中央水研ニュースNo.24(平成12年3月発行)掲載

【研究情報】
造礁サンゴの白化、その後
藤岡 義三

 1998年夏、世界各地において造礁サンゴの大規模な白化現象が多発し、わが国においても、8月 下旬から9月にかけて、南西諸島を中心に急速な広がりを見せました。今回の白化は、南西諸島におい ては1994年夏以来、4年ぶりの本格的なものであり、①近年最大の規模、②白化の程度が強い、③ 白化に伴う死亡が顕著、といった、これまでになかった際だった特徴が認められました。
 白化とは、造礁サンゴに共生している褐虫藻(渦鞭毛藻の仲間)が、高水温などの環境ストレスを受 けて、宿主であるサンゴから抜け出してしまう現象。サンゴの白色の骨格が透けて見えるため、白化と 呼ばれています。
 黒潮研究部では、環境庁地球環境研究総合推進費および環境基本計画推進調査費により、西海区水産 研究所石垣支所と共同で、白化の経緯とその後の生物相の変化について調査を続けています。今回の被 害の大きさをお伝えするため、その概要をまとめてみました。

 1970年中頃から1980年代にかけて、南西諸島を襲ったオニヒトデ禍は記憶に新しいところで す。足の踏み場もないほどサンゴの表面を覆いつくし、捕獲しても焼け石に水といった状況を目のあた りにしながら、「このままサンゴはなくなってしまうのだろうか」と惨憺たる気持ちになったことを鮮 明に覚えています。それから10余年、生息環境に恵まれた海域では造礁サンゴ群集が見事に復活し、と りわけ浅い礁原部に発達したコユビミドリイシ群集やクシハダミドリイシ群集は、世界的に見ても特筆 すべき景観を備えていました。
 白化現象はこれらのサンゴ群集に容赦なく襲いかかりました。オニヒトデ禍の場合は数年かかったと ころを、わずか数ヶ月の間にです。水深1~2mのミドリイシ群集は9月初めまでにことごとく白化し (写真1)、その程度があまりに強かったために短期間のうちに多くが死んでしまいました(写真2) 。死んで脆弱化したサンゴの骨格は、その後の台風や波浪の影響を受けて翌年1月までに破壊、流出し 、礁原部は平坦な基盤がむき出しになりました(写真3)。流れの滞留する礁斜面や窪みには、破壊さ れたサンゴの骨格が文字どおり山となって積み上げられました(写真4)
 サンゴと同じように褐虫藻を持つソフトコーラル、イソギンチャク(写真5) 、シャコガイ(写真6)などにも白化が見られたのはとても印象的でした。

 最大の原因は高水温。1998年は南西諸島での梅雨明けが平年よりも早かった上、台風の接近がほ とんどありませんでした(発生数も7月までに1個、8月に3個と極端に少ない)。このため、沿岸域 の高水温塊が攪拌されることなく長期にわたって滞留し、恒常的に30℃を越える状態が継続しました 。礁池内では日中36℃にも達することもありました。
 しかし、全てのサンゴが、同じように被害を被ったわけではありません。今回被害が特に大きかった のは、浅海域に生息するミドリイシ属の仲間です。逆に、水深数m以深のサンゴは比較的被害が小さく 、白化しても翌年冬までには回復しました。また、白化に対する耐性は、サンゴの種や属によって大き く異なっており、キクメイシ類やハマサンゴ類では被害が小さい傾向にありました。さらに、コモンサ ンゴ類(特に樹枝状のエダコモンサンゴ、トゲエダコモンサンゴ、サボテンコモンサンゴ)ではほとん どの群体が白化するものの、死亡する割合が低いことも今回明らかになりました。海水温変化がシビア な海岸線近くに分布する、エダコモンサンゴ類の優れた適応能力と言えるでしょう。
 ミドリイシ属はインド太平洋海域では圧倒的に優占するグループです。成長が速く、種によっては年 間十数cmも成長することが知られています。今回、このミドリイシ属に被害が集中していたという特 徴は、群集生態学的に見れば寡占化を妨げるという意義があり、サンゴ群集の種多様性を高水準で維持 するのに効果的であると考えられます。

 浅海域のミドリイシ群集の崩壊により、魚類群集にも変化があらわれたことが、西海区水産研究所石 垣支所の調査から明らかになっています。白化現象と地球温暖化との因果関係については、十分な検討 が必要ですが、海洋生態系の維持と水産資源の持続的利用という観点からも、看過することの出来ない 重大な問題であると考えています。

(黒潮研究部 生物生産研究室)


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