【研究情報】
沖縄クロカンパチの販路開拓について
田坂行男

 中央水研ニュース第20号において報告しましたように,経営経済部消費流通研究室では平成9年度 事業として「沖縄型海洋牧場の創造・支援に関する養殖技術開発調査」に参加し,いくつかの調査研究 事業を実施してきました。その概要は前回報告文をお読みいただくとして,ここではそのうち新魚種「 スギ」(その後「クロカンパチ」と改名されている。ここでは以下「クロカンパチ」と呼ぶ)の販路開 拓調査結果の一部を紹介します。
1.料理素材としての魅力は?
 「クロカンパチ」は,肉質の特性や成長の速さ等から,他県に類を見ない沖縄独自の養殖魚として, 養殖業者だけではなく多くの水産関係者からその定着と普及が期待されています。すでに平成9年には 3kgに成長した1年物がサンプルとして県内量販店へ出荷され,白身の刺身商材として十分取り扱え るとの評価も受けました。消費者の認知度はまだ極めて低いのですが,量販店では肉質が比較的似てい るブリやカンパチとの相対的な評価の中で売価設定を行えば販売可能と判断したところが多く,今後白 身魚の刺身市場に食い込んでいくことが期待できそうです。
このように小売一般市場では刺身商材として評価が得られることが確認できましたが,それでは業務 用食材としての可能性はあるのでしょうか。今回の調査研究では,調理師が食材としてどのような判断 を下すかを知るために沖縄県内の居酒屋,首都圏のビアレストラン,及びディナーレストランにおいて 具体的に調理をしてもらい評価を受けることにしました。その結果,利用者の立場から,①白身で癖の ない肉質であること,②しつこい脂の乗りがないこと,③肉質の固さが長時間保持できる上に色変わり も遅く取り扱いやすいこと,等が評価できる点として指摘されました。
 調理方法としては,癖が無く肉質がしっかりしている白身魚なので,刺身や寿司等の生食メニューだ けでなく,照り焼き,味噌焼き,あら煮,フライ,ムニエル,ソテー等大衆的な洋風メニュー,さらに は洋風調味料を使用したポワレ(蒸し焼き)やカルパッチョ(薄くスライスした生肉の刺身にオリーブ 油や香辛料をかけた料理)等のフランス料理やイタリア料理のコースメニューでも使い易い食材との評 価を得ました。しかし,正肉歩留まりが45~48%程度しかない上に魚体が細長いことから,ポワレ のような軽く火を通す洋風メニューの主食材としては5kg以上の魚体が必要となるとの判断が下され ました。
2.業務用食材として使いきれる仕入価格水準と産地出荷価格との乖離問題
 食材としての質に優れていても仕入価格が高ければ商品取引は成立しないことは言うまでもないこと です。外食産業は対象としている客層や客一人あたりの支払金額の水準から使用する食材の品質や仕入 価格条件が異なっていて,自らの店舗で使いきれる食材であるか否かが仕入時での重要な判断基準とな っています。業種業態によってその水準はまちまちですが,一般的にはメニュー販売価格の30%前後 が原材料費にあてられています。
 今,一食分に使うクロカンパチの重量を100g,商品の販売価格を1,000円(洋食店の1皿あ たり平均的価格水準)と仮定すれば,ラウンドでは1,500円/kg(正肉ベースで3,000円/ kg)以内の仕入れ条件が必要になると考えられます。ここから,流通経費(聞き取り調査結果による と,沖縄県内であれば150円/kg,関東出荷であれば500円/kgの包装・輸送経費が必要)を 差し引けば,産地出荷価格は県内流通で1,350円/kg,関東地方への出荷であれば1,000円 /kgが出荷できる価格条件となってきます(表1)
 また商品の試作をしていただいた外食産業には,試作商品の販売価格をどの程度にすることがメニュ ー戦略上妥当であるかについても意見を求め,そこから仕入価格,産地出荷価格を算出してみました。 その結果,沖縄県内の居酒屋と関東地方にあるビアレストランに出荷するためには産地価格を1,00 0円/kg以下まで引き下げて供給しなければならないという厳しい状況が見えてきました。一方,客 単価の高い関東地方にあるディナーレストランではポワレを想定すれば仕入価格は2,700円/kg であり,産地出荷価格が2,200円/kgであっても取引は可能との結果を得ました(表2)。 これまでのクロカンパチの産地販売価格は,ラウンドで1,400~1,500円/kgが標準とな ってきました。この値を正肉換算すれば,歩留まりが50%であれば2,800~3,000円/kg であり,この価格に輸送費や仲買人の手数料が上乗せされて消費地価格が形成されてきました。こうし た実情は,メニュー水準1,000円の店舗は養殖生け簀の隣に店舗を持っていたとしても採算に乗る 仕入れが出来ないことを意味しています。
3.クロカンパチの販路開拓課題
 クロカンパチはまだ市場には出回っておらず,昨年後半から築地市場に試験的に出荷が行われ始めた ばかりです。販路を求める活動は,白身魚の既存市場にクロカンパチに対する需要を新たに作り出すこ とを意味しており,以下の点が販路開拓上の課題となるでしょう。1つはカンパチやタイ,マチ類など 白身魚のなかでクロカンパチを価格や用途の点でどのあたりに位置づけていくかを決めていくことです 。現在はカンパチの代替品として扱われていることが多く,価格はそれを前提に形成されているようで す。白身魚マーケットの中での位置を明確にしていかなければ,養殖経費をどの程度まで圧縮すべきか 等の事業課題も具体的に見えてこないはずです。この作業はまず白身魚に対する需要が主流となってい る沖縄県内から始めて,徐々に異なる市場構造を持つその他の都市圏(例えば白身魚に対する評価が厳 しいといわれる関西圏,需要の絶対量が大きい首都圏など)へとマーケットリサーチの対象を拡大して いくことが望ましいでしょう。
 2つめは,肉質にあった新規メニューの開拓です。白身魚の既存市場にクロカンパチに対する需要を 作り出すためには,既存の白身魚料理に使われるとともに,素材特性に合った新しい料理を作ることが 大切です。この作業を通じて従来白身魚の利用が限られてきた業種業態での需要が拡大して白身魚市場 のパイを広げることも可能となります。
 3つめは,生産費の圧縮です。クロカンパチは成長が速いだけに飼料費が高く,増肉係数3.4で1 kgあたりの生産原価が1,000円/kg程度という状況です。これでは高級な飲食店でなければ扱 いきれない食材となってしまい,沖縄が目指す養殖産地を支える域まで生産規模を拡大することは出来 ないでしょう。
クロカンパチは白身魚とはいってもこれまでの白身魚にはない特性を持った逸材であり,成長の速さ などからみても沖縄養殖業界を支える柱の1つになりうる可能性を持った魚です。今後の健闘を見守っ ていきたいと思います。

(経営経済部 消費流通研究室長)


nrifs-info@ml.affrc.go.jp