中央水研ニュースNo.26(2001.10発行)掲載 |
【研究情報】 |
淡水魚類生息条件データについて |
村上 眞裕美 |
1998年度の内水面水産業試験研究推進会議で,魚に優しい河川像の解明について協議した。魚が 棲みやすい川とは,生育場,産卵場,移動路としての機能が満たされていることであり,具体的には, 水質(水温,濁り,溶存物質等)が良好,底質(河床材料)が適当,地形が複雑(瀬と深い淵/入り組 んだ河岸形状),流量豊富で流量変動が大(適度な河床更新),外敵からの隠れ場所,植生(付着藻類 ,浮遊藻類,水草,河畔林)が豊か,餌が豊富等が考えられる。 人為的な改変がなされていない天然河川は魚にとって棲みやすい。しかし治水・利水目的での河川改 修が,如何に効率的に水を流すか・取水するかという視点だけでなされた結果,川は魚にとって棲みに くく,ひどい場合は魚が棲めない環境になってしまった。漁業被害も生じ,水産サイドでは1980年 代初めから,漁業被害の実態調査や,魚にとって好適な河川形態や流量を解明する調査を重ねデータを 積み上げてきた。 建設省(建設サイド)では1990年に,生物の生息環境に配慮し,美しい自然景観を保全,創出す るために「多自然型川づくり」を打ち出した。1997年には河川法の一部を改正し,河川管理の目的 として「治水」「利水」に「河川環境の整備と保全」を加えた。1996年に出された河川審議会答申 では,21世紀に向けた河川整備においては「人間の生存の基盤となっている生態系を長期的に安定さ せ,生物資源を持続的に利用するため,河川において地域固有の生物の多様な生息・生育環境を確保し つつ,河川を治め,河川の持つ様々な恵みを活かしていく。」と謳われている。しかし,当然のことで はあるが,「治水対策の推進」や「水資源開発のために新たなダム等の建設の推進」の必要性がより強 調されている。現時点で建設サイドは既往知見だけで物事を進めつつある。「生物データがないからデ ータが出そろうまで治水工事をストップする」ようなことまではしないだろう。 以上のような現状認識に基づいて,水産サイドとしては河川改修に際しての基礎資料となるような魚 類生息好適条件データを整備することが決まった。そこで内水面利用部では,淡水魚類の生息条件に関 して,提供可能なデータの有無などについて,全都道府県へのアンケート調査を実施した。その回答を 基に20府県の水産関係試験研究機関からデータの提供を受け,文献と合わせて9科35種の淡水魚類 について「淡水魚類生息条件データ集」を取りまとめた。 データは魚種ごとに野外調査と飼育実験に関するものとをそれぞれまとめ,生息条件の項目を定量的 項目と定性的項目に分けた。 定量的項目は,水深,流速,水温とした。野外調査では各項目について成長段階毎に,魚が分布した 場所の範囲の上限・下限値をまとめ,実験からは魚が何の問題もなく生息(再生産)出来る範囲(快適 上限値・快適下限値)と,魚が死なないギリギリの範囲(生息上限値・生息下限値)を示した。 ここで上・下限値の持つ意味を整理しておく。水深について,上限値より深い場所には魚が棲めない とか魚にとって不必要ということでは決してない。基本的には水深は大きければ大きいほど魚にとって は好ましい。天然河川では深い場所があれば浅い場所もあり,そのような水深の変化が大きいことが多 くの魚にとって好適な環境である。潜水目視調査では深い淵の底までは調べにくいし,増水時に魚が淵 に避難していることも把握できない。水深の上限値のもつ意味を取り違えないように,十分注意する必 要がある。逆に下限値より浅い場所には魚が棲めない(棲みにくい)と考えてよい。また流速について ,下限値より遅い場所には魚が棲めない訳ではない。ある種の魚で産卵場の形成には一定の流れが不可 欠であるが,それ以外の場合は部分的に流れの遅い場所があることは魚の生息にとってなんら問題ない 。逆に上限値より速い流れでは魚は下流へ流されてしまうなど,魚が棲めない(棲みにくい)場所と考 えられる。 定性的項目は,底質(河床材料),河床構造,カバーとした。このうちカバーは魚の隠れ場所となる もので,水中の巨石,水中の植生,河畔の植生,深みなどを想定している。その他の生態学的情報とし て,上記以外の寄せられた情報をできるだけ詳しく記述した。今後調査研究により新たな知見が得られ れば,それらを加えてデータ集を改訂する予定である。関係する試験研究機関の皆様には,これからも ご協力頂けるようよろしくお願いします。 (内水面利用部漁場環境研究室主任研究官) |
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