 「原産地」は,水産物では,第一に,漁獲された水域および養殖魚の場合は養殖場のある都道府県名を表示し,漁獲方法等で水域の特定が難しい場合は水揚げ漁港および漁港のある都道府県名を表示することになっています。どこで漁獲しても漁港名が原産地となることには違和感がありますので,原則は,水域名を表示するよう定めています。
 一方,輸入水産物に関しては,水揚げ水域,運搬等の一連の流れを含めて消費者に判断してもらうということで水揚げした船籍がどこの国かを表示することになっています。
 また,国産では,水域名に水揚げ漁港および漁港のある都道府県名が,輸入品では,原産国名に水域名が併記できるようになっています。海域表示も三陸沖なのか太平洋なのかではだいぶ違いますが,それは漁法によって異なり,マグロ漁のように広域にわたって行われる場合は,大西洋や太平洋のように広域の海域を表示し,定置網のように決まった場所で行われる場合は狭義の海域を表示することが適当であると考えられます。
 例えば,フィリピン国籍の船が太平洋でクロマグロを漁獲した場合,「名称」はクロマグロまたは本マグロと表示し,原産国はフィリピンと表示する必要があり,海域を付加表示として,太平洋と書くことができます。水揚港は輸入品の場合は関係ありません。
 水産物は生鮮食品品質表示基準に加えて, 水産物品質表示基準(平成12年3月31日農林水産省告示516号)を定め,「解凍」,「養殖」について表示させるよう定めています。基準では,「解凍魚」「養殖魚」である場合に表示義務があるため,何も記述がない場合は「生鮮魚」「天然魚」とされます。   
 これは,水産物では,「生鮮魚」と「解凍魚」,「天然魚」と「養殖魚」について,品質的に差があると考えられており,実際に市場の評価としても差がみられるため品質表示基準を定め表示をするよう定めています。
 「加工食品」では加工食品品質表示基準(平成12年3月31日農林水産省告示513号)を定め,「名称」「原材料名」「内容量」「保存方法」「賞味期限(品質保持期限)」「製造業者等の氏名又は名称及び住所」なお,輸入品にあっては「原産国名」等を表示することを義務づけています。
 さらに,漬物やうなぎの蒲焼などの農産・水産加工品の一部では,原材料として使用している農産物や水産物の原産国についての表示を行うよう定めています。
 これは,加工食品の最終加工地が原産国となるのが国際的な食品規格であるCODEXなどのルールなのですが,消費者からは,原材料の原産地も知った上で購入したいとの要望があるのですが,多くの原材料からなる加工食品ではすべての原材料について,表示を行うことは事実上不可能であり,必要以上の表示は逆に消費者からわかりにくくなるというおそれがあるため,原料原産地の表示を行うためには,品目ごとの検討が行われ,それぞれの品目ごとに品質表示基準が定められています。
 現在のところ(2002年8月現在)水産物では,うなぎ加工品品質表示基準(平成13年4月25日農林水産省告示589号),塩蔵魚類品質表示基準(平成13年4月25日農林水産省告示588号),塩干魚類品質表示基準(平成13年4月25日農林水産省告示587号),塩蔵わかめ品質表示基準(平成12年12月19日農林水産省告示第1663号),乾燥わかめ品質表示基準(平成12年12月19日農林水産省告示1662号),削りぶし品質表示基準(平成12年12月19日農林水産省告示1659号)が定められており,具体的には,「うなぎ」「アジ・サバ」「ワカメ」「原料節」の原産地を表示する必要があります。
 ちなみに,一時,輸入冷凍野菜が問題になりましたが,冷凍野菜についても品質表示基準(平成14年8月19日農林水産省告示第1358号)が定められ,平成15年3月1日より原料原産地表示が義務付けられることになりました。
食品表示の科学的検証法
 消費技術センターでは,農林水産省の指導のもとに,表示の適正化のために毎年6000店舗以上の店舗調査および5000商品以上の買い上げ検査を行っています。買い上げた商品の表示がJAS法に定められた表示かどうかの確認のために官能検査および理化学検査等の科学的検証を行い,違反等がないかをチェックしています。
