中央水研ニュースNo.28(平成14年3月発行)掲載

【情報の発信と交流】
研究室紹介-海区水産業研究部沿岸資源研究室-
堀井 豊充

   国道134号線三崎街道の荒崎入口交差点を海側に入り,街で2軒しかないコンビニを通り過ぎると,相模湾の彼方に雄大な富士山が姿を現します。こんな日は風が強く,予定していたアワビ稚貝調査がこなせるかどうか気がかりです。馴染みのたばこ屋に寄ると,こわもての漁師が「おはよお」と声をかけてくれます。「時化ですねえ。」「これから凪ぐみてえだから大丈夫だおっ。」 ワカメが干してある海沿いの道をひたすら,これ以上は道が無いところまで走り続けると海区水産業研究部に到着です。既に梶ヶ谷義一さんが調査船「あらいそⅡ」(といっても船外機船ですが)の出航準備を整えてくれている・・・沿岸資源研究室の一日が始まります。
沿岸資源研究室では、独立行政法人水産総合研究センターの中期計画に示されている「黒潮沿岸域における増養殖対象種の群集構造並びに再生産過程の解明」に関する研究の一環として、暖流系アワビ類とマアナゴをとりあげ、その初期生活史に関する研究に取り組んでいます。
 アワビ類は各地で積極的な種苗放流事業が展開されているにもかかわらず、その漁獲量は減少の一途をたどっています。その一方で、漁獲物中に占める放流個体の比率は高まっており、例えば研究所周辺の漁場では9割前後と極めて高い水準に達しています。このことからも、資源の直接的な減少要因は再生産加入量の減少にあると考えられますが、暖流系アワビ類(クロアワビ、メガイアワビ、マダカアワビの3種)については、特に再生産や初期生活史に関して未解明の部分が極めて多い状況にあります。幼生の供給量が低水準なのか、そうであれば資源を回復させるためにはどのような条件で親資源を形成する必要があるのか。それとも着底以降の生残率が低下しているのか。こうした減少要因を明らかにする必要がありますが、正直なところ、とても一研究室が短期間で取り組めるような研究課題ではありません。そこで、同部の資源培養研究室、海区産業研究室と協力し調査を進めているところです。またアワビ類資源の減少は全国的な問題となっていることから、たとえ調査対象が研究所周辺というローカルなエリアであったとしても、それを各地の沿岸に適用できるかどうかの検証を行うことが極め て重要になります。私たちは都県水試、他海区水研や大学等との連携・協力をなお一層進めることで汎用性を高め、問題解決にあたりたいと思っています。幸いなことに中央ブロック海区水産業研究部会の専門部会として「アワビ研究会」が設置され、当部と都県水試とのネットワークが出来上がりました。また平成13年度から始まったプロジェクト研究「生態系保全型増養殖システム確立のための種苗生産・放流技術の開発」において、当研究室を含めて5つの研究機関からなるアワビチームが構成され、水研サイドの共同研究体制も構築されつつあります。さらに、東大海洋研海洋生物資源部門との連携協力を進めており、このような研究環境をフルに活用して効率的な研究を行いたいと考えています。
マアナゴも、重要産業種でありながら再生産の過程がよく分かっていない種の一つです。江戸前の鮨だねとしても有名なように全国各地の沿岸で漁獲されますが、これらの漁獲物中には性成熟したものが全く認められません。また他のウナギ目と同様に仔魚期をレプトケファルス幼生として過ごしますが、沿岸で採集される幼生の耳石日周輪を数えるとふ化後数ヶ月を経過したものばかりであるため、産卵場は沿岸から遠く離れた水域にあると考えられています。幼生がどのような機構によって遠くの産卵場から沿岸に来遊するのか、その間の海洋環境が加入量変動にどのような影響を及ぼしているかを明らかにすることは、適切な資源管理を進めてゆくうえで極めて重要だと考えます。沿岸漁業の対象でありながら再生産の場が広大な海域に及ぶと考えられている産業種は他にも多く、マアナゴの研究を通じ、そのような特性をもった資源に対する研究のアプローチはどうあるべきかを考えることができれのアプローチはどうあるべきかを考えることができればと思います。
また、沿岸資源研究室では水産庁からの委託事業である「資源評価調査事業」において、マダイ大平洋中部系群および南部系群の資源評価を担当しています。マダイは栽培漁業の対象種でもあるため、種苗放流を資源評価にどのように反映させてゆくかが大きな課題です。資源評価の基礎となる市場調査は各都県水産試験研究機関の方々に実施していただいていますが、調査結果が有効に活用できるよう、精度の高い評価に努めたいと思っています。
このように、沿岸資源研究室の研究課題はいずれも都県水産試験研究機関等との連携協力なしには成り立たない状況です。このことを良い意味での重圧と感じつつ研究を進めたいと思います。また、研究所目前の海は海藻も豊富で良好な調査環境にありますが、同時に漁業生産の場でもあることから、研究を進めるにあたって地域の漁業者の方々と良好な関係を築くことが極めて重要です。そして、そうした交流の中から研究の種が芽生えることもあります。平成13年度に中央水研の所内プロジェクトとして海洋生産部低次生産研究室および当部資源培養研究室と3研究室共同で実施することとなったカギノテクラゲに関する研究は、本文の最初に登場したこわもて漁師さんが研究所に持ち込んだ試料が発端でした。
春になると、研究所周辺ではヒジキの収穫が始まります。磯場では、ほっかむりに長靴姿のご婦人たちが闊歩しています。漁業生産の場を目の当たりにできる沿岸資源研究室は他に類をみないでしょう。こうした比類ない研究環境を大切に、質の高い研究を目指してゆきたいと思います。

(海区水産業研究部沿岸資源研究室長)
参考
アワビ付着初期稚貝コレクターの回収作業
マアナゴ仔魚(レプトケファルス)の耳石にみられる日輪

nrifs-info@ml.affrc.go.jp
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