中央水研ニュースNo.28(2002...平成14年3月発行)掲載

【研究情報】
私は誰?-魚介類腐敗細菌群の再分類-
里見 正隆

腐敗とは
 我が国では高度経済成長期に電気冷蔵庫が一般家庭に爆発的に普及したことと,生鮮食品を低温で流通させるコールドチェーンシステムが確立されたことにより,水産物などの生鮮食品を冷蔵貯蔵した際のshelf-life(賞味期間)について盛んに研究されるようになりました。特に水産物のような“足の速い”食品については腐敗にいたるメカニズムを解明しようと生化学的・微生物学的研究が数多くなされてきました(引用文献:1-7)。ここで簡単に海産魚類が腐敗するまでの過程を説明します。魚の死後,筋肉の硬直が始まります。硬直する速さ,時間は周囲の温度や死に方に影響されますが,数時間硬直状態が続きます。やがて硬直が解ける(解硬)と,体液が滲み出てきます。体液に含まれている酵素類は魚のタンパク質や脂質を分解していきます(自己消化)。ここまでが魚自身による反応です。その後,魚の自己消化によって低分子化されたタンパク質や脂肪酸を魚に付着していた微生物が栄養素として利用し,微生物はその数を増やしていきます。微生物の増殖に伴い,アンモニア・アミン類(生臭さ),有機酸(洗っていない靴下臭),硫黄化合物(腐った卵臭)などの老廃物が生成され,これらの物質が集 まる強烈な腐敗臭となります。通常,腐敗臭が感じられるようになった時点を“腐敗した”と表現します。そのまま放置すれば,魚の自己消化酵素と微生物によって分解され,最終的には溶けてしまいます(骨,鱗,皮は残りやすい)。以上の腐敗過程からshelf-lifeの延長には2つのポイントがあることが分かります。1)魚の自己消化が起こるまでの時間を長くする。2)自己消化酵素の活性および微生物の増殖を抑える。前者については大変複雑な生化学反応のため詳細について解明されていません。詳しくは専門書を読んでいただきたく思います(引用文献:8,9)。後者については低温に貯蔵し,自己消化酵素の活性と微生物の増殖を鈍らせることで,ある程度shelf-lifeの延長が期待できます。もちろん冷蔵していても酵素と微生物はじわじわと活動し,やがては腐敗します。通常,漁獲直後の魚介類体表には102から105cfu/cm2 (魚体1平方センチメートルあたりの生きている細菌数)の細菌が付着していますが,腐敗時には108cfu/cm2に達します(引用文献:1,5,6)。構成種は海域,季節等に影響されますが,Vibrio(ビブリオ:腸炎ビブリオやコレ ラ菌はこの仲間),Photobacterium(フォトバクテリウム:発光細菌),Pseudomonas(シュードモナス),腸内細菌群,AcinetobacterFlavobacterium-CytophagaMicrococcus,Moraxella等が,主要種であるとされています。そのうち,海洋性のVibrio-Photobacterium菌群,Pseudomonas(旧分類体系)は強い腐敗活性と低温増殖性を持つことから,これら菌群に汚染された魚は付着している菌数が少ないにもかかわらず,低温貯蔵中でも速やかに腐敗します。そのため,筆者らの研究室では,これらの腐敗細菌に汚染されないような防御手段を考案するため,彼らの棲家,侵入経路,増殖過程を調べています(敵の特徴を調べる)。

犯人は誰だ?
 まず,彼らが何処に住んでいるのかを突き止めるため,簡単に検出できる方法を模索しました。近年,微生物生態や食品微生物の分野では遺伝子の塩基配列を用いて迅速かつ簡便に目的とする微生物を検出する手法が開発され,多くの成果を挙げています。そこで腐敗菌を特異的に検出できる塩基配列を探そうと,旧分類体系のPseudomonas株を集めることにしました。しかし,教科書に載っているPseudomonasと現在,遺伝子の塩基配列により分類されているPseudomonasでは全く別の種類の菌であることがわかりました。なぜなら,冷蔵魚の腐敗細菌について研究されていた当時(1970年代),微生物の分類は表現形質(形態,栄養要求性,生化学性状等)に基づき行われ(何しろ目に見えないので),最小限の試験項目で分離菌を同定できる簡易同定図式(引用文献:4,10)が使われていました。当時の分類体系ではグラム陰性,ブドウ糖非発酵,運動性を有する桿菌は全てPseudomonasに該当し,糖の利用性,食塩要求性,硫化水素生成等の性状により4群(PseudomonasⅠ~Ⅳ群)に細分化されていました。表現形質でかなりの多様性があるため,群を設定することで対応していますが,一つの属として分類するにはやや大きす ぎる細菌群でした。その後,遺伝子の塩基配列(16S rRNA遺伝子*)に基づいて分子系統学的に分類されるようになった時(引用文献:11,12)に,各群が“なに属”に再分類されるのか追跡していればよかったのですが,ちょうど我が国ではこの分野の研究が途切れてしまい,分からなくなってしまいました。そこで,筆者らの研究室では魚より表現形質で腐敗菌に該当する菌群を分離し,現在の分類体系に当てはまるよう再分類を試みました。

