【研究情報】
ウナギ資源研究に関する関係国との打合わせ報告
内田和男

 ニホンウナギは減っている。本種の資源調査研究計画の立案に資するため、欧州4カ国を訪問して ヨーロッパウナギの資源と生態に関する情報を収集した。ウナギは大陸から数千km離れた海で生まれ 、各国沿岸域に来遊する。このような生態をもつウナギの資源管理は難しく、現在、有効な対策は実 施されていない。研究レベルでは日本と欧州との間に大きな差はないようだ。しかし、欧州では一歩 先に資源管理の枠組みを作り始めていた。

はじめに  帰国後に購入した地球儀にニホンウナギAnguina japonicaとヨーロッパウナギA.anguilaの分布域を 書き込んだ。ウナギの広大な回遊範囲に感動した。宇宙を探索している現在にあっても、ウナギの生 活史は謎に包まれている。例えば、推定されている産卵海域で親ウナギや卵は1個体も見つかってい ない。現在、欧州と日本のウナギは激減している。しかし、減少の原因は全く分かっていない。すな わち、原因が乱獲や環境汚染など人間にあるのか、それとも、自然環境にあるのかを立証する科学的 な根拠は全く得られていない。我々はウナギの海洋での生態や世代間の量的関係(親子関係)をほと んど知らないからだ。したがって、資源管理を念頭に置くとき、生態や資源の研究を強力に押し進め る必要がある。
 ヨーロッパではシラスウナギの90%近くが漁獲される。漁獲を逃れて河川に遡上するものは僅か 12~3%と試算された。やはり、河川を降る親ウナギも減少している。私は、そして欧州の研究者 の多くが個人的には親ウナギが減ったために来遊量が減少していると感じている。しかし、これも証 明されていない。立証のためのデータがないからだ。日本に来遊するウナギはたとえ親になっても産 卵に寄与しないとの説まである。ウナギの生活史や回遊経路の全容が明らかになるのはまだ先のこと だろう。
一方、ウナギの資源管理は早急に実施する必要があると考えている。これを実践しようとす ると、現時点では科学的根拠だけに頼ることはできない。私は、親が減れば子供も減ると単純に考え 、産卵場に向かう親ウナギを確保するための研究から進めていきたい。開き直って「獲りすぎなけれ ば何とかなる」と、曖昧な常識に頼る覚悟をもった。

訪問の目的  ニホンウナギは減っている。水産庁(研究所)は本種の資源管理に必要な調査研究計画を立案しつ つある。この計画立案に資するため、欧州4カ国を訪問して①ヨーロッパウナギの資源と生態の研究 がどの程度まで進められているか、そして、②来遊量や漁獲量の減少に対してどのような対策を講じ ているのかを調べた。ウナギ資源研究の背景ヨーロッパと日本のウナギ資源研究の背景は類似してい た。現在、ウナギの来遊量や漁獲量が激減している。漁業者や養殖業者はその対策を政府に要請して いる。これを受けて政府の機関・研究者がウナギの資源管理を目指して動き始めた。しかし、ウナギ の資源管理は大変難しく、現在、有効な対策は実施されていない。ウナギは大陸から数千キロ離れた 海で生まれて、各国の陸水・沿岸域に加入する。漁業は広域的(ヨーロッパ大西洋岸や極東アジア) であるが、各漁場は小規模で分散している。さらに、流通経路が複雑であるため、漁獲統計の精度に も問題がある。資源の管理目標や管理手法の設定する場合には国内だけではなく関係各国のコンセン サスを得る必要がある。しかし、そのために必要な科学的な根拠(産卵量や親子関係)が得られてい ない。

ヨーロッパウナギの資源研究
 ヨーロッパウナギはヨーロッパおよびアフリカ北部の大西洋岸に分布し、南はMorocco,北はNorth Cape、 東は黒海、西はIceland,Maderiaに及ぶ。年間3万トン生産され、そのうちの60%が漁業による。 漁獲対象は大陸に来遊したシラスウナギから産卵に向かう親ウナギまで全ての発育段階を含む。養殖 や遊漁の対象としても馴染み深い。漁獲量と加入量はこの20年間に激減している。ウナギ研究者は 資源状況の悪化を危慎し、国際作業部会(少なくとも10ヶ国参加、現在、EC Concerted Action) のなかで資源管理の枠組みを作り始めている。EC Concerted Actionはその概要を1997年に「ヨ ーロッパウナギの資源管理、Management of the European Eel(edited by Moriarty and Dekker)、 Fisheries Buletin, NO.15, 1997,(Second report of EC Concerted Action AIR A94-1939, Enhancement of the European eel fisheries and conservation of the speces)」にまとめ、焦点 をEC統合にあわせたヨーロッパ全体でのウナギ資源管理の実施ならびにこれに必要な予算要求の準 備をしているという。
 この報告は、ウナギの研究者間の論議の基盤と成るものであり、また、訪問の目的①②を網羅して いた。

