中央水研ニュースNo.21(平成10年7月発行)掲載

【研究情報】
魚類体表のバイオディフェンス
荒西 太士

 水中で生活する魚類や一部の両生類は外部環境で ある"水"と粘膜組織一体表、消化器官、呼吸器官 一を介して接している。"水"は様々な物質を溶解 している溶媒であり、これら生物の粘膜組織は "水"から有用物質を生体内に取り込む一方有害物 質の侵入を防ぐ機能を保持している。魚類体表の粘 膜組織は主として後者の役割を担っており、外部環 境から身を守るバイオディフェンス(生体防御)は 生命維持に不可欠な生理機能である。近年、温暖化 や酸性雨といった地球レベル、或いは過密や高水温 飼育といった増養殖レベルでの魚類に対する環境ス トレスが深刻な問題となっているが、これらのスト レスに対してもバイオディフェンスが有効に作用す ると考えられている1)。現在バイオディフェンスは 「病原生物の感染から身を守る」という従来の生体 防御能に加え環境適応能も含めた生理機能であると 考えられており、"ストレス指標"としての実用化 が期待されている。

バイオディフェンスファクター
 魚類のバイオディフェンスに関する研究は、増養 殖産業に大きな被害をもたらす疾病の発生や蔓延の 防止を主たる目的として広く世界中で行われてい る。バイオディフェンスは大きく分けて魚体表部で 起こる1次ディフェンスと魚体内部で起こる2次 ディフェンスがあり、前者は種々の物質の侵入に対 して素早く反応するという特徴がある。体表のディ フェンスファクターの中でも、特に「分解系」と称 される酵素群は侵入物質を速やかに分解排除する点 で主要な1次ディフェンスファクターとされてい る2)。そこで筆者はこの酵素群の内、これまでに研 究成功例のない蛋白分解酵素群(プロテアーゼ)に 注目し、それらのストレス応答性や生体防御能にっ いて、環境適応能が高く水産上世界的に重要な魚種 であるウナギ目魚類を対象として研究を進めてき た。
 まず最初に筆者は中根基行(現東京大学大学院博 士2年)と協同でウナギ体表プロテアーゼの検出及 び同定を行った。類似の実験は外国の研究者によっ てニジマスやアラビア湾ナマズを用いて行われてい るが成功していない。そこで本実験では20数種の 蛍光標識物質を採用することでプロテアーゼ活性の 高感度検出を試みた結果、ニホンウナギ表皮組織中 から4種の特異性が異なるプロテアーゼの同定に成 功した3)。さらにこれらの体表プロテアーゼは、魚 種によって蛋白分解活性に差があるものの広くウナ ギ目魚類に保持されていることが判明した4・5)
 ウナギ目魚類の表皮組織は粘液細胞、梶棒状細 胞、上皮細胞の3種の細胞で構成されており、ディ フェンスファクターを含む多くの生理活性物質がこ れらの細胞から粘液或いは表皮組織内に分泌されて いる。先に同定した体表プロテアーゼの内、2種の 細胞内ライソゾーマルプロテアーゼ(カテプシン) は、哺乳類やマラリア寄生虫等での研究で細胞外に 分泌されることが最近明らかとなった。そこで筆者 は間野伸宏(現当研究室ポスドク)と協同で蛍光活 性染色法によるカテプシンの表皮組織内分布を検討 した結果、両カテプシン共に粘液細胞及び梶棒状細 胞に分布し(図1)、さらに表皮組織内・外へ分泌 されることも確認した6)

体表プロテアーゼのストレス応答性
 従来バイオディフェンスファクターのストレス応 答性は病原生物の感染実験でのみ検討されてきた が、最近は飢餓や熱ストレス実験における研究例が 増えている。そこで筆者は前出の中根、間野と共に 4種類のストレス実験(急激な±10℃の飼育水温 上昇と降下、表皮と内臓への細菌感染)を行い、体 表プロテアーゼを含む分解系ディフェンスファク ターの応答性と表皮組織の形態変化を観察した。ニ ホンウナギの場合は高温と表皮感染実験でカテプシ ンB及びLと細菌溶解活性が有意に上昇し(図2)、 同時に粘液細胞数も増加したが、低温と内臓感染実 験では全観察項目でほとんど変化が認められなかっ た7)。一方ヨーロッパウナギの場合は高温と表皮感 染実験以外に低温ストレスでも両カテプシンと溶菌 活性が上昇しており、ニホンウナギとの温度感受性 の違いが初めて実験的に証明された8)。その原因が 生息水温か?環境適応性か?或いは別のものか?は 不明であるが、何れにせよ種分化と関連する遺伝的 要因であることは間違いなく生物学的に興味深い結 果である。これらのストレス実験からウナギ体表の 分解系ディフェンスファクターの内、蛋自分解活性 を有するカテプシンB及びLと溶菌活性を有する ファクター(次項に詳細)が有効な"ストレス指標" となり得、さらにこれらのファクターは体表に直接 及ぶストレスのみに応答すると推定された。現在、 段階的に飼育水温を上昇させる慢性高温ストレス実 験を行っており、その結果と併せて最終的にウナギ 体表バイオディフェンスファクターのストレス応答 性の概要を報告できるであろう。

