中央水研ニュースNo.19(平成10年1月発行)掲載

【研究情報】
寄生虫とのつきあいかた
一魚介類の寄生虫と食品衛生一
良永 知義

 魚介類に寄生虫が寄生しているのはごく一般的な ことで、その中には人体に健康被害を引きおこす種 も含まれている。一方、私たち日本人は魚介類を生 食する習慣をもっており、これらの寄生虫による被 害を受けやすい。しかし、魚介類由来の人体有害寄 生虫の種類はごく限られており、幸いなことに冷凍 により死滅する。そのため、これらの寄生虫につい て、その由来や対処法に関する十分な知識をもつこ とにより、これらに起因する寄生虫症を予防するこ とができる。そこで、我が国において問題となる主 要な魚介類由来有害寄生虫についてここに簡単にま とめた。

有害寄生虫の種類
アニサキス症
(原因) アニサキス科線虫 (Anisakisu simplex, Pseudoterranova decipiens)
(生活史および感染経路) クジラ等の海産ほ乳類の 消化管に寄生する虫体から虫卵が産み出され、オキ アミ等の海産甲殻類を経て海産魚やイカ類の内臓表 面や筋肉中に幼虫(2~3cm)として寄生する。 この幼虫を摂取することにより感染し、虫体は胃壁 や腸壁に侵入する。
(症状) 激しい腹痛、悪心、おう吐、ときに吐血。感 染後1週間前後で虫体は離脱することが多いが、時 として慢性化し数ヶ月にわたって生存しつづけると 言われている。治療法は内視鏡による摘出以外にな い。
(予防法) 海産魚介類の生食によく注意する。十分 な冷凍(-20℃、24時間以上)や加熱調理で虫体 は死亡する。新鮮な魚類の場合は虫体の多くは内臓 表面に寄生しており、筋肉内に寄生している場合は 少ない。そのため、内臓を除去し十分に洗浄するこ とでも感染の確率を下げることができる。ただし、 サケ科魚類の場合は筋肉内に寄生していることが多 く、注意が必要。イカ類の場合は外とう膜皮下に虫 体が目視できることが多いので、虫体がみられる個 体の生食は避ける。

顎口虫症
(原因種) 有棘顎口虫(Gnathostoma spinigerum)
(生活史・感染経路) ネコ・イヌなどの動物の胃壁 に寄生する親虫から産み出された虫卵がコペボーダ 等の無脊椎動物を経てライギョ、ナマズ、ドジョウ などの淡水魚やカエル、ヘビなどに取り込まれ成長 し幼虫(3~4㎜)となる。これらの魚類の生食に より、人体内に入る。
(症状) 虫体は腸壁を貫いて体内に移行し、皮下組 織内を移動する。皮膚の浅いところを移動した場合 は外部から移動したこん跡を観察することができ る。眼、脳等に侵入する場合もあり、このような場 合は重大な問題となる。
人体内で成熟することはない。外科的な摘出以外に 有効な治療法はない。
(予防法) ライギョ、ドジョウ、ナマズ等の生食を 避ける。特に「ドジョウのおどり食い」は非常に危 険である。
(有棘顎口虫以外の顎口虫症および類似の線虫症)  剛辣顎口虫(Gnathostoma hispidium)による被害も 知られている。生活史の詳細は不明であるが、感染 経路は有棘顎口虫とほぼ同様と考えられ、特に輸入 ドジョウの生食が危険である。また、近年ホタルイ カの生食による旋尾線虫症が問題となった。その分 類、生活史は不明であるが、予防法はホタルイカを 生食しないことにつきる。

肝吸虫症
(原因種) 肝吸虫(Clonorchis sinensis)
(生活史・感染経路) 成虫は胆管・胆嚢に寄生し、糞 便と共に排出された虫卵が淡水貝のマメタニシを経 てモロコ、ヒガイ、タナゴ等の淡水魚の皮下、筋肉 に幼虫(0.15㎜前後)として寄生する。この幼虫を 食べることによって感染する。
(症状) 胆管、胆嚢の異常。成虫は人体内で15年 以上生存しうる。
(予防法) 淡水魚の生食を避ける。調理する際は十 分に加熱する。