ヨーロッパウナギの資源管理方向性
 EC Concerted Actionの最終目標は、ヨーロッパウナギを内水面で利用する魚種であるものの、公 海に分布する海産魚の一つだとみなし、その資源管理の枠組みを発展させることにある。その枠組み は①資源の現状評価、②資源の保護、合理的開発と保全、および、③永続的なモニタリングシステム の確立である。この報告は資源の現状と解明された生態をまとめ、資源管理目標と具体的な管理手法 を提言している。管理目標と管理手法についてはいくつかの選択肢を掲げているが、基本的には資源 の持続的利用・地域雇用の拡大を最優先の管理目標として、漁業を優先する資源利用の推進を推奨し ている。
このためには漁獲したシラスウナギ(現在、フランスに集中)の極東への輸出や食用、ある いは、養殖への利用を抑制して、内水面水域への放流に当てることが望ましい。これを実施するため には、各国レベルでの資源管理体制では不十分であり、責任ある漁業の実施(FAO)の基本的な考 え方である予防原理(Precautionary Principle)を中心に据えたEU(ヨーロッパ連合)での資源 管理が必要だと考えている。資源水準低下の原因は不明である。また、本種の海洋生活期の資源生態 に関する知見は乏しくて資源管理に利用できない。一方、接岸後、降海するまでの沿岸・陸水域での 生態調査および漁獲統計にはある程度の蓄積がある。作業部会はその知見を最大限に利用して、資源 管理の枠組みを作り始めた。

日程
 4月19日の午前中にアムステルダムからコペンハーゲン経由で成田に戻った。缶ビールを手に心 地よい気怠さを感じていた。わくわくする謎解きの旅だった。4月5日のコペンハーゲン(海洋調査 国際理事会(ICES)本部)に始まりハンブルク(ナッシュ博士・ドイツ国立ヘルゴランド研究所)、 ロースドック(ハルベック博士・ドイツ国立水産研究センター)パリ、ナント(ロワール川)、ブレ スト、セントブリュー(ブライアント氏・実験河川、フランス国立レンヌ農業大学)、ナント近郊( レ・ヴィアンヌ川漁場)、レンヌ(フォンティネレ教授・同大学、現在上記作業部会副会長、フラン ス国立海洋開発研究所ダオ所長紹介)ハーレムとアイモイデン(デッカー教授・オランダ国立水産研 究所、上記作業部会長)の街を歩いた。ウナギ・ウナギとさまよっているうちに訪問先の厚情と幸運 が重なってヨーロッパウナギの輪郭が見えてきた。帰路には情報の断片が繋がってEC Concerted Action の報告にまとまっていった。
 各訪問先では訪問の目的と私の研究のバックグランドを伝えた。先方では情報収集を円滑に進める ための最高の配慮があった。
研究室や実験フィールドあるいは漁場で、接岸から離岸までの全ての発 育段階の生きたヨーロッパウナギを観察し、年齢査定等生物測定法や採集手法を伝授していただいた 。こちらの疑問には紙と鉛筆、スライド、写真、未発表のデータや投稿中の論文、各国母国語の論文 などを用いて説明してくれた。次の訪問先研究者への連絡(E‐mail)やその研究者の専門分野と研 究の焦点の説明、国益に絡んだ研究・管理計画の違いについての情報はありがたかった。シラスウナ ギの流通経路、ヨーロッパウナギの資源管理と日本との関わり、あるいは、今後の日本との共同研究 の可能性についても論議した。また、深夜にわたる自宅や地元の食堂での論議の機会も得た。当方の 疑問の全てに答え、技法やアイデア、国益がらみの話も、私見を含めて手持ちの札全てを見せてもら ったと錯覚するほどわかりやすくオープンにお話し頂いた印象がある。さらに、魚市場や街中でも様 々な人々がウナギの話をして下さった。以上、要するに「ウナギがなぜ減っているか、どうやれば増 えるだろうか」と繰り返しながら歩いていただけであったが、初対面の人が皆(研究者だけではない )どんどん情報を提供してくださった。何でこんなに親切なのだろう。今でもとても不思議だ。
パリまでは研究指導課の樽井氏(現在、中央水研海区水産業研究部)が同行して下さった。出国に先だっ て多部田長崎大学教授には欧州ウナギ研究者の情報、若林氏(日本養鰻協会)には欧州シラスウナギ の漁場、塚本東京大学海洋研究所教授にはウナギ研究の概要を教えていただいた。入江(当時)研究 管理官には収集すべき情報の内容と訪間先の指示を受けた。松里(当時)水産研究官、原(当時)資 源管理研究官、および、小林(当時)企画調整科長には訪問先に関する情報や情報収集のこつについ てご指導いただいた。情報収集にご協力いただいた方々に心から感謝いたします。

最後に
 出張前、三本菅所長には内水面利用部(および私)が今後もウナギの研究に責任を持つように指示 された。訪問先では私が今後ウナギの研究を始めると伝え、情報交換を継続することを約束した。た くさんの宿題が残ったが、夏休みはいつもすぐ終わる。

(内水面利用部漁場管理研究室)


Kazuo Uchida
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