【研究情報】
米国における中期在外研究報告
-環境応答に関する遺伝子研究-
山下倫明

在外研究について
 科技庁中期在外研究員制度を利用して、平成10年10月から12月までスタンフォード大学ホプキ ンス海洋研究所パワーズ所長のもとに滞在した。ホプキンスは、生物学科の海洋生物学部門として位置 づけられており、本キャンパスから150km南方のモントレー湾に面した海岸にある。海洋生物の環 境適応のメカニズムに関する研究を行っている。パワーズ教授は、マミチョグ(アメリカではkillifish という)のニューハンプシャー・メイン州など北方系群とフロリダ州など南方系群では乳酸脱水素酵素 のアイソザイムの活性、転写調節や発現パターンが異なることを明らかにしてきた。
 この滞在では、マミチョグの系群間の温度適性の生理的・遺伝的な違いを明らかにするため、中央水 研で現在私たちが進めているHSP70遺伝子およびCDC48遺伝子を解析した。HSP70遺伝子は熱、放射線、 薬剤などのストレスによって誘導されるものであり、一方、CDC48遺伝子は低温処理によって誘発され る特徴をもつ。今回これらの遺伝子を単離したが、その塩基配列を決定したのち、高温、低温など環境 応答性を示す新規な転写調節配列の転写活性化能を活用して環境応答性遺伝子発現系を確立しようと考 えている。DNAを金粒子に吸着させ、ヘリウムガスの圧力で細胞内にDNAを導入するジーンガン装置はホ プキンスがバイオラッド社と共同で開発したものである。パワーズ教授と共同して遺伝子導入魚の作出 を計画中であり、環境適応機能に関する遺伝子発現調節機構の解明に役立てたい。マミチョグの北方系 群と南方系群の各個体からそれぞれ同じ遺伝子を単離し、塩基配列を解析することによって、南北両系 群の遺伝子の分子進化過程と温度ストレス下での遺伝子発現調節の機構が明らかにできるだろう。

研究環境
 スタンフォード大での研究の進め方や実験施設などは水研と大きな差は感じられなかった。施設は中 央水研の方が新しいが、実験機材は同程度でそんなに充実している訳ではない。最も便利なものは、イ ンターネットによる専門雑誌のオンライン購読である。本学の図書館がこの契約を結んでいるので、研 究室の各自のパソコンで新着雑誌を閲覧し、必要な論文を印刷することができた。
このようなシステムは水研でも是非取り入れるべきだろう。
 米国製の試薬、機械などは日本よりも価格が1/2~1/3程度と非常に安く、また人件費もポスド クの賃金が年間200~400万円と低いので、研究予算額の積算が日本と大きく違うことに驚いた。 スタンフォード大学では、研究費は政府・企業からの助成金、特許収入および個人・団体からの寄付か らなるため、それらを獲得するため、教授から博士課程の大学院生まで研究予算申請と成果論文の発表 に非常に積極的に取り組んでいた。大した実験データでなくても研究の目的と意義を明確にし、きっち りと論文にまとめていくたくましさがある。パワーズ教授がMolecular Marine Biology and Biotechnology 誌の編集長を務めて研究所内外の研究者に投稿を促し、この分野のリーダーシップをとるのを見ると、 私たちの研究所でも国際ジャーナルの編集・運営とそれによる研究成果の発信に取り組み、研究の方向 性を決め、研究活動を国際レベルで優位に進める努力が必要であると感じた。

米国の海洋生物学海
 洋生物学は環境適応に関する細胞生物学が中心的なテーマとなりつつあることが今回の訪米で実感で きた。魚類、貝類、イカ、ウニなどの実験動物または野生動物を研究材料として、高温低温、塩分、紫 外線などの環境ストレスによる生理的障害や生態系への影響を評価しようとする研究が、ホプキンスで 行われていた。またカリフォルニア大学ボデガ海洋研ではロブスターを研究材料として、スクリプス海 洋研では深海微生物を材料として環境適応に関する研究が進められていた。形態形成や神経発生の分野 ではゼブラフィッシュ、イカなどが実験材料として用いられており、医学との融合が進んでいる。一方 、私たちはストレス応答性遺伝子の発現パターンと遺伝子導入魚を用いて環境ストレスの影響解析を進 めてきた実績がある。今後、各制度を利用して、米国研究者の招へい、大学院生・ポスドクの交換、国 際シンポジウムの開催など日米の交流を積極的に進めたい。

(加工流通部加工技術研究室長)


Michiaki Yamashita
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