肺吸虫症
(原因種) ウェステルマン肺吸虫(Paragonimus westermani)、宮崎肺吸虫(P. miyazakii) (生活史・感染経路) 成虫は肺あるいは胸に寄生す る。虫卵は喀痰とともに排出され、カワニナ等の淡 水巻貝を経てサワガニ、モズクガニ、ザリガニ等の 淡水甲殻類に幼虫(0.3~0.4㎜)として寄生する。 また、この幼虫を摂取したイノシシの筋肉内にも幼 虫として寄生する。これらのカニやイノシシを生食 することにより感染する。
(症状) 肺の炎症、出血、喀血、血痰など。虫卵が 血行とともに脳・心等の臓器に移行し、これらの臓 器に障害を加える場合もある。
(予防法) 淡水のカニ類やイノシシ肉の生食をしな い。また、加熱調理する場合でも、調理器具や手に 付着した虫体によって感染することがあるので注意 が必要である。

棘口吸虫症
(原因種) 棘口吸虫類(Echinostoma spp.)
(生活史・感染経路) 成虫はイヌ・ネズミ・ヒト等 のほ乳類の腸管に寄生する。糞便とともに排出され た虫卵は水中で孵化し、モノアラガイ等の淡水巻貝 をへてドジョウ、カエル、サンショウオなどの筋肉 内に幼虫(0.1㎜前後)として寄生する。幼虫を摂 取することで感染する。
(症状) 少数寄生では症状は呈さないが、多数寄生 した場合は下痢、血便などを起こす。
(予防法) 淡水魚、カエルなどの生食を避ける。調 理する場合は十分に加熱する。

異形吸虫症
(原因種) 有害異形吸虫(Heterophyes heterophyes nocens)
(生活史・感染経路) 成虫は腸管に寄生し、糞便と ともに排出された虫卵は巻貝を経てボラ、メナダ、 ハゼ等の汽水性の魚類に幼虫として寄生する。この 幼虫を摂取することで感染する。
(症状) 少数寄生では症状がでない。多数寄生によ り腹痛、下痢が認められる。産み出された虫卵がリ ンパ流、血流にのり臓器に入って栓塞を起こす場合 もある。特に心筋や心臓弁膜が栓塞した場合は、心 臓の異常を引き起こす。
(予防法) ボラ、メナダ、ハゼ等の生食を避ける。

横川吸虫症
(原因種)横川吸虫(Metagonimus yokogawai)、 高橋吸虫(M.takahashii)
(生活史・感染経路) 成虫は腸管に寄生し、糞便と ともに排出された虫卵は巻貝のカワニナを経てア ユ、ウグイ、オイカワ、コイ、フナ等の淡水魚に寄 生する。この幼虫を摂取することで感染する。
(症状) 多数寄生で腹痛、下痢、粘血便。
(予防法) 淡水魚の生食をさける。

日本海裂頭条虫症
(原因種)日本海裂頭条虫(Diphyllobothrium nihonkaiens)
(生活史・感染経路) 成虫はほ乳類の腸管に寄生し、 産み出された虫卵はコペポーダ等の淡水甲殻類をへ てサケ・マス類の筋肉内に幼虫(1~3㎝)として 寄生すると言われている。近年この生活史について は異説も提出されている。いずれにせよ、サケ・マ ス類筋肉中の幼虫を摂取することで感染する。虫体 は腸管内で10m前後になる。
(症状) 腹痛・下痢などを起こす。
(予防法) サケ・マス類の生食を避ける。

