中央水研ニュースNo.22(1998(H10).10発行)掲載

【情報の発信と交流】
有機スズ化合物含有船底塗料の国際的規制の動向
山田 久

1.我国における規制および対策
 有機スズ化合物は昭和25年頃から製造され、 各種の水生生物の付着を効果的に防止するために船底塗料や 防汚剤の殺生物剤として昭和40年代から その使用が増加してきた。昭和45年には漁網防汚剤の水産生物に 対する影響の研究が、有機スズ化合物とは明言されていないが、 東海区水産研究所増殖部のグループにより実 施され、その有害性が指摘された。水産庁はすでに 昭和47年に有機スズ化合物を含有する塗料や防汚剤使用 の自粛を漁政部長の通達により指導した。
 有機スズ化合物の製造および使用量の増加に伴って 汚染が顕在化し、新たな規制の強化と対策が必要になった。 我が国における規制および対策は2方向から実施されてきた。 すなわち、1つは有機スズ化合物の製造、輸入、販売および 使用を「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律」に より制限し、環境への有害物質の排出を防止するものである。 有機スズ化合物では、酸化トリブチルスズ(TBTO)が 第一種特定化学物質に指定され、その製造および使用が 全面的に禁止されが、TBTO以外のTBT化合物および トリフェニルスズ(TPT)化合物は、第二種特定化学物質に 指定され、厳重な管理のもとにその使用が許可されている。も う一つは有機スズ化合物の使用方法を制限するものであり、 水産庁は有機スズ含有塗料の漁船や漁網への使用禁止を通達し、 全漁連は自らの販売ルートを通して販売しないことなどにより 全面的な使用禁止を実践してきた。また、運輸省は、内航 船舶への使用を禁止した。
2.国際機関による規制および対策
 船舶に係る環境汚染問題は、国連の国際海事機関(IMO)に 設置されている海洋環境保護委員会(MEPC)において 議論されている。MEPCでは有機スズ問題以外に船舶および 海運活動により引き起こされる海洋汚染について討議され、 その決定事項はマルポーロ条約として批准するとともに我が国では 「海洋汚染と海上災害の防止に関する法律」を制定し、各種国内の 規制と対策を推進している。
 有機スズ化合物の国際的な規制は、第29回MEPC 委員会(平成2年3月開催)において初めて提案され 、第30回MEPC委員会(平成2年11月開催)に おいて決議文が採択され、①25m未満の船舶には使用 しない。②4μg/cm2/日以上の溶出量の塗料を 使用しない。③除去した塗料など廃棄物の適正な処理、 ④代替塗料の開発および⑤海洋環境の監視の必要性を 確認した。この合意事項は上で述べた我が国をはじめ各 国の規制にも反映されている。
 これらの規制および対策は、先ず沿岸域における 汚染の防止を目的としているが、外航船舶の入港する水域 では海洋汚染の改善が進まないこと、さらには、 巻貝の生殖障害を引き起こすことなど内分泌撹乱化学物質と しての新たな有害性も指摘され、その対策の強化が 必要となっている。
3.国際機関における規制の動向
 第40回MEPC委員会(平成9年7月開催)において 我国は現在の環境汚染の推移、内分泌攪乱など新た な有害性の確認および代替塗料の開発状況から判断して 全世界的な使用禁止を提案し、第41回MEPC委員 会(平成10年3月開催)に審議が継続された。第41回 MEPC委員会では、有機スズ含有船底塗料の全世界的な 使用禁止の必要性は各国が確認するとともに、代替 塗料の安全性審査体制の確立と代替塗料に認可など について委員会にワーキンググループ会議を設け、 今後検討を継続することになった。
 有機スズ含有船底塗料の世界的な全廃のためには、 代替塗料の開発およびその安全性審査が今後の審議の重 要な事項となるが、2方向からの審議が考えられる。
 第1の検討事項は代替物質の安全性審査体制の確立と 安全な代替物質の選定である。しかし、水生生物に対 する毒性評価(生態毒性評価)まで含めた安全性審査 体制を国際的に合意するためには長期間の検討期問を要 し、長期問にわたって有機スズ含有塗料の使用を禁止 できないことになる。もう一方の検討方向は、代替物質 として現在の知識で有機スズ化合物より安全な物質を 暫定的に選定することにより有機スズ化合物の使用を禁 止する。それと平行して代替物質の安全性審査体制も 構築し、中・長期的には生態系への影響が小さい安全性 の高い塗料を開発するという案が考えられる。有機 スズ含有塗料の世界的な使用禁止を早急に実現するために は後者の検討方向が妥当と思われ、MEPC委員会に おける検討方向も後者の考え方が強いと推察される。
 後者の方向で代替物質を選定する場合には、少なく とも有機スズ化合物より毒性が低く、また、水域環境に 長期間残留せずに水域生態系に対する影響の小さい 物質を選定する必要がある。代替物質の水域環境への影響 は漁場環境保全において重要な課題であるので、今後、 代替物質選定状況について的確な情報を入手するとと もに、代替物質の有害性に関する知見の整理、各種 代替物質の生態影響評価法の確立を通して水産の立場から もこの問題に的確に対応する必要がある。

(環境保全部長 現 瀬戸内海区水産研究所環境保全部長)

Hisashi Yamada
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