私の名前はナニ?
 活魚,腐敗した魚,本研究所飼育水等から細菌を分類し,図2の簡易同定図式(4,6)に従い(形態,グラム染色性,運動性,糖の発酵性等),属レベルの同定を行いました**。例としてここでは,図2の左端の菌株からスタートして菌名にたどり着くまでをVibrioを使って説明します。最初に調べたい菌株の形態を顕微鏡で観察します。胞子(細菌では芽胞といいます)が観察されず,グラム染色液に染まらない桿菌であれば,芽胞非形成,グラム陰性桿菌へ進みます。今度は染色液で染めずに顕微鏡観察し,動いていれば運動性の項(ここまででいずれも上の行)へ進みます。続いてオキシダーゼ試験とブドウ糖発酵試験を行い,オキシダーゼ陽性(上の行),ブドウ糖発酵分解(上から3行目)に進みます。コロニーの色(図1)が白またはクリーム色の場合は菌体色素非産生としてVibrioに到達します(べん毛の観察は省く場合もあるので今回は省略)。たまに,該当しない菌がありますが,その場合は同定不能菌となります。また,分離菌よりDNAを抽出し,16S rRNA遺伝子の塩基配列を決定し,インターネット上に公開されている既知の細菌の配列と比較し,最も近 い種を調べました。両者の結果を比較して,簡易同定図式に記載されている細菌が現在“なんという種”になったかを推定しました。図3は分離菌の16S rRNA遺伝子の塩基配列を用いて作成した系統樹です。各枝の先に分離源と簡易同定法の結果(カッコ内)を,右端のラテン語は16S rRNA遺伝子分類による最新の属名を記述しました。分離した菌のうち約40%が表現形質でVibrioに,20%が好塩性PseudomonasⅢ/Ⅳに該当しました。その他,AcinetobacterおよびMoraxellaもそれぞれ約10%分離されました。Vibrioは活魚,海水および腐敗試料から満遍なく分離され,好塩性PseudomonasⅢ/Ⅳは海水,蓄用海水およびエラを含む活魚体表から多く分離されましたが,貯蔵試料および内臓からはほとんど分離されませんでした。エラおよび海水から分離された菌株は,内臓および腐敗試料から分離された菌株に比べ表現形質に多様性が見られ,様々な細菌種が分離されたことを示唆しています。ここで分子分類の結果を照らし合わせると,表現形質においてVibrioに分類された群は全て分子分類においてもVibrio属に該当し,本菌 群は現在もVibrio属として残っていました。表現形質で好塩性PseudomonasⅢ/Ⅳに分類された菌株は,約80%が分子分類においてPseudoalteromonas属に,20%がVibrio属に該当し,数%がAlteromonas属に分類されました。この時,表現形質で好塩性PseudomonasⅢ/Ⅳに分類されたVibrioは通常の糖発酵性試験では疑陰性になってしまう特異な群でした。実際に,系統樹でもVibrio属の中心の群とやや離れた所に位置していました。好塩性PseudomonasⅢ/Ⅳに分類されたPseudoalteromonasAlteromonasは今回調べた性状項目ではほとんど区別がつかず,腐敗菌として報告されてきた好塩性PseudomonasⅢ/Ⅳがどちらの属を指すのか明確ではありませんが,増殖速度や腐敗物質生成能の比較ではAlteromonasの方が腐敗菌としてふさわしいように思われます。また,表現形質で非好塩性PseudomonasⅢ/Ⅳに該当した群(実際には好塩性の種も存在する)は現在のShewanella属でした。本属は硫化水素・トリメチルアミン(代表的な腐敗物質)を生成し,低温でも良好な増殖をするため,腐敗菌の本命と考えられ ました。その他,AcinetobacterおよびMoraxellaに分類された群は分子分類においてRoseobacterおよびPsychrobacterに当てはまることがわかりました。これらの群は以前より腐敗活性は弱くおとなしい(?)菌とされてきました。今回も多数分離されましたがあまり目立った活躍はなかったように思いました。簡易同定図式に腸内細菌科の項目がありますが,ちょっと不思議な感じがした方もいらっしゃるかもしれません。なぜなら,通常哺乳類等の腸内に生息する非海洋性の腸内細菌が含まれているからです。しかし,今回の研究でも腸内細菌科の菌群は内臓より分離されました。分子分類ではRahnella属と判定され,表現形質でも典型的な腸内細菌でした。この菌は冷たい土壌や河川からしばしば分離され,腸内細菌としては珍しい性質を持っています。おそらく陸上に住んでいたものが河川や下水に流され,たまたま分離されたと思われます。このような陸棲細菌が海洋環境でどの程度存在し,定着しているのか興味がもたれるところです。同様に分子分類におけるCytophagales(簡易同定法でのFlavobacterium-Cytophaga群)も陸棲細菌です。このグル ープは,カロテノイド系の鮮やかな橙や黄色の色素を持つものが多く,非常に目に付きます。しかし,腐敗活性はあまり強くないようです。 以上の結果をまとめると,

