中央水研ニュースNo.27(2001(H13).11発行)掲載

【研修と指導】
JICA水産加工品製造研修
山下倫明

 海外協力事業団(JICA)の漁獲物処理コースに参加している海外研修生9名を受け入れて,7月2~6日に加工品製 造の実習を行いました。中央水研では2年前からこの研修を担当しており,今年で3年目です。途上国の技術者・研 究者約10名が3ヶ月間,横須賀市長井の研修センターに滞在し,水産に関する日本の技術研修をうけるコースの一 部として,燻製品,塩乾品,すり身の製造に関する実習を中央水研で分担しています。今年は,講師を北海道釧路 水産試験場の佐々木政則さん,青森県水産物加工研究所の小泉正機さんにお願いし,利用化学部・加工流通部のス タッフが参加して,秋サケを原料とするスモークサーモン,冷凍すり身,さんまの開き干し,いか燻製を作製しま した。
 私たちが普段,口にする水産加工品の多くは,実は伝統的な製法によるわけではありません。最近の加工技術や 低温流通に合わせて,現代的にさまざまな改良がなされています。水産物加工は,大量の原料魚介類を処理して貯 蔵性を高める技術であり,塩分と乾燥により水分活性を低く抑え,加熱などにより殺菌して貯蔵性を高めるのが基 本になりますが,最近の消費者ニーズに合わせて,塩分を低く抑え,冷凍品として流通する水産加工品が増えてき ています。発展途上国で使える技術開発には,日本の伝統的な加工法を理解するだけでなく,各国の状況,例えば 生物種,機械化のレベル,冷凍技術,食事の嗜好と伝統,衛生事情,流通と消費の形態などにあった技術が必要と なります。1週間の研修で,日本での原料処理と加工品製造の理論と技術をできるだけ知ってもらうため,原料か ら製品の包装までの一連の作業を体験してもらいました。
 今回の実習で作った加工品は,魚好きには馴染みのものですが,歴史的には水産試験場で開発・改良された加工 品です。中央水研と水産試験場,海外の研究者・技術者が集まって,水産加工品の製造法を理解するよい機会とな りました。ここでは,製造法とその原理をご紹介します。

スモークサーモン
 燻製品は目的に応じて調味や加熱工程が違ってきます。スモークサーモンは肉が生の状態で燻煙し,凍結保存し ,半解凍状態でスライスします。原料に用いられる魚肉の脂肪含量が8%以下と少ないものを使うのが,美味しい 製品を作るポイントになります。養殖のギンザケやニジマスは脂肪が多く,燻製にすると油っぽくなってしまいま す。実習では銀毛の秋サケを使い肉色がよいものができました。
成熟が進んだブナザケは,肉色が褐色を帯び,またタンパク分解活性が強いものでは加温中に肉が軟化するため, よい製品ができません。皮付きのフィレーに塩を振り,一晩低温で寝かして脱水したあと,冷風乾燥機で一晩乾 燥させます。その後,20℃の低温で数時間燻煙にかけます。保存食として利用するための伝統的な燻製品は塩分 10~15%を含ませた魚肉を水分40%以下になるまで,1週間以上燻煙しますが,最近ではソフトな生肉の食感の冷 燻が好まれるため,低温で数時間燻煙するのが一般的です。燻煙によって鱗や体表が褐変して光ります。燻煙中に 含まれるフェノール類やカルボニル類に製品の抗菌作用を高める作用があります。

いか燻製
 珍味でおなじみのスルメイカを原料とするイカリングは函館水試で開発された技術です。イカの表皮は4層の結 合組織からなりますが,燻製品を作るためにはこれらを取り除く必要があります。そのため,55℃で10分間加熱す ることにより,皮膚のコラーゲン繊維を変性させ,さらに表皮に含まれる内在性プロテアーゼを活性化させて表皮 組織を分解除去します。この加熱処理による剥皮工程によって真っ白な肉が得られます。食塩,砂糖,旨味調味料 で調味したのち,90℃で熱燻に1~2時間かけます。市販品ではすこし酸っぱい味がしますが,添加物としてクエン 酸やソルビン酸が腐敗防止のため使われているからです。


図1.加熱処理して剥皮したイカの胴部を水洗いする。

さんまの開き干し
 解凍した原料魚に背側から包丁をいれて魚体を開き,内臓を取り除いたのち,10%の食塩水に10分間浸漬して, 塩分を調節したのち,乾燥させます。塩分と水分により,貯蔵性が大きく変わります。 さらに,窒素置換してから ,脱酸素剤をいれて脱気包装することによって脂肪の酸化を抑え,さらに冷凍することにより,長期間貯蔵するこ とができます。

さけの冷凍すり身
 肉のミンチを大きなポリ容器にいれ,3倍量の0.1%重合リン酸塩/0.1%重曹液(pH7)で攪拌して洗います。す り身の品質,すなわちかまぼこのゲル化の作用は,筋収縮を調節する筋原繊維タンパク質の質で決まります。この 筋原繊維の変性をできるだけ抑えて,回収するのがすり身の製造の技術です。筋原繊維は水に溶けにくいので,中 性の薄い塩溶液で洗うことで,筋原繊維が膨潤します。また,水晒しの工程で,生臭い成分やタンパク分解酵素, 脂肪分なども取り除く意味があります。そのあと,洗った肉を布袋に入れて脱水します。さらに,冷凍すり身を作 るためには,冷凍中のタンパク質の変性を抑制する作用をもつソルビトール(甘みが弱い糖),砂糖,重合リン酸 塩などを添加したのち,コンタクトフリーザーで-50℃まで一気に冷却し,凍結します。
 このすり身を使って竹輪を試作しました。すり身に食塩3%とグルタミン酸塩0.5%を添加し,擂かいする(すりつ ぶす)と,食塩の作用で筋原繊維タンパク質が溶解し,肉糊になります。今回原料に用いた産卵期のサケは筋肉に 強いタンパク分解活性があります。この酵素を阻害するため,酵素インヒビターの作用をもつ卵白の粉末を擂かい 時に1%添加しました。
これを棒に巻き付け,加熱するとゲル化し,かまぼこの弾力が得られます。秋サケのすり 身からは美しいピンク色のかまぼこゲルができました。
 魚介類を加工する際の細かな手法は原料と目的とする製品によって違ってきます。研修生には,これらの技術を 途上国で展開するため,加工の原理を十分理解し,自国の原料の特性に応じて改良してもらうことを期待していま す。

(加工流通部加工技術研究室長)


図2.秋サケのすり身から作った竹輪を焼く。
右から,小泉さん,佐々木さん,筆者。


Michiaki Yamashita
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