大複殖門条虫症
(原因種) 大複殖門条虫(Diplogonoporus grandis)
(生活史・感染経路) 生活史・感染経路は不明。イ ワシ、サンマ、サバ等の海産魚類の筋肉中に幼虫が 寄生し、この幼虫を摂取することで感染する疑いが 強い。虫体は腸管内で10m前後になる。
(症状) 下痢、腹痛などの消化器症状があるが、一 般には症状を示さないことも多い。
(予防法) 海産魚類の生食、特にイワシの生食に注 意する。

一般的な予防法
 上記の各種別の予防法を覚えておけば、魚介類由 来の寄生虫症にかかる可能性はかなり低くなる。し かし、一般消費者にとってすべてを覚えておくこと は難しいので、これらの寄生虫の感染を防ぐための 一般的な注意事項をまとめておく。
1) 可能であれば冷凍する。
 魚介類由来の人体有害寄生虫は冷凍により死滅す る。冷凍によって味、食感が落ちる魚種もあるが、 可能であれば冷凍した後に食べれば感染することは ない。その際、十分に冷凍することが必要である。 家庭用冷凍庫では十分に中まで凍っていないことが あるため、最低でも2-3日以上冷凍したほうが良 いと思われる。
2) 淡水魚の生食を避け、十分に加熱調理する。
 前述したように淡水魚や淡水性カニ類の寄生虫に は、海産魚の寄生虫に比べて重大な健康被害につな がる種が多い。淡水魚介類にはイヌ・ネコや野生生 物等の哺乳類を本来の宿主としている寄生虫の幼虫 が寄生していることが多く、これら寄生虫は、同じ 哺乳類ということで人間にも寄生し被害を生じる可 能性が高いと考えられる。一方、海の哺乳類はクジ ラ・イルカなどに限られており、哺乳類であっても その生理的条件が人間とは異なっている。そのた め、これらの海産哺乳類と人間に共通の寄生虫はご く限られていると考えられる。いずれにせよ、淡水 魚介類の生食は顎口虫症や各種の吸虫症の感染につ ながる可能性が高く、注意が必要である。また、加 熱調理する場合も「生焼け」にならないよう十分加 熱することが肝心である。
3) 海産魚の生食の際は、注意し、よく噛む。
 海産魚由来の有害寄生虫はアニサキス類、日本海 裂頭条虫、大複殖門条虫症に限られてる。これらの 虫は比較的大型(1~数㎝)で刺身のような薄い切 り身であれば肉眼で見つけられることもある。食べ る際には少し注意し、よく噛むだけでも感染の確立 を下げることができる。また、これらの海産魚の寄 生虫は、魚が寄生虫に感染している甲殻類や小魚を 食べることによって、魚に入る。そのため、主に人 工の餌あるいは冷凍した魚を餌としている海産養殖 魚にこれらの有害寄生虫が寄生している可能性は天 然魚に比べるとかなり低いと思われる。
4) 「ゲテモノ食い」をしない。
 サワガニ等の淡水カニ類に由来する肺吸虫やド ジョウ等に由来する顎口虫は重大な健康被害につな がる。これらの「おどり食い」は絶対に避けなけれ ばならない。同時に、これらの調理には十分注意を 払うことが必要である。また、近年ホタルイカの生 食に起因する旋尾線虫症が問題となった。産地の富 山県ではホタルイカを生食する習慣は元々無かった 聞いている。ホタルイカの生食も「ゲテモノ食い」 のひとつとも言えるであろう。食生活に関しては、 特に生食に関しては少々保守的な方が安全だといえ る。
 冷凍あるいは加熱調理をすれば、魚介類由来の寄 生虫を防ぐことができる。しかし、魚介類の生食と いう食文化を持つ私たち日本人にとって刺身の全く ない食生活は考えられない。安全な食卓を楽しむた めには、生食にはそれなりのリスクがあることを認 識すると同時に、リスクについて十分 な知識をもつことが重要だと考える。この一文がそ のための一助となれば幸いである。

(生物機能部生物特性研究室長)

*図1-3(日本動物図鑑、北隆館)


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