1)腐敗菌として報告されてきた好塩性PseudomonasⅢ/Ⅳ群は現在のPseudoalteromonas属とAlteromonas属に該当。Alteromonas属が腐敗菌として重要。
2)非好塩性PseudomonasⅢ/Ⅳ群は現在のShewanella属に該当し,腐敗活性の強さ,低温増殖性など立派な腐敗菌。
3)Vibrio群は今も昔もVibrioであるが,一部判定が難しい群がいる。
4)AcinetobacterおよびMoraxellaに分類された群は最新の分類体系でRoseobacterおよびPsychrobacterに該当。
5)簡易同定図式の菌名を現在の名称に変更すると,分離株の70%が表現形質と分子分類の結果が一致し,食品の品質保持上重要であると考えられる運動性グラム陰性菌については80%の一致率
となりました。

実験結果をふり返って
 分子分類と簡易同定法を比較して,簡易同定法の合理性と精度の高さに驚かされました。あれだけの性状項目で8割の細菌種を正確に同定するシステムを考案した当時の研究者の知恵と技術に脱帽です。聞けば,当時の細菌学者は数万株に上る分離株の性状を丁寧に調べ分類し,腐敗菌として重要な株を抽出し,それらの菌群特有の性質を選び出したそうです。今回の実験で2割の菌が正確に同定できませんでした。しかし,そのうちの半分は,培地が適当でなかったあるいは培養温度が高かった等,実験者のミスによるものでした。熟達した研究者が実験すればさらに良い結果が得られたでしょう。現在では,遺伝子による分子分類が定着し,種の識別が簡単に出来るようになりましたが,表現形質による簡易同定法は発表されて20年余り経った今でも実用的かつ合理的な手法である事に変わりはありません。今後は,表現形質と分子分類手法を上手く組み合わせてより正確で迅速な微生物同定法を編み出せればと思いました。

(加工流通部食品保全研究室研究員)

*全生物に存在し基本構造が似ているため,系統関係を評価しやすい遺伝子である。細菌の系統関係は本遺伝子を使って論じられることが多い。詳しくは文献13を参照して下さい。

**非好塩性PseudomonasⅢ/Ⅳの食塩要求性の項は性状項目の最後に行うよう改変した。

引用文献
(1)Shewan, J. M., G. Hobbs, and W. Hodgkiss. 1960. J. Appl. Bact. 23:463.
(2)奥積昌世・堀江進・木村正幸・赤堀正光・川前政幸. 1972. 食衛誌. 13:418-421.
(3)奥積昌世・堀江進・今井賢二・松原清子. 1972. 食衛誌. 15:22-29.
(4)Okuzumi, M., S. Okuda, and M. Awano. 1981. Nippon Suisan Gakkaishi 47:1591-1598.
(5)天野慶之・菊地武昭・奥積昌世・山中英明. 1984. 最新食品衛生学. 恒星社厚生閣. 東京.
(6)須山三千三・鴻巣章二編. 1987. 水産食品学. 恒星社厚生閣. 東京.
(7)渡邊悦生編. 1995. 魚介類の鮮度判定と品質保持. 恒星社厚生閣. 東京.
(8)山口勝己編. 1991. 水産生物化学. 東京大学出版会. 東京.
(9)山中英明編. 1991. 魚類の死後硬直. 恒星社厚生閣. 東京.
(10)門田元・多賀信夫編. 1985. 海洋微生物研究法. 学会出版センター. 東京.
(11)Woese, C. R., W. G. Weisburg, C. M. Hahn, B. J. Paster, L. B. Zablen, B. J. Lewis, T. J. Macke, W. Ludwig, and E. Stackebrandt. 1985. Syst. Appl. Microbiol. 6:25-33.
(12)Woese, C. R. 1987. Microbiol. Rev. 51:221-271.
(13)平石明. 1995. PCRを利用した16S rRNA遺伝子の解析と系統研究. 日本微生物生態学会報 10

参考
図1.水産物腐敗細菌コロニー
図2.水産物腐敗細菌簡易同定図式(奥積らの方法(4)を文献6より引用)
図3.マアジ分離菌の表現形質と系統関係の比較

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