中央水研ニュースNo.23(1999(H12).1発行)掲載
【情報の発信と交流】
中国黄河沿岸淡水養魚の現状
杉山元彦
現在、中華人民共和国政府は経済的に発展が遅れ気味の、黄河沿岸地域の振興を目的に「黄河沿岸農漁業総
合開発」を計画中である。これに関連してJICAが派遣した事前の調査団の「淡水養殖」担当の団員として
、同国山西省南西部の黄河沿岸の淡水養殖場を見てまわる機会に恵まれた。
恥ずかしながら、それまでの筆者の中国淡水養殖に関する知識と言えば、世界第1位の水産水揚げを誇る中
国の中でも、全水揚げの約40%を淡水養殖が賄っていること、それが、中国数千年の歴史の中で営々と積み
上げられた養殖技術で支えられているのだろう、と言う程度。ただ漠然と、広い国土の随所で天然生態系を活
用したいわゆる「粗放型」の養殖が行われているのであううと考えていた。
ところが現地に入って驚いた。ここ10数年、急速にその面数をのばして来た養殖池は、そのほとんどが排
水路を持たない素堀の止水式池で、しかもペルー沖のアンチョビーを主原料とする配含餌料を大量に投与し、
高密度で魚を飼育する、いわゆる「集約型」の養殖だったのである。
山西省における水産事情
今回訪れた山西省は中国の中でも水産資源の少ない省のひとつであり、漁業のスタートは比較的遅く、新興
産業のひとつである。このため、1940年代以前は漁業が低調で、魚が食用になることを知らない住民も少
なからずいたとのことである。
水産養殖は50年代になって、本格的に開始され、60年代までにも一定の発展を見せたが、80年代にな
ってからはさらに発展し、この19年間に全省の水産品生産高は28.7%増加した。この増加の原動力の一
つとなったのが、黄河沿岸の低湿地帯における漁業総含開発であったとされている。
山西省提供の資料によれば、1997年における省全体での既存養殖水面は17,796haである。この
うち、池が3,648ha、湖沼851ha、貯水池13,098ha、河川197haであり、それぞれの
水面からha当たり4,547kg、552kg、278kg、1,690kgの水揚げが得られており、単
位面積当たりの生産量は全国的に見て平均的なレベルに達している。また、漁業による水揚げ量が297トン
であるのに対して、養殖による生産量は21,047トンと、全水揚げ量の98.6%を養殖が占めている。
一方、山西省全体での水産物消費量は生活レベル向上の伴い、年々増加し、1997年には69,565ト
ンに達している。これは自省生産量の3倍強であるが、それでも省民一人当たりの消費量は2.21kgと全
国平均の18kgに比べて低い。今後とも水産物に対する需要は一貫して増加するものと考えられる。
山西省の黄河と汾河の沿岸には広大な湿地帯があり、そのうち30.000haが養殖池の造成が可能な荒
れ地とされ、すでに5,300haが養殖池として利用されている。未開発の18,700haのうち、養殖
に適した8,000haの湿地帯が黄河沿岸に広がっている。また、全省で3,062戸の漁業所帯、13,
500人の漁業人口、10,100人の労働人口がいるが、このほかにも農業に比べて、単位面積当たりで4
倍近い収入が得られる淡水魚養殖に対する人気は高く、潜在労働力は充分にあるとされている。
これらのことから、山西省における淡水養殖業は今後さらに発展する可能性を持つと考えられる。
淡水養殖技術の現状と間題点
今回調査した山西省南西部地域で、現在、養殖されているのは、在来種のコイ、ソーギョ、カレン、ハクレ
ン、フナ類、カニ等に加えて、新導入種のナマズ、ブショウギョ等があり、とくに収益率の高い新導入魚種の
人気が高い。山間部の渓流域ではニジマスが、また、地下資源として豊富な石炭や火力発電の温排水を利用し
たスッボン、テラピア等の養殖も行われているが、一般的には、素堀の止水池で、コイとソウギョやレンギョ
とを混合した高密度給餌養殖が行われている。
現存の養殖池の平均的な面積は0.4ha前後であり、また、水深は1~3m前後のものである。湿地帯を