 科学的検証法において,問題があった場合は,伝票,納品,帳簿等のチェック,聞き取り調査などの社会的検証を行い本当に違反が行われたのかを確認し,実際に違反が確認されれば公表等の処分を行います。科学的検証は,社会的検証の補助としての役割があります。消費技術センターでは,表示適正化のために食品のさまざまな判別法,分析法について各研究機関等の協力を得て調査研究を行っております,現在,実際に食品表示の点検に行われている検証法および研究中の検証法についていくつか紹介します。
遺伝子組換え食品・有機食品の検証技術
 遺伝子組換え食品に関する品質表示基準(平成12年3月31日農林水産告示517号)により平成13年4月から大豆・とうもろこしを主原料とする加工食品のうち豆腐・納豆・コーンスターチなどの食品では,原材料名中に遺伝子組換え作物の使用の有無を表示が必要になりました。(後にジャガイモ加工食品が加わる)
 また同じく平成13年4月より,有機農産物および有機農産物加工品についてJAS規格が定められ有機についての表示を行う場合,有機農産物の日本農林規格および有機農産物加工品の日本農林規格に適合しているという印である,有機JASマークの格付取得が必要となりました。有機に関するこの二つの規格では,使用する種苗は遺伝子組換え作物を使用していないことが必要です。有機JASマークがついている加工食品は遺伝子組換え作物が入っていないことになります。そのため,遺伝子組換え作物の不使用表示および有機表示の点検を行うために遺伝子組換え作物の点検を行っています。
 具体的な分析方法につきましては下記のホームページアドレスにて公開していますのでご参照ください。
 「JAS分析試験ハンドブック 遺伝子組換え食品の検査・分析ハンドブック」
 http://www.maff.go.jp/sogo_shokuryo/jas/manual00.htm
牛肉の雌雄判別法
 銘柄牛とよばれる牛肉には,肉質,飼育月数に加えて,牛の種類,雌雄別など定めている場合が見られます。松阪牛では雌牛のみに限定しており,逆に,熟成牛,白河牛では雄牛に限定しています。そういった銘柄牛の「名称」の表示を生鮮食品品質表示基準に基づき,点検するために伊藤ハムから製品化されている牛胚性判別キット「XYセレクター」を用いて雌雄判別を行っています。(1)(写真1) 例えば,雄と判定された場合は,松阪牛ではないことになります。
 雄牛のみ増幅するプライマー対を用い,PCRを行い目的の泳動バンドがあるかないかで判別します。実際の検査では,牛であれば増幅するプライマー対でのPCRを同時に行い,確実にDNAが抽出できているかを確認するのですが,キットは大変高価なので今回は,雄牛のみ増幅するプライマー対のみで電気泳動を行っています。泳動結果より,サンプル3と5は雄牛の肉であると考えられます。
 実際の牛肉は,冷蔵で熟成させることが多く,DNAが分解されていることがあります。
原料原産地判別技術
 今年の土用の丑の日を前にテレビや新聞で「農水省ウナギ蒲焼のDNA鑑定を行う」とのニュースが取り上げられ,この判別法につきましては,ご記憶に新しいと思われます。消費技術センターでは,若尾らの報告(2)に従い,うなぎ加工品品質表示基準に基づきましてうなぎ加工品の原料原産地表示の調査を行い,うなぎ加工品からDNAによる種鑑別を行っております。日本で養殖されているうなぎは,ほとんどが,Anguilla japonica とよばれる種ですが,中国では,ヨーロッパ種( A.Anguilla )の養殖に成功しており,中国から輸入された生うなぎおよびうなぎ加工品の中にはヨーロッパ種が見られます。そのため,検査でヨーロッパ種が検出されれば,その蒲焼で使用されているうなぎは,中国産である可能性が高くなります。(写真2
 ウナギのミトコンドリアDNAの一部をPCRによって増幅し,その増幅産物を制限酵素によって種特異的なDNA切断させ,その泳動パターンを比較して種判別を行います。サンプル1(8),2(9)はA.japonica,サンプル3(10)はA.anguillaということになり、サンプル3(10)は中国産である可能性が高くなります。
 原料原産地の判別技術は,制定された品質表示基準に従い水産物ではアジ・サバ・わかめについて外国産と日本産のDNAによる判別法を開発中です。現在,アジ・サバでは,干物や塩蔵品だけでなくさまざまな加工食品への適応についての検討を行っています。
解凍魚・鮮魚鑑別技術
 水産物品質表示基準に基づき表示が義務化された解凍表示では,解凍魚と鮮魚の判別には凍結・解凍に伴い膜が破壊される血球について光学顕微鏡での観察しその,血球の数を指標とした判別が検討されています。(写真3
 昨年度中央水産研究所加工流通部における研修の際に,ご指導をいただきましたスタンプ法(切身をプレパラートへ直接付着させその付着液をギムザ染色する方法)の採用により血液が採取できるサンプルからだけでなく切身からの解凍魚と鮮魚の判別が可能になっています。さらに,鮮度指標としてK値を測定し自己消化による血球破壊を考慮して判定を行っています。(3)
 今年度は,部位による血球数を比較し,判別に適当な部位を検討し,いくつかの魚種について血球破壊を観察して魚種ごと判別基準を設定し,幅広く解凍魚鮮魚の判別を行っていく予定です。
養殖魚・天然魚鑑別技術
 水産物品質表示基準に基づき表示が義務化された養殖表示では,①官能的指標②理化学的成分による指標③耳石解析による指標について検討が行われています。
 官能的指標として,マダイの鼻腔連結,ヒラメの無眼側の黒色異常など人工種苗に生じる異常や飼育環境によるひれの形状の違いなどの官能的チェック等を表示点検担当者がおこなっています。
 理化学的成分による指標では,養殖魚の体脂肪率が高い傾向があるため水分,脂肪分を分析したり,給餌飼料に添加される植物性油脂由来の脂肪酸を検出するために脂肪酸組成を分析したりしています。
 耳石解析による指標では,前年度中央水産研究所生物生態部での研修でご指導いただきました耳石解析技術を応用し過去の生育状況を比較する科学的検証法の研究を進めているところです。(4)  検体数が少ないのでまだ確実なことはいえませんが,ウナギやヒラメでは,天然魚は日周輪幅に季節変動と見られる変動が見られるのに対し,養殖魚については変動が少ない傾向が見られました。今後,ラウンドで販売されることが多い魚種(アユ)について検討を行っているところです。  
最後に
 ご紹介した科学的検証法は,まだ研究段階であったり,妥当性確認が不十分であったりします。また,多発する表示問題すべてに対応できるような体制が整えられているとはいえません。最初に述べましたように,今後,水産総合研究センターの皆様のご指導をいただき科学的検証法のさらなる改良,開発に努めていきたいと考えております。良い改良法,アイデア等がございましたらどうか中央水産研究所加工流通部加工技術研究室の高嶋 (E-mail:yasutaka@fra.affrc.go.jp) までお知らせ下さい。
参考文献
(1)山中,工藤,板垣,佐藤,中村:「PCR法による牛肉の性判別」日本畜産学会報,70 (8), J111-113(1999)
(2)若尾,疋田,常吉,梶,久保田(裕),久保田(隆): 「PCR-制限断片多型法を用いたウナギ種簡易DNA鑑定」日本水産学会誌,65(3), 391-399(1999)
(3)北口,山口,内野,高嶋,山下(倫),山下(由):「解凍魚と鮮魚の判別法」,独立行政法人農林水産消費技術センター調査研究報告, 26(2002)掲載予定
(4)高嶋,北口,山口,内野,木村,大関:「養殖魚と天然魚の判別法」,独立行政法人農林水産消費技術センター調査研究報告, 26(2002)掲載予定
(加工流通部 加工技術研究室)

nrifs-info@ml.affrc.go.jp
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