中央水産研究所
中央水研ニュースNo.26(2001(H13).7発行)掲載

【独法化を迎えて】
海区水産業研究部の研究方針
正木康昭

 新組織に示された中期目標の重点研究領域「水産生物の機能の解明及び積極的な資源造成と養殖技術 の高度化」を受けて定めた中課題「黒潮沿岸域における増養殖対象種の群集構造ならびに再生産過程の 解明」の達成に向け,沿岸資源,資源培養,海区産業の3研究室が「アワビ類の再生産過程における生 理特性の把握」,「暖流系アワビ類の加入変動要因の把握」,「沿岸砂浜域におけるヒラメ等底魚類に 関する食物連鎖構造の栄養生態学的解明」等の課題を研究室が相互に連携・協力し,同じ目標に向かっ て研究を進めます。
 太平洋黒潮沿岸域を俯瞰した組織的な資源・培養研究は,平成10年10月から再開されました。当 該海域に生息する資源も他海域と同様,資源状態は多くの種で良くありません。今年度から資源回復計 画が実施されました。我々資源生物研究者のみならず行政部局においても資源の現状を憂うる点では同 じ基盤に立った証でしょう。良くない資源状態をもたらした原因はさまざまに推察されます。資源状態 に見合った適正な漁獲努力を越える積極的な漁獲活動や弛まざる漁具漁法の改良・改善と漁労機器のハ イテク化の浸透,環境汚染をはじめとする漁場環境の物理・化学・生物的不具合,地球温暖化による遅 効的影響などが考えられ,枚挙にいとまがありません。加えて,国民の健康志向がもたらす水産物への 需要増,昔から根強い趣味としての釣りの産業化,過当競争がもたらす輸入の増加などの影響も現在的 問題として看過できない水準に達しているといわざるをえません。このように試験研究部門を取りまく 環境も決して穏やかではなく,また,問題解決への時間的余裕も十分にあるとはいえません。
 この状況下において,海区水産業研究部は,目前の緊急的課題を軽視するものではありませんが,5 0年,100年の期間を考えたとき,いかなる研究の理念を掲げて実行していくかが極めて大切なこと であると考えています。長期間にわたり,継続性をもち,リスクが大きくとも普遍的な原理の解明こそ が独立行政法人水産総合研究センターに課せられた本来的使命の一つでありましょう。「黒潮沿岸域の 水産業の振興に貢献する」ことが海区水産業研究部に課せられた使命の出口でもあります。その直近の 課題への対処のみでは根本的な問題を解決し,真の水産業の振興に貢献することになるのでしょうか。 全面的に否定はしません。しかし,歴史的反省からは,当面多くの痛みを伴うことを自他共に覚悟し, 時間がかかったとしても,根本的課題を解決し,頑健な科学的基盤の上に立った水産業の振興策を打ち 出すことこそ今必要なことと考えています。
 対処療法的調査研究も時には必要ですが,基本的な研究推 進方針は,「演繹的思考の下で諸問題の根元を把握する!」,「期間を限って研究成果を発信する!」 ,「常に見直し,前進する!」,「我々の組織でしか実行できない敢えてリスクの大きな課題に挑戦し ,失敗を恐れない!」,「失敗も成果の一つ!」,「相互に評価し合う競争的積極的研究環境を醸成す る!」に据えたいと思います。水産業は総合科学の結集であると思います。資源だけを対象とするので はなく,それと同時同所的に存在する全ての生物,それらを取りまく物理・化学的環境,漁業(者)やそ れらとともに存在する社会を対象とする社会経済的環境をも包含した研究課題を推進することによって はじめて水産業の振興に貢献できる研究成果が生み出されるものと考えます。しかし,これは理想論か もしれません。
 我が部の陣容は,生物・資源の生態,評価,培養に関する研究手段を有しているにすぎません。足ら ざる部分は連携協力により補完します。この方針に沿って,我が部で着手できる研究は,現在的である と同時に歴史的反省結果から浮かび出てきた課題として,「再生産」が正しくこれに該当するものと考 えます。再生産を構成するいくつかのフェーズを検討し,漁獲加入に至る過程で起こる諸現象の解明に 焦点を当てることにしました。これらの研究課題を発展させることにより,海域の生物,非生物と時空 間を包括する系(生態系)の成り立ちと動態を解明し,この知見を基盤とした資源の評価,持続的経済的 利用方策,培養方策,管理方策などを提言し,頑健な水産業の再生に貢献します。

(海区水産業研究部長)


Yasuaki Masaki
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