中央水研ニュースNo.26(2001.10発行)掲載

【研究情報】
東北大学への国内留学
(DNAマーカーの水産生物への応用法に関する研究)
吉田 勝俊

 平成12年5月から13年3月まで科学技術庁(13年1月からは文部科学省)の国内留学制度によ り東北大学農学部応用集団遺伝学講座の谷口順彦教授の研究室に滞在しました。教室では水産生物への DNAマーカー応用研究を各種のマーカーを用いて総合的に行っています。DNAマーカーは分子生物学の研 究の進展に伴い近年開発の進んだ遺伝マーカーで,生物多様性条約の締結に伴い生物の遺伝的多様性の 把握・維持を考慮した水産業の確立が重要性を増してきている中,その解析手法として大きな期待がも たれています。研究室ではいくつかの種類のDNAマーカーが研究されていますが,私が目的としたマイ クロサテライトDNAマーカーの利用に関しては遺伝的多様性のみならず,人工生産種苗の親魚の推定, 放流魚の標識としての利用法の開発等,幅広い研究が行なわれています。マイクロサテライトDNAは, DNA中で2~4塩基程度の配列が複数回反復した構造で,その反復回数が個体差を持つことをDNAマーカ ーとして利用します。反復配列領域を挟む形でプライマーを設計し反復配列部分をPCR増幅後電気泳動 し,増幅断片の鎖長の変異から多型を検出します(中央水研ニュース15号,4~6頁参照)。
 私は,プロジェクト研究の一環として中央水研でクロソイのマイクロサテライトDNAマーカーについ て,放流魚と天然魚の遺伝的多様性についての研究を行っていました。この国内留学では,クロソイを 対象魚に,1)放射性同位元素や蛍光シーケンサを使用しないビオチン標識プライマーを用いた分析手 法,2)多レーン型蛍光シーケンサを使用した大量分析,3)得られたデータの解析手法,について検 討を行いました。
 1)では反応条件の検討により,従来法と同程度の分析結果を得ることできる分析方法を確立しまし た。これにより大掛かりなRI使用施設や高価な蛍光DNAシーケンサを使用せずに分析が可能となり,よ り広範囲での応用が期待できます。2)では多くの試料の分析が行える事を確認しましたが,中央水研 で使用していた機器との機種の違いにより,同一のプライマーを用いてPCRを行った場合でも,結果と して得られる増幅断片の鎖長が異なる場合があることが判明しました。今後,分析結果を集積比較する 際には充分な注意が必要であると考えられます。
3)では岩手県山田湾の3年分の天然,放流クロソイ 試料の分析結果を使用し,一般に使用されている解析ソフトウェアおよび研究室で使用されているマク ロプログラムを使用し解析を行いました。放流集団では天然集団と比較して遺伝的多様性の減少が認め られましたが,天然集団の年次による違いは検出されず,この範囲では遺伝的変異の経年的な変化傾向 は見られないと考えられました。今後,クロソイの研究をさらに進めるとともに研修で得られた知識を 他の魚介類にも応用し水産研究に寄与したいと考えています。
 最後に,本制度による留学は,この分野で先導的な立場で研究を進めている研究室で研究分析手法の 習得を行う事ができるのみならず,関係の研究者との交流を深める点で極めて貴重な機会でした。研究 所の後輩のためにもこのような有効な制度が存続する事を願います。
 また独立行政法人化を準備するという慌しい時期に,約一年間の国内留学を許して頂いた分子生物研 究室の皆様はじめ,ご尽力頂いた関係者の皆様に深く感謝いたします。

(生物機能部分子生物研究室主任研究官)

電気泳動装置
実験室の一角に並んだマイクロサテライトDNAマーカ分析用の電気泳動装置
混雑時には6台がフル稼働する。電気泳動後、さらに増幅断片の検出操作を行い鎖長を測定する。


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