中央水研ニュースNo.28(平成14年3月発行)掲載

【研究情報】
アユが自ら創る生活空間-
アユと付着藻類の相互作用を通して-
阿部信一郎

草食動物と植物は互いに影響を及ぼしている
 草食動物と植物の関係は,単に,「植物が動物に食料を供給する」といった一方通行の関係にあるわけではない。動物の摂食は,植物群落の構造・機能を変化させ,さらに,動物による排泄は物質循環を通して植物群落の生産力に大きな影響を及ぼす。この動物の摂食による植物群落の様々な変化は,当然のことながら,食料生産の変化として動物自身にも影響を及ぼすものと考えられる。すなわち,草食動物の餌環境は,植物を摂食することによって動的に変化していることが予想される。

アユと付着藻類の関係は?
 アユは,言うまでもなく,内水面において水産的価値の高い重要な魚種である。そのため,これまでに多くの研究者によってアユの生理,生態および増養殖技術に関する研究が盛んに行われてきた。川に遡上したアユは,川底の石に付着した微細な藻類を専ら摂食し,その旺盛な食欲によって春から秋までの限られた間に数十倍もの大きさに成長する。そのため,付着藻類による一次生産力は,河川におけるアユの環境収容力を推定するための重要な要因として注目されてきた。しかし,アユの摂食によって付着藻類群落がどのように変化し,それがアユ自身の餌環境にどのような影響を及ぼしているのか,アユと付着藻類の「食う食われる」の関係についての生態学的知見は限られていた。
 そこで,平成9年から12年までの4年間,経常研究「アユ漁場における付着藻類群落の生産構造の解明」においてアユと付着藻類の相互作用に関して主に実験的手法を用いて研究を行った。

アユの摂食は付着藻類の群落構造を変える
 アユが付着藻類群落に及ぼす影響を明らかにするため,アユを収容した人工河川(実験区:2.2尾/㎡)とアユの居ない人工河川(対照区)の底に発達した付着藻類群落の現存量および種組成の時間変化を調査した(1)。
 その結果,対照区では,実験期間中,常に珪藻が優占し,最終的にCocconeis placentulaCymbella turgidulaC. prostrataMelosira variansおよびNitzschia yuraensisの優占する群落が形成された。一方,実験区では,アユの摂食によって現存量の増加が抑制され,かつ,対照区で優占していた珪藻類に変わって糸状ラン藻Homoeothrix janthinaの優占する群落が形成された。この糸状ラン藻優占群落の形成は,実験という特殊な環境下でのみ認められるわけではない。木曽川で調査を行ったところ,アユの摂食圧が高い場所,いわゆるアユによって磨かれた石ではH. janthina優占群落が形成されることが観察されている(2)。すなわち,アユは,藻類を摂食することによって,付着藻類群落の現存量増加を抑えるばかりでなく,珪藻優占群落から糸状ラン藻優占群落へと質的な変化を引き起こすことが分かった。摂食による糸状ラン藻優占群落の形成は,他の藻食性・雑食性の魚においても報告されており(3, 4),普遍的に見られる現象と思われる。

直立型の糸状ラン藻H.janthina
 H. janthinaは,ネンジュモ目ヒゲモ科に属する糸状ラン藻である。糸状体は基質に対して直立して付着し,基部より尾部に向かい次第に細くなる毛のような形態をしている。H. janthinaは,異質細胞を持たず,糸状体の一部が分かれて形成される連鎖体が新たに基質に付着することによって増殖する。連鎖体は,基質に付着している他の藻類の上にも辺りかまわず定着し,叢状のコロニーを形成する。H. janthinaは,北海道から九州まで日本各地で一般的に見られるラン藻であり,しばしば春から秋にかけて比較的清浄な河川において優占することが知られている(5)。この時期は,まさにアユの河川生活期と重なっている。

種構成変化のメカニズム
 それでは,なぜアユが頻繁に摂餌するところでは直立型の糸状ラン藻H. janthinaが優占するのであろうか。一般に,動物の摂食による付着藻類群落の種構成変化の原因として2つのメカニズムが考えられている。1つは,藻類の増殖力の違いによるもので,全ての藻類が同じように摂食されるのであれば,旺盛な増殖力を持った藻類が動物に摂食された損失を直ちに補完し優占すると考えるものである。このシナリオは,動物の摂食圧が強い場所で,しばしば遷移初期の群落が形成されることを説明する。しかし,一般に付着藻類群落の遷移初期には珪藻が優占しており(6),また,魚の摂食圧が無いと糸状ラン藻は直ちに珪藻に覆い尽くされてしまうことが知られている(3)。これらのことは,糸状ラン藻優占群落の形成において,増殖力の違いによるメカニズムは否定的であると思われる。
 2つ目は動物の選択的な摂食に起因するものである。動物の選択的摂食は,植物に対する食料としての嗜好性の違いによって生じる場合と,植物の形態的特性などによる食べられ易さの違いによって生じる場合がある。ところで,アユと付着藻類の場合にはサイズの違いが大きいため,アユが付着藻類のような微細な食料を積極的により分けて摂食しているとは考え難い。むしろ微細藻類の特性による食べ易さの違いによって選択的摂食が生じると考えるほうが妥当であろう。すなわち,種間競争において比較的劣勢な藻類でも、食べられにくい特性を持っていれば、競争力が強く食べられ易い藻類が除去されることによって優占できると考えられる。しかし,著者らが千曲川で行った調査では,胃内容物の90%以上がH. janthinaの糸状体で占められている個体も多数見られ,H. janthinaの糸状体はアユによって特に食べられにくいわけではなさそうである。

