中央水研ニュースNo.28(平成14年3月発行)掲載

【研究情報】
マングローブ汽水域の持続的生産システム
松浦 勉

プロジェクトの内容
 JIRCAS(国際農林水産業研究センター)は,2001年度から5カ年計画の国際プロジェクト「マングローブ汽水域における魚介類の持続的生産システムの開発」をスタートさせた。このプロジェクトは,自然科学分野の「マングローブ汽水域の生産機能を活かした持続的魚介類生産技術の開発」と社会経済分野の「マングローブ汽水域の持続的魚介類生産システム導入による経営・経済便益等の解析」の2つの大きな研究課題から構成されている。
 アジア地域のマングローブ汽水域ではエビ(ブラックタイガー,以下同じ)等の養殖が盛んに行われているが,マングローブの養殖池への転用による環境劣化,過密養殖等に起因する疾病に対する薬剤の多投等が見られ,環境面及び経済面からの問題が出ている。このため,社会経済分野のプロジェクトでは,マングローブを維持しつつ自然循環機能を活かしながら,地域住民の所得確保に貢献する持続的生産システムの構築が求められており,同システムの導入による経営・経済便益等の解析を行うことを目的としている。
 相手研究機関は,フィリピンにあるSEAFDEC(東南アジア漁業開発センター)のAQD(養殖部局)である。AQDの研究部門には,増殖,飼育,養殖システム,飼料開発,魚病とともに,社会経済セクションがある。社会経済セクションはこのプロジェクトの共同研究者3名と若手研究者2名の計5名から構成され,うち4人が女性である(図1)。
 私はこのプロジェクトに参加して,2001年10月下旬から3週間,JIRCASの鶴見和幸国際情報部長とフィリピンに出張し,AQDとの間で研究計画の協議,マングローブや養殖池の現地調査を行った。

エビ養殖の現状
 フィリピンの汽水池養殖業におけるエビ生産量の推移を地域別(フィリピンは一般地域や特別地域など計16のRegionから構成されている)に示した(図2)。フィリピン国内におけるエビ養殖生産量は,1984年から増加が目立つようになり1992年から急増し1994年には9万トンでピークに達したが,1997年以降養殖エビに病気が発生したため減少した。
 Region6は1993年には国内生産量全体の3分の2近くを占めたが,病気の発生により大幅に減少し2000年にはわずか1千トンになった。Region6は,フィリピンのほぼ真中に位置するパネイ島及びネグロス島北部の計6つの州(Aklan,Antique,Capiz,Guimaras,Iloilo,Negros Occidental)を有している。相手研究機関であるAQDがIloilo州に所在することもあり,このプロジェクトではRegion6を調査対象地に選定した。

マングローブの激減
 フィリピンにおけるマングローブの面積は,1918年には45万haであったが,1994年に12万haに減少した。減少の理由は,沿海住民の過剰開発,海岸への移住による宅地化,養殖,塩田,産業化などである。特に,エビ養殖の発展がマングローブ汽水域での養殖地の造成に拍車をかけたため,1951年~1998年に28万haのマングローブが失われた。マングローブ汽水域の池の95%は,1952年~1987年にマングローブを利用して造られた。

  マングローブ汽水域と調和した養殖
 Aklan州(パナイ島北部)のIbajay地区における現地調査では,AQDが1998年からマングローブ汽水域と調和した養殖生産システムの実証研究を行い,具体的には,ミルクフィッシュやティラピアなどとの組み合わせによるエビ養殖の持続的生産システムの開発やマングローブ林効果の研究を行っている。
 Negros Occidental州のSagay市街(ネグロス島北部)の沖にあるMolocambo島の現地調査では,マングローブに小規模な小割生け簀を設置してグルーパー(ハタ)とスナッパー(フエダイ)を試験的に飼育していた。潮間帯の高さは2m近くなので,小割生け簀は上下に可動できるようになっていた(図3)。
 また,マングローブの砂地を利用して大きな白い二枚貝(Commom Codakia)を養殖していた。狭い砂地の中に多数の貝が放養されており,マングローブ汽水域の生産力の大きさを今更ながら思い知らされた。

フィリピンの特性
 他の東南アジア諸国では,病気が発生したエビ池は放置したまま別の地域で新たな池を造成している事例がみられる。しかし,フィリピンでは新たに造成する適地が少ないこともあり,現在のエビ池をもう一度利用して,病気が発生しないように粗放的なエビ養殖を行いたいという気運が強い。このため,マングローブ汽水域と調和した養殖,樹木が茂ったままの池で養殖を行う試みが進められている。

おわりに
 日本側研究機関としては,このプロジェクトを通して,新たな持続的生産システムの経営・経済的評価を行うとともに,同システムが地域に普及・定着できるようAQDと協力して研究を推進していきたいと考えている。
 また,11月7日のAQD主催の研究セミナーにおいて,社会経済分野の事前研究報告として,「愛媛県宇和海における持続的魚介類生産システム導入による経営・経済便益等の解析(いよぎん地域経済研究センター報告書等から作成)」を発表させていただいたところ,Platon事務局長からの感謝状を授与される栄誉に浴したことを最後に報告させていただく。

(経営経済部漁業経営研究室主任研究官)
参考
図1.3人の女性共同研究者達と
図2.フィリピンの汽水池養殖業における地域別ブラックタイガー生産量の推移
図3.簡易な小割生け簀

nrifs-info@ml.affrc.go.jp
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