2m前後掘り下げ、その際に出る排土を池の周りに盛り上げた構造となっている。
これらの養殖池に注水される飼育用水のほとんどは地下水で賄われているが、調査地域の地下水の水位は地
表から0~-4mと高く、その水量は豊富であり、水質的にも中国政府の定めた「漁業水域水質基準」に合致
しているとされている。したがって、飼育用水に関しては質、量ともに問題がないと考えられる。
しかし、多くの池には地下水を電動ポンプで揚水する注水設備はあるものの、排水路等の排水施設はほとん
ど見あたらず、換水のための配慮は全くと言っていいほど見かけられず、蒸発分を補う程度の注水のほかは、
ほぼ完全な止水状態での養殖が行われていた。
一方、種苗生産に関する技術力は高く、例えば永済市の種苗生産施設では、養殖用の種苗を150トン生産
する能力をもっている。ただ、永済市の場含、この生産量は需要の約60%をまかなっているにすぎず、また
、施設の老朽化や電力不足などが生産性向上の隘路となっているとのことである。
養殖魚のための餌は主として配含飼料(ペレット)が用いられている。調査地域の一つ、永済市には年間8
,000トンの製造能力を有する飼料工場があるが、20,000トンといわれる需要は賄いきれず、市外か
らの購入や養殖場での自家配合に依っている。また、配合飼料のベースとなる魚粉はペルー産のイワシ(アン
チョビー)に依存しており、その他には、資源の有効利用という名目もあって、野菜くずや綿実油浮等が使わ
れている。しかし、飼料効率(餌の投与量/魚の増重量)は1.5~2.5と日本の1.2~1.3に比べて
悪い。飼料効率の悪さはコスト高につながるだけでなく、養殖池の老朽化を促進する要因ともなるため、配合
飼料の改良に関する研究努力が期待される。
また、中国側が1994年に作成した調査報告書では、標準的な養殖密度を6~7.5トンとしているにも
かかわらず、現地では12トン/haを養殖量の目安としている模様である。これは日本での溜池養殖の目安
である10トン/haに比べて高い養殖密度である。
一般に、止水池で数年連続して給餌養殖を行うと、有機物の蓄積に伴う弊害が多発するようになる。
いわゆる池の老朽化である。過密養殖を行うとその老朽化速度が加速し、生産効率は急激に低下する。調査地域でも
、過密とも思われる高密度養殖が行われているにもかかわらず、平均的な単位面積当たりの水揚げ量は5.1
トン/ha~7トン/haにとどまっており、また、放棄された養殖池の跡らしき窪地が散見されたことも気
にかかった。
調査地域で面談した限りでは、養殖従事者の技能はほぼ妥当なレベルにあると考えられるが、いずれも水揚
げ量向上に主眼を置いているため、過密養殖気味となっている。しかし、そのことが池の老朽化を早め、生産
性を低下させることについては、ほとんど関心を払っていないように見受けられた。したがって、調査対象地
域における淡水養殖を持続的かつ発展させるためには、科学的知見に基づいた技術の普及システム再構築が急
務と感じられた。
しかし、現地で目にした中国政府のスローガンには「科学に基づいた養殖技術の普及」とあり、今後この方
針が浸透するにしたがって、上記のような問題も解決に向かうことと思われる。
また、現在の中国では商品価値の高い魚種の養殖化が盛んに試みられており、外来魚の導入も熱心に研究さ
れている。調査地域でもブショウギョと呼ばれるアマゾン産の肉食魚の養殖も行われていた。しかし、外来肉
食魚が天然水域に侵入すれば在来の魚種を圧迫し、生物多様性の保全、ひいては生態系の保全上、重大な問題
を引き起こす危険性がある。今回出会った中国側養殖関係者にこの点についての関心のほとんどないことが多
少気がかりであった。
(内水面利用部長)

写真1.黄河沿岸に広がるアルカリ性土壌の荒地 見渡す限り広がる荒地を利用して養殖池の増設が計画されている。 |

写真2.調査地域の典型的な養殖池 この新設の池(面積:0.66ha)でも、 |
Motohiko Sugiyama
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