体表プロテァーゼの生防御能
 魚類の主たる溶菌酵素は陸上動物と同様に「リゾ チーム」であるとされている。しかし実際にリゾ チームの活性阻害剤で魚類体表の溶菌活性が阻害さ れない魚種も数種知られており(数種しか研究され ていない)、他の溶菌酵素の存在が示唆されている。 一般に魚類のリゾチーム活性は、陸上動物に傲いグ ラム陽性菌であるMicrococcus lysodeictiusを 基質とした方法で測定され、不思議なことに海洋細 菌の大部分を占めるグラム陰性菌を基質とした測定 例はほとんどない(筆者の知る限り魚類体表から精 製したリゾチームによるグラム陰性菌溶菌の報告は ない)。筆者は前項のストレス応答性の結果を含め た知見から「ウナギ体表カテプシンB及び(又は) Lが溶菌作用をもつのではないか?」と推察した。 そこでまずカテプシンとリゾチームが混在するニホ ンウナギ体表抽出液中のM.lysodeicticus溶菌活性 を検討したところ、酸性域と中・アルカリ性域では 明らかに異なる反応を示し、また酸性域の活性はカ テプシンの活性阻害剤で著しく阻害された9)。次に カテプシンB+L画分とリゾチーム画分を分離し3 種類の魚病細菌に対する溶菌活性を調べたところ、 カテプシン画分に強い溶菌活性が認められ(図3) 同時にカテプシン活性阻害剤で著しく阻害された 10)。同様の結果はヨーロッパウナギでも確認され、 さらに本魚病細菌溶解活性は熱ストレス実験(飼育 水温±10℃)でカテプシン活性と一致した挙動を 示した11)。また最近ニホンウナギ体表カテプシンL の精製に成功し12)、現在本酵素の溶菌活性について 詳細に検討中である。

おわりに
 筆者らの研究により魚類体表プロテアーゼが担っ ているバイオデイフェンスメカニズムの一端が明ら かとなった。前述のようにバイオディフェンスファ クターの多くは生体内でストレス応答的に発現して いると考えられ、実際その幾つかは増養殖の現場 で"ストレス指標"として「魚の健康診断」に用い られている。しかし検出感度や定量性等多くの技術 的問題も抱えており、適用範囲が限られていること も事実である。一方筆者が扱っている体表プロテ アーゼは微量で定量的に検出可能である点が特徴で あり、この利点を生かして稚仔魚や天然魚の再生産 過程における"生残率指標"としての適用を目指し ている。筆者は現在、環境ストレス下における超微 量プロテアーゼ遺伝子検出方法を確立した外国研究 機関への留学を計画中であり、この技術は魚類の初 期生残機構を含めた多様な海洋環境下での生存戦略 の解明に役立つと考えている。

(生物機能部生物特性研究室)

文献
1) Iwama G.K., Pickering A.D., SumpterJ.P.and Schreck C.B.: Fish Stress and Health in Aquaculture, Cambridge University Press, Cambridge, UK(1997).
2) Alexander J.B.and Ingram G.A.: Ann. Rev. Fish Dis. 2, 249-279(1992).
3) Aranishi F. and Nakane M.: Fish Physiol. Biochem. 16, 471-478(1997).
4) Aranishi F. and Nakane M.: Physiol. Zool. 70, 563-570(1997).
5) Aranishi F. and Nakane M.: J. Aquat. Anim. Health 10, 35-42(1998).
6) Aranishi F.,Mano N. and Hirose H.: Fish Physiol. Biochem., in press.
7) Aranishi F.,Mano N., Nakane M. and Hirose H.: Fish Physiol Biochem. in press.
8) Aranishi F, Mano N, Nakane M and Hirose. J. Fish Dis, in press.
9) Aranishi F.: Fish Shellfish Immunol., in press.
10) Aranishi F.: Fish Physiol. Biochem., in press.
11) Aranishi F.: J. Fish Dis., in submission.
12) Aranishi F.: 9th International Symposium on Marine Natural Products, Australia(1998).


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