H.janthinaの秘められた能力
 それでは,一体,どのようなメカニズムが考えられるのであろうか。ヒントは,アユのハミアトを走査型電子顕微鏡を使って観察することにより得られた(1)。アユの口には櫛状歯と呼ばれる微細な歯が並んでおり,口を基質に押し付けて前進することによって付着藻類を摂食する。このとき笹葉状の摂食跡が残り,アユが摂食した場所を容易に見分けることが出来る。櫛状歯によって削り採られた部分では,ほとんどの珪藻類が取り除かり除かれていたが,基質に付着したH. janthinaの連鎖体は数多く残っていた。基質に付着した連鎖体は,小さく固着しているため,アユの摂食に対して強い抵抗性を持っているものと考えられる。H. janthinaの糸状体は,基質に付着した連鎖体が伸長することによって生長する。すなわち,伸長した糸状体はアユに摂食されるが,基質に付着した連鎖体はアユに食べられにくいため,アユの強い摂食圧を受ける状態でもその旺盛な生長によって群落を維持できるものと考えられる。さらに,Pringle and Hamazaki(1998)は,魚の摂食による群落上層部の藻類の除去が,群落下層への光・栄養塩供給を向上させ糸状ラン藻の増殖に有利に働くものとしている(7)。

珪藻からH.janthinaへの優占種の交代はアユにどのような影響を及ぼすのか?
 それでは,珪藻優占群落からH. janthina優占群落への変化は,アユの餌環境にどのような影響を及ぼすのだろうか? 人工河川の底に現存量を同一にした珪藻優占群落とH. janthina優占群落を人為的に形成させ,それぞれの人工河川にアユを収容しその成長を比較した。食料生産の違いは,アユの個体密度が高いほどその成長に大きな影響を及ぼすのものと考えられる。よって,実験は個体密度を2.5尾/㎡と比較的高密度の条件下で行った。その結果,アユの成長速度は珪藻優占群落に比べ,H. janthina優占群落を餌として飼育した場合に高くなっていた。

アユは自らの餌環境を改善している
 なぜ,個体密度が高い条件下ではアユの成長が,糸状ラン藻優占群落を餌とした場合に良くなったのだろうか。先の実験において,珪藻優占群落はアユの摂食によって現存量が急激に減少し,それに伴い生産力も低下すること,それに対し,H. janthina優占群落はアユに摂食されても一定の現存量を保つため高い生産力を維持できることが示唆された。また,H. janthina優占群落の窒素含有率やカロリー量は,珪藻優占群落に比べいずれも高いことが分かった。すなわち,H. janthina優占群落は,アユの摂食圧を受けても崩壊することなく高い生産力を維持し,かつ,栄養的にも良い特性を持っているため,個体密度が高い時のアユの成長を補償できたものと考えられる。そもそも,H. janthina優占群落はアユの摂食によって形成されるため,アユは藻類を摂食することによって自らの餌環境を改善しているものと考えられる。

(内水面利用部漁場管理研究室研究員)

引用文献
(1) S. Abe, K. Uchida, T. Nagumo, T. Ioriya and J. Tanaka: Effects of a grazing fish, Plecoglossus altivelis, on the taxonomic composition of freshwater benthic algal assemblages, Arch. Hydrobiol., 150, 581-595 (2001).
(2) S. Abe, O. Katano, T, Nagumo and J. Tanaka: Grazing effects of ayu, Plecoglossus altivelis, on the species composition of benthic algal communities in the Kiso River, Diatom, 16, 37-43 (2000).
(3) M. E. Power, A. J. Stewart and W. J. Matthews: Grazer control of algae in an Ozark Mountain stream: effects of short-term exclusion, Ecology, 69, 1894-1898 (1988).
(4) C. M. Pringle and T. Hamazaki: Effects of fishes on algal response to storms in a tropical stream, Ecology, 78, 2432-2442 (1997).
(5) 田中志穂子・渡辺仁治: 日本の清浄河川における代表的付着藻類群集Homoeothrix janthina-Achnanthes japonica群集の形成過程, 藻類, 38, 167‐177 (1990)
(6) C. Hudon and E. Bourget: Initial colonization of artificial substrate: community development and structure studied by scanning electron microscopy, Can. J. Fish. Aquat. Sci., 38, 1371-1384 (1981).
(7) C. M. Pringle and T. Hamazaki: The role of omnivory in a neotropical stream: separating diurnal and nocturnal effects, Ecology, 79, 269-280 (1998).

参考
人工河川を用いた実験で優占していた藻類

nrifs-info@ml.affrc.go.jp
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