中央水研ニュースNo.22(1998(H10).10発行)掲載
【研究情報】
漁業経済的な観点からのTACとは
中西 孝
この課題でニュース原稿を書きますといった時は、TAC関連法が国会で審議されている頃で、TAC について簡単な説明でもと考えていました。しかし、今やどこの漁協に調査に伺っても、大きくTACと 書いたポスターを見るなど、TACを知らない漁業関係者はおそらくおられないと思います。TACの研 究に係わった6年前は、「TACの研究より日本の漁業制度を研究すべきでは」と強く言われたこともあ りましたが、TAC関連の課題研究が別立てで募集されるようになった、現在の時代の流れも少しは記述 できればと思っています。 「TACっていったい何だ。」以前水産関係の新聞のコラムに「タック・タックと時計でもないのにう るさい」と書かれているのを見たことがあります。TACはタックと読むのだというのは最初はよく分か らず、首を傾げていた人も多いのではないでしょうか。TAC(Total Allowable Catch)は漁獲可能量と 称されていますが、以前は総許容漁獲量と英語になぞって訳され、この当時は一般にこう称されていまし た。しかし、TAC関連法で漁獲可能量が使用されたことから、現在ではTACは漁獲可能量と一般的に は称される様になりました。 1993年頃のOECD(経済開発機構)水産委員会では、TACをタックと発音する方はおられなくて、 もちろん欧米の方々はそれなりのアルファベットとして発音され、ニュージーランドやオーストラリアの 一部の方はティー、アイ、シと発音されていました。いつ頃からTACをタックと発音するようになった のかは、よく分かりませんが、この当時水産庁の行政の方々と話をしている時に、私がTACとアルファ ベットで発音した時。「タック」といわれたのを鮮明に覚えております。水産庁内部ではではすでにタッ クと言われていたのかもしれません。英語で話すとき、今は通じることもありますが、通じない人もおら れるので、私はなるべくアルファベットで言うようにしてしますが最近はあまりあてになりません。 TACと言うのは、漁獲可能量と称されるように、kgやトンで現される、量のことです。日本のTA C関連法で定めているのは、TACを設定してこれを協定制度として守っていくとのことで、制度や漁業 管理の仕組みを言うときは、TAC制度またはTAC制と言う必要があると思います。 このあたりを簡単に説明しますと、次のように考えています。TAC制(仕組みと考えて下さい、英語 ではTACsと称することがあります)は、上限値として水揚げ量を行政庁等が設定することです。この TAC設定過程では、まず資源診断が行われます。 これは資源状態を明らかにすることで、この中でも資源量は精度に粗密はあるものの一意に決める事が 出来ます(勿論一意の値があることと、解明出来るということは同値ではなく、現在は資源量推定であり 、範囲や確率の伴った値となり、一意の値への過程です)。この資源診断をもとに生物学的漁獲可能量( ABC)が決められますが、最大持続生産量(MSY)、親魚確保等の資源管理目標によりABCの量は 異なります(実際はシミュレーション等により最適値を決定するようで、詳しくはこのニュース19号の 赤嶺さんの記事を参照下さい)。これと同様にTAC制の目的も、漁獲量を最大化するのか、漁獲行為に 伴う費用を最小化するのか、取り締まり等の行政経費を最小化するのか、地域の雇用を確保するのか、生 物多様性を守るのか等によって異なります。さらにこれらの目的の組み合わせや、長期的であるのか、短 期的であるのか等によっても異なります。 TAC設定は終漁の量設定であるとしたら、経済的合理性を持って、漁獲行為の中でこの終漁点へどの ようにアプローチするかが漁業管理であり、この漁業管理にTAC制がどのように有効に機能するかの評 価が意味を持つと考えます。このアプローチには、例えば漁獲努力量規制、技術的規制等の方法が考えら れます。この方法を漁業経営体の個別の自由裁量に任せる漁獲量個別割当(IQ)や譲渡可能個別割当( ITQ)があり、我が国では協定制度にもとづく「日本型のTAC制」を検討しています。 TACを政策決定する時は1つの値でなければなりませんが、経済・社会的に「効率と公正」を満足す る一意の値を検討することは困難が伴うと考えられ1)、そこで生物学的に得られた値(ABC)を利用 することが検討されます。 ABC設定の資源管理の目的とTAC設定の漁業管理の目的が同一の場合で、漁業生物生産上限値(生 物生産をめぐる生物・自然条件が供給量を決める漁業対象種で、現有の漁獲能力による漁獲量がABCを 上回る漁業対象種)である漁業対象種では、ABCをTACとして政策決定することは合理性を持つと考 えます。さらに食料欠乏や緊急な雇用確保等の局面では、TACがABCを越える場合も想定され、AB CやTACの目的の合理性の検討にもとづいて、ABCとTACの関係を検討する必要があります。 市場が有効に機能しており、この情報を利用して漁業経営体が最適生産量として漁獲量を管理出来ると 仮定すれば、資源に余裕があれば(漁獲能力が漁業生物生産上限値以下となる漁業対象種)、TAC設定 を市場にまかせ、政策決定する必要はありません。しかし、上の仮定が満たされない時は、消費のあての ない漁獲による資源の浪費をなくすためにも、資源に余裕がある場合でも、TAC設定は経済的合理性を 持つと考えます。この場合、TACの政策決定は結果として市場機能の一部を代替する側面を持つことに なります2)。 漁業管理の実施主体は漁業者であることから、TACを政策決定するにあたって、漁業者の意向を優先 する必要があると考えます。これは漁業管理において漁業者の主体的な関わりが必要であることや、社会 的需要が生産規模を規定する漁業対象種では、需要のあてのない漁獲でなく、漁業活動を社会的需要を充 足する企業の生産活動へと漁業管理によって導ける可能性をもち得ます。漁業者の漁業管理への取り組み 等のインセンティブが、TAC設定によってどのように形成されるかの評価が必要であり、さらにTAC 制が市場機能の一部を代替する側面を持つことから、TAC設定や漁業管理の遂行にあたって、とのよう に含意形成していくかの検討が、重要になると考えます。このTAC設定や漁業管理の対象者を、我が 国のTAC関連法の目的を参照して想定すると、漁業の発展では漁業者と地域社会(社会・経済的に漁業 がしたい・しか出来ない)、水産物の安定供給では魚食の消費者(社会・経済的に魚食をしたい・しか出 来ない)、海洋生物資源の保存及ぴ管理では定義は困難ですが、あえて検討すると現在・未来の人類等が 対象者と考えられます。 本来は漁業管理の目的を含意し、この目的にそって漁獲・経済行為を管理する必要がありますが、 組織として合意形成を行い、漁業管理を計画や規制として実行に移すのに困難があるとすると、 上述の3者での合意形成をその都度行うことが、より現実的と考えられます。このように対象者の間で、 意思決定に対する軽重を考慮して、該当の漁業管理を合意形成することで、目標値に収斂させ終 漁点であるTACを1つの値として政策決定が可能と考えます。ともかくいろんなことが言われ、書かれ ていますが、TAC設定が、持続的漁業経営の可能性を増加させる契機となり、有効に機能出来るシステ ム等の研究をさらに推進したいと考えています。
(経営経済部漁業経営研究室長) Takashi Nakanishi |