中央水研ニュースNo.30(2002...平成14年11月発行)掲載

【情報の発信と交流】
研究室紹介 企画連絡室「ゲノム研究チーム」
中山 一郎

 「ゲノム」という言葉はすでに広く使われているにもかかわらず,一言で説明するのはなかなか難しいものですが,研究手法としてはすでにそれほど難しいものではなく,すべて,生命たるものが持っている親から子へと伝わる遺伝子を研究しようということです。ヒトやイネを対象とした「ゲノム計画」は遺伝物質であるDNA,すなわち生物の設計図の配列を全部読んでやろうという計画で,すでにこれらの種では全塩基配列が決定されています。水産生物でもゲノム研究の重要性は早くから唱えられてきましたが,実験動物としてのフグや,ゼブラフィッシュ以外は,なかなか進展して来ませんでした。その理由は,食卓にのぼる水産生物の種類をちょっと考えて頂くとおわかりになると思いますが,ノリ,ワカメなどの藻類,ウニ等の棘皮動物,貝やタコ,イカ等の軟体動物,魚類,クジラなどほ乳類まで実に様々な生物を扱う水産では対象を絞ることがなかなかできなかったということもあるからです。しかし,ヒトやイネのような遺伝子の全塩基配列を読むことはこれだけ多種の水産生物においては目標とするのは困難であることから,より良い品種を作るためのゲノムの地図作りが現実的であると考えています。もともと水産生物は,数千年かけて,かけあわせ選抜を行ってきた農業や畜産に比べて歴史が浅く,天然からの種苗をそのまま育てるといったことに近いステージのものがほとんどであります。そのためより人間に好都合な形質を早く固定するために目的とする形質に関連する遺伝子・DNAの位置を明らかにすることが重要であります。今年2月に発足した水研センター中で最も新しい研究単位であるゲノム研究チームでは, 現在スサビノリを中心に水産生物のゲノム研究を推進しています。ここでは簡単に,このノリの研究事業の内容を簡単にご紹介致します。
先端技術を活用した有明ノリ養殖業強化対策研究委託事業
 一昨年の有明海のノリの色落ちによる不作を受けて,昨年度の第一次補正予算によって,ノリ養殖業強化のための研究の推進に必要なシーケンサーや,マイクロアレイ関連などの先端のゲノム研究機器が水産庁からの委託事業で整備され,ノリゲノム研究に着手しました。本年度より,大学や県の研究機関への再委託を含めて,ゲノム解析グループと,育種素材を作るグループの二つの大きな柱を立て,当ゲノム研究チームがそれらを束ねて研 いるスサビノリは雌雄同体で,食用にする葉状体は冬に現れ,実は配偶体(精子や卵子と同等のn体)であり,人間などの体に当たる2n(父親と母親由来の遺伝子の双方を持つ)の相は糸状体と呼ばれるまるで,カビのようなもので夏の間,じっと貝殻の中に潜っています。このノリの可食部のような配偶体の育種というのは長い人類の農業の育種の歴史でも例を見ず(普通の植物は2n体を食用とする)大変困難な課題であります。その理由は,2nの育種であれば,優秀な母親と父親をかけあわせて優秀な子供を選抜することによって優良な形質の固定が図れますが,n体の場合は,せっかく優秀な父母をかけあわせても,減数分裂の際に組換えをおこし,固定することができないのです。従って,ノリの育種を行うためにはゲノム解析だけを行えばすむわけではなく,同時にいかに形質を固定するかという技術開発も不可欠となってきます。そのため総合的な研究の推進が必要となります。最終的な目標である,環境変化に強いノリの育種へ向けて,遺伝子を解析するだけでは実際のもの作りにはつながりませんので,素材の開発,特性の評価,種の確保・維持は大変重要なものであります。大学や県の研究機関との密接な共同研究が必要となってきます。
現在行っている課題は以下の通りであります。
ノリゲノム解析:
1.ノリ葉緑体全配列概略決定及びゲノム地図作製のためのマイクロサテライト単離(ゲノム研究チーム)
2.AFLPを利用したノリゲノム概略遺伝地図作製 (北海道大学)
3.紅藻スサビノリ葉状体の環境応答及び成熟に関与する遺伝子の探索(三重大学)
4.葉状体の雌雄性に関わる遺伝子の探索(ゲノム研究チーム)
5.アマノリ減数分裂の組織学的同定(生物特性研究室)
育種素材開発:
1.養殖アマノリ突然変異体の育成と生育及び遺伝学的特性の解析(水産大学校)
2.プロトプラスト培養系を利用した体細胞変異株の作出と選抜(福岡県)
3.ノリ有用系統の収集及び純系化(佐賀県)
 以上の課題を有機的に結びつけるため,ゲノムチームが中心となり,ノリ遺伝情報のデータベース化を進めて効率的に研究を推進することとなっております。
(企画連絡室 主任研究官(ゲノム研究チームリーダー))

nrifs-info@ml.affrc